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午後の向こう側


日の当たらない木陰に身を寄せ、賢翁がスケッチに没頭する間、おじいさんやおばあさんがバラバラに数人やってきた。

そう、本当におじいさんとおばあさんしか来ないのだ。

さっきの家族2組も、ご年配の方々だった。

田舎だから、よそ者はすぐに分かるのだろう。

2人を見て、胡散臭げな視線を送って来る人も居れば、にこやかに話しかけて来る人も居た。

視線程度なら、光も気にしない。

賢翁が気づかないし、直接的な行動にさえ出なければそれでいい。


……しかし今日のところは捨て置いて貰えないだろうか、じいさんばあさんよ。


話しかけて賢翁の絵を褒めてくれるのは嬉しいが、その度文句を付けられるのではないかと光は内心気を揉んでいる。

墓参りの作法及び仏教・神道のことをよく知らないから、不謹慎だと言われたら本当に返す言葉が無いのだ。


早く、時間が過ぎてくれないだろうか──



──────



「──ごめん。何時間くらい経った?」


賢翁がスケッチブックから顔を上げたのは、悠に4時間を超えたころだった。


「13:37。4時間、くらいか」

「嘘っ。もうそんな経った」

「いつものことだろ」


余裕こいて言ってみたが、おじいさんおばあさんに話しかけられる度、密かにハラハラしていた光である。


「……申し訳ないです」


全くだ。

ここは山だからまだ涼しいが、コイツは熱中症のこととか全然考えちゃいないんだろう。

と、思いつつ色々先回りして準備してる光はまさに彼の母親である。


「だったら賞獲って来い」


立ち上がって猫の様に伸びをした光の背中が、パキッと鳴った。

あ……、ちょっと固まった。


「……光ってさ、」

「何だ?」

「死んだ後の世界って、信じる?」


スケッチブックにまた目を落とした賢翁が、そんなことを聞いてきた。


「唐突だな」

「そう?墓地目の前にしてたら考えない?」

「……そうだな」


死んだ後の世界か……


「あの星空見てから、何でもありそうな気はしてる」

「そっかぁ。俺ね、死んだらあーゆー綺麗な世界に行きたいなぁって思って」

「それは俺も思ったわ」

「一緒のこと思ったんだ。……そっか」


賢翁は嬉しそうに、くすぐったげに笑った。


「けどさ……もし何にも無かったら?」

「何にも無かったら?う〜ん……そしたら、遠慮無く光をお嫁さんに」

「黙れ変人」

「ごめんなさい」

「ってか……お前もういいのか、絵」

「うん。後は写真撮ろうと思って」


カメラ貸して、と賢翁が言う前に、光がカメラを差し出した。


「ありがと」


受け取って電源をONにすると、賢翁は墓石に近寄ってカメラを構えた。

遠ざかってみたり近づいてみたり、下から撮ってみたり……。

色々なアングルで撮ろうと場所を何度か変えて、十回近くシャッターを切られただろうか。

そしてカメラを下ろした賢翁はダッと逃げる様に光のもとへ駆け戻って来た。


「何で走った」

「だって心霊写真撮ってたら怖い」

「小学生かお前は」


少し呆れた表情の光だったが、可笑しくなって少し笑った。


「……帰るか」

「うん。カメラお返しします」

「お前持っとけよ。電車で現像する写真選んで貰うし」

「分かった」


賢翁がスケッチブック類をリュックにまとめて背負ったのを見計らって、光は歩き出した。

賢翁も後を追って歩き出す。


──ところが、お地蔵さんが立ち並ぶ列の前を抜けた時、後ろから足音が聞こえなくなった。


足を止めて振り返ると、賢翁は立ち止まって墓を振り返っていた。

猫背気味の立ち姿。

何を思って見ているのだろう。

目に焼き付けようとしているのは確かだった。


絵のため……いや、思い出を巡らせているのか。


「……よし」

「いいか?」

「遠いアングルで見てみたくて」


光にはそう答えてから賢翁は、唇だけ動かした。



また来るね。



短い挨拶をそっと、母に手向けた。



──────



帰りの電車では、賢翁も光も喋らなかった。

窓側で景色を見る光に到っては顔すら見えない。

不満こそ無いが、少し寂しいのが賢翁の正直な感想。

無口なのは十分理解している。

しかしこんな風にそっぽを向かれてしまうと、丸で他人同士ではないか。


──コツッと賢翁の手に、光の手の甲が当たった。

すぐ離れるものだろうと思っていたが、手同士がくっつき合っていても離れることはなかった。


あったかい。

……やっぱ光の隣って安心すんだよなぁ。


そう思ってからぼんやり自分が変人であることを自覚した賢翁である。




夢から醒めるように、

真夏の逃避行が、終わろうとしていた──





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