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3

賢翁の中で張り詰めていた何かがぷっつり途切れてしまったらしい。

絵を描くこともやめて、少し泣きそうに顔を歪めた。

これは溜め込んだ物が一気に爆発するかもしれない。

そう思って賢翁を連れて近くの空き教室を借りた。

部員達も今頃ホッとしている所だろうか。

賢翁は「旨い」と繰り返しながら弁当を掻き込むと、やがてぽつりぽつりと近況について話し始めた。


最近は学校の裏手にある非常口や中庭、両親の眠る墓地など、滞在する所を転々と変えながら過ごしていたという。

夜は自室に篭りっきり。

あの”家族”とは徹底的に合わないようにしているから実害は無い。

その代わり朝も夜も、食事をしにダイニングルームまで行く気力が失せてしまった。

”近づくな”という空気を醸し出されて、仮に食べにいけたとしても何かしら侮蔑の言葉を投げつけられながら食事することになる。

食べる気になれるはずも無かった。

食べなくても次の日普通に動けると知ってしまったから、行かなくなった。

昼ご飯の分だけは朝早くに台所へ忍び込んで確保するが、量も余り取るとやはり一悶着起こるからコンビニサイズが精一杯なのだという。

……そもそも食欲無いから、それで足りてるけど。と賢翁は言った。


光は言葉を失った。

実害は無いと言っているが、全然違う。

寧ろ甚大な被害を被っていると言っていい。


賢翁が自分から遠ざかるように仕向けて食事を満足に与えない行為、立派な虐待じゃないか。

どういうつもりなんだ。

しかも食べていないことを知ってて、死ぬかもしれないとも思わないのか。

育児放棄、ネグレクト。

本当に、一体どうして賢翁を引き取ったんだ。

賢翁を殺す気なのか。

死んでもいいってか。


「……賢翁。今日俺の家来い」

「へ?」

「俺バイトで居ないけど、母さんに言っとくから飯食ってけ」

「え、でも」

「いいから。絶対来いよ」


1時頃には、光は学校を出た。

この後少し仮眠を取ってから、「Cartotolle」のバイトへ出て行く。

賢翁は心許ない表情で、光を見送っていた。


──その日、賢翁が飯島家に来ることは無かった。


「……何で」

『せっかくご飯作っといたのにねぇ……まぁいいや。賢翁君にはいつでも待ってるかって言っておいてよ』


夜の9時。

15分の休憩を貰った光がスマホで電話を掛けた時に、それが発覚した。

母は特に気を悪くした様子も無く、呆然と立つ光に語る。


『……何か事情があるのかもよ』

「……事情って」

『家の鍵、閉められるとか』


そういえば、と光は思い出す。

確か賢翁は家の鍵を持っていない。

……でも、無理して帰る必要がどこにある。

居ても居なくても結局同じなんじゃないのか。

それなら飯島家に一晩居たって──


「あ……」


そうか。

絵だ。

賢翁の部屋には彼の絵が置いてある。

義兄にいつ壊されてもおかしくない環境に。

アイツ、絵を心配して帰ってるんじゃないのか。

そういうことだったら……


くそ。


賢翁自身に逃げる気が無いなら。

これじゃあ、どうしようもないじゃないか。

俺には手の出しようもないじゃないか。


俺じゃ、役に立たないのか──


何も出来ないまま、夜は明けて日曜日を迎える。



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