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晩夏の行方

あの幻想的だった逃避行が終わってから、夏休みはあっという間に過ぎて、気づけば9月を迎えている。

就職組の中では、早くも内定が決まる生徒がいるような季節だ。

光は既に決まったも同然なので、相変わらずバイトに勤しんでいるが。

それぞれのクラスでは、文化祭の準備が進められている。


……賢翁とは、余り会えていない。


「飯島ってマジック出来るよな?」

「はっ?」


そして、突然のことだった。


「ほら、前見せてくれたヤツ!トランプの何か……スゴいヤツ!」

「へー、飯島君ってマジック出来るんだー!」

「うっそー、ウチらも見たい!」

「……え?」

「あ!じゃあ喫茶もするついでにマジックショーも1回か2回やったらよくない?」

「それでいいじゃん。下手に出し物するより」

「あの、」

「ハハ、お前ら考えるの放棄すんなし」

「何か多数賛成出てるから、それでいい?」

「ちょ、待っ」

「はーい、けってーい」

「賛成の人は拍手をもってお答え下さ〜い」


パチパチパチパチ……!


──という事があった。

本人が口を挟む隙も無かった。

何の話かというと、文化祭の出し物についてのことである。

光のクラスは元々の出し物が喫茶店だ。

無難で結構なのだが、オーソドックス過ぎて面白味がない。

そこでもう1つアクセントを加えられないか、とクラス会議を始めて数分。

完全に外野のつもりでいた光に、まさかの白羽の矢が立ったのだ。


どうしてだ。

と思ったのも束の間、2、3日前のことを思い出した。

どこから聞いたのか、クラスメートの男子がマジックを見せて欲しいとせがんできたのだ。

それで見せたのである。

宿のおばあちゃん達に見せた、シャッフルしたはずなのに自分が選んだカードが一番上に乗ってるアレを。

ちなみに光を推薦した言い出しっぺは、他でも無いその男子であった。


……迂闊だった。


光は思わず机に突っ伏した。

学校で見せるつもりなんて無かった。

しかし流れでこうなってしまったし、断われなかったし……実を言えばそこまで悪い気のしていない自分が居る。

バーで普段やってることを、同じようにやったら良い訳で。

人の前に立つのは慣れている。

きっと都合良く利用されたに違いないが、”経験”というチャンスを掴んだことにしておこう。


「じゃあそういうことで。飯島さん、都合のいい時に内容とか見せて貰っていい?スケジュール組まなきゃだから」

「ああ……」


まぁ、それはさて置きだ。

ちょっとびっくりしたが、それよりも気になっていることがある。

賢翁のことだ。


「なぁ、賢翁って……」

「浅井?結構前に帰ったけど」

「そう……ありがとう」


放課後、隣のクラスに行ってみるも虚しく、今日も賢翁に会うことは無かった。

スクールバックを抱え直して、光は踵を返す。

昇降口へ向かう光の顔に、僅かながら苦い表情が浮かぶ。


逃避行が終わってからの夏休みは、1回会っただけで終わっている。

バイトの掛け持ちで忙しかったというのもあるが、賢翁とコンタクトを取れるのは唯一学校だけというのが大きかった。

賢翁はスマホを持っていないし、ましてたった1回行っただけの賢翁の家など分かるはずもなく。

旅行前に会えたのも、事前に集まる日を指定していたからだ。

学校に居ることが多いとはいえ他の場所に赴いている時だってある。

その時の1回も、無駄足を考えた上で学校へ行ったのだ。


そして。

9月に入って、賢翁は美術室にも余り来なくなってしまった。

体育と美術の合同授業は、クラスを入れ替えられてしまったせいで、余計会う機会を減らされている。

美術室にも来ないなんて……何かあったには違いないが、会えないから話が出来ない。


夏休みの時は、まだ何とか元気そうだったのに。


光は知らず知らず拳を強く握り込んでいた。

歯痒い思いが胸の中に渦巻いていた。


明日から土日を迎える。

何とかして、賢翁に会えないものだろうか。



──────



翌日の午前11時。

早朝からのコンビニバイトを終えて、控え室でスマホを開いた光の目にメッセージ通知が映った。


『浅井先輩の様子がおかしいのですが、何があったか知りませんか?』


9時半に送られたもので、美術部員の女子からであった。

スマホを持たない賢翁の緊急連絡のために、美術部の何人かに光の連絡先を教えておいたのである。

只ならぬメッセージにハッと目を見開いた光は急いでメッセージを返信した。


『まだ居る?』

『まだ居ます』

『様子がおかしいって、どんな?』

『見て貰った方が早いと思うんですが、今から来れますか?』

『行く』


そのメッセージを最後に打って、慌てて外に出ようとした光だったが、その前に弁当2つと飲み物を買った。

それらを自転車の籠に突っ込むと、最寄りの駅まで全力で向かった。


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