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2

いざ学校に来て美術室前まで上がると、メッセージを寄越してきた女子部員に呼び止められた。


「飯島先輩、」

「賢翁は?」

「あの、先生が話を聞きたいって言ってて」


女子部員に連れられ向かったのは美術室……ではなく、隣の準備室であった。


「先生、連れてきました」

「あぁ、飯島君」


女子部員に続いて入ると、初老の女性が困惑の表情を浮かべて事務机から立ち上がった。

美術部顧問の先生だ。


「話を聞きたいって……賢翁のことですか?」

「ええ。最近の様子が気になって……」


賢翁はやはり美術室に余り来なくなっていたようで、たまに来ると閉校ギリギリまで絵を描き続けているという。

そして来る度に髪や服装が乱れていき、目も死んだ魚のような虚ろなものになり、加えて喋らなくなったらしい。

それでいて異様な集中力で絵は描き続けるから、周囲には空恐ろしく映ったようだ。

元々性格が変わっているし絵の才能だけはとにかく凄いから『そういうことなのだ』で済ませるつもりだったが、流石に2週間も経って気になってきて。

それに、これまで皆無だった威圧感も全身から強く放たれ、部員達が怖がって製作に集中出来ないうんちゃらかんちゃら……

と、いうのが先生と女子部員から聞いた事のあらましである。


「……放っといてたんですか」


思わず漏れた声は自分で思っていた以上に、低かった。

『そういうことなのだ』って何だ『そういうことなのだ』って。

ノータッチで終わらせる気だったのかアンタら。


光の気圧が下がったことで、不味い状況であったと察知した2人が取り繕うように何か言おうとする。

しかしそれを遮って光は1つ質問をした。


「土日は来てたの?」

「この前の日曜は来てました」

「昼、何食べてたとか覚えてない?」

「お昼、ですか?」


突拍子も無い質問を聞いたみたいに女子部員には驚かれたが、光にとっては重要なことだ。


「……あの時はぁ……えっと……」

「………」

「そういえば……おにぎりは食べてたかもしれないです」

「そうか」


食べてはいるのか。

……いや、それだって先週の話だ。

弁当を買って来て正解だったかもしれない。


「……家の事情?

「俺からはどうとも」


先生に聞かれたが素っ気無く返した。

敢えて言葉を濁したのは、学校から賢翁の家へ下手に連絡を入れさせないようにする為。

電話した後、児童相談所などがしっかり介入するならいいが、中途半端にあそこの家族から話を聞いて終わらされそうだ。

それでは事がますます悪化するだろう。


「賢翁の所へ行っても良いですか?」

「ええ」


3人はひとまず美術室へ移動した。

カラカラ、と女子部員が恐る恐るといった風にゆっくり開けた。

美術室は異様な静けさに包まれていた。

いや、本来ならこれが理想の環境かもしれないが、普段なら割と私語が飛び交っている。

室内の部員達は一瞬光達を見たが、今度はチラチラと教室の奥を窺った。

鉛筆や筆を置く音にも気を遣っているようだった。


そして教室の一番奥のテーブルには、賢翁がいた。

卓上には紙が散乱している。

背中を向けられているので、顔は分からない。

しかし髪は普段に増してボサボサ、シャツはアイロンが掛かっていないクシャクシャの皺だらけ。

先生と女子部員によれば、一度ここに座るとほとんど動かないという。

加えてよく喋るアレがとん、と口を噤むのもまた不気味で、端から見ていても威圧的なまでの存在感を放っていた。

……確かに、もの恐ろしいものがある。

酷い荒れようだった。


「………」


少しの間賢翁の背中を見つめていた光だったが、やがて歩き出した。

足音で気付いた部員達が、固唾を飲んで見守る。

賢翁の後ろに立つと、横から手を伸ばして、賢翁の正面にあるケント紙の上にどん、とコンビニ弁当の袋を置いた。

賢翁の手が止まった。

数秒、硬直していたが、やがて振り向いた賢翁は忘我の境地を彷徨った目つきをしていた。

俗に言う、”キテる”目。

しかしそれも、すぐに正気を取り戻してきょとんと見開かれることになる。


「……光?」

「食え」


いつもの平静な表情の光を見つめる賢翁。

感情の抜け落ちた顔に、仄かに生気が戻った。


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