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3

賢翁がきちんと墓参りの作法を知っているのが意外だった。

それで後から聞いてみると、「父さんの墓参りにはしょっちゅう行くから」という答えが返ってきた。

今も昔も、例え違う世界に行ってしまっても、賢翁にとっての心の拠り所はやはり両親なのだ。

それを聞いて、光の胸はきゅうっと締め付けられるような切なさを覚えた。

賢翁はしゃがんで墓石を眺めたまま、ぽつぽつ話し始めた。

光も一緒になって、墓石を見上げた。


「父さんが絵描きで、母さんは父さんの絵が好きで結婚したんだって」


それが両親の馴れ初め──賢翁がこの世に生を受けると決まった瞬間だ。

絵を始めたのも両親の勧めだったし、絵を描くこと自体は賢翁にとってもごく自然に寄り添っている日常の1つだった。

絵の才能は父親と、もしかしたら父側の曽祖父からも受け継いだのだろうと聞いた。

それでも賢翁の絵の才能は類稀なもので、メキメキとそれは頭角を現した。

両親はとても喜んでくれた。

それが、賢翁にとっても一番嬉しいことだった。

2人が喜んでくれるだけで、充分に絵を描く理由になった。

それが──今はどうだろう。


「俺、父さんと母さんのためなら幾らでも絵は描くんだけどなぁ……」


今は、絵を描くのが苦痛に思うことが増えている。

もちろん原因は妹家族にもある。

ただ、それ以上に一番の理由だった両親を突然失ったことによって深い傷になり、絵を描く毎にその傷に触れるという辛さもあった。


もう、誰も俺が絵を描くことなんて望んじゃいないんじゃないか。


本当に投げ出そうとしたこともあったが、光が居たからそれも辛うじて実行に移さないでいる。


「俺が知った風な口聞くのもアレだけど、」


光も言葉を口にする。


「お前の父さん母さんも、お前が絵を描くことは望んでると思うぞ」

「……そうかな」

「そうだよ。一番はお前の幸せを願ってるはずだ。……ウチの母親もよく言ってる」

「………」

「あそこの家族だってそうだろ。あのクソ野郎を猫可愛がりするのだって、やっぱり子供の幸せを願ってるからで」


まぁ、それが行く行くの幸せに繋がるかどうかは別として。

とにかくそうなのだ。

賢翁の両親だって、賢翁が絵を描くことを喜んでくれたんだから絶対そうだ。


「お前ホントに諦めんなよ」

「………」

「俺がお前の絵、見たいんだから」

「……それ、」

「ん?」


光が横を見れば、不安げな瞳とぶつかった。


「それはホントのホントに、本気にしていいの?」

「今更何言ってんだお前」


今までどんだけ似たようなことばっか言ってきたと思ってる。


「むしろ聞くけど、俺のために絵描いてって言ったら描いてくれるのか?」


聞いてみると、賢翁はびっくりした顔をして……次いで顔が赤くなった。


「……うん。喜んで描く。めっちゃ描きます」

「じゃそういうことで決まりな」

「……わー」


賢翁はへなっと膝頭に顔をくっつける勢いで俯いた。

……何だこの人。

いっつも欲しい言葉をくれる。

優し過ぎる。


「光ってば……まじイケメン」

「何か言ったか?」

「何でもないです……」


思わず漏れた言葉は、光本人の耳には届くことなく大気を僅かに揺らすだけだった。



──────



「──あ、そうだ」

「どうした?」

「この墓石さ、描いてもいい?」


光は脱力して項垂れた。


ほらな、ほらな?

やっぱりそう来ると思ってたんだ。




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