表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/38

3

真っ黒いフレームでくっきりと縁取られた中、そこだけが全くの別世界だった。

空が輝いていた。

無数の星がぬばたまの闇夜を埋め尽くすように、そこら中で光りさざめいている。


星で出来た海のようであった。


街に居たらせいぜい1つの視界に5、6個写るくらいがイイところなのに。

この空には、場所が無くて重なって見える星々もあるくらい、星で満ち溢れている。

視界一杯に広がるこの星の海に飛び込めたら、どんなに美しい世界が広がっていることだろう。

壮大だった。

……光はくらくらした浮遊感みたいなものに襲われる。

足は地面にしっかり着いていて、そんな事が起きる訳ないのに──

でも、見ているだけで本当に吸い込まれてしまいそうだ。


──突然賢翁が大声を上げた。


「あ!やっぱオリオン座あるじゃん!」

「はっ!?」

「ほらあれ!ジグザグに5つ星あるやつ!」

「……お前それ、」


カシオペア座だっての。

はぁー。

……何だろう。

感動が少し薄っぺらくなってしまった。


「あれはカシオペア座。オリオン座は砂時計みたいな形してんだよ。……ほら、あの赤い星見えるか?あそこから右に辿っていくとさそり座。南に行ったら、そこにかに座」

「へぇー……スゲぇ。光って色んなこと知ってるね」

「お前が知らなさ過ぎなんだ」


冬になったら、今度はオリオン座やおおいぬ座を教えてやらねばなるまい。

オリオン座を知らないというのは、余りに事件だった。


……思えば、この星1つ1つがこの地球みたいに、世界を持っているのである。

向こうの星にしたらこの地球も、無数の輝くちいさな星の一つに過ぎない訳で。

俺たちって至極ちっぽけな存在な訳で──


「……こうやってると、俺たちって凄く小さいね」


賢翁も同じことを思ったようだ。

光は賢翁を見た。

暗闇に慣れて彼の輪郭は辛うじて確認できる。

すっかり魅了されたようで、空を見上げたまま全く顔が動かない。


「あぁ……」


光も返事をして、再び輝く星空を見上げた。


「何かこう……難しいことを考えるつもりじゃないけど、俺たちって一体何してんだろうなって思う」

「色々考え改めさせられるよな……とか言って、再構築出来る訳じゃないけど」


俺たちが何をしていようが、笑っていようが、泣いていようが。

地球は何も変わらないリズムで動くし、誰が生きようが死のうが、そんなことは関係無くこの世界は進んでいくのだ。

それだけのちっぽけな存在なのだ、人間なんて。

それなら悲しむ時間は勿体無いな、と光は漠然と思う。

どうせちっぽけで、どうせ死ぬんだから、沢山笑って、沢山楽しい時間を過ごさなくては損してしまう。

そして死んだその先は……

死んだ先には、この星空みたいな世界があるんだろうか。

天国や地獄なんていうあの世のことは余り考えたことがないが、行くならこんな美しい世界に行きたい。


「一生ここに居たいなぁ……忘れたくない」

「また何回でも来れる。その気になればな」

「あ、そうだ!カメラカメラ……」


賢翁は首に下げていたカメラを起動させ、レンズを真上に向けた。

しかし画面には真っ暗な空間しか映らない。

それを見て、賢翁は残念そうに言った。


「……駄目だ、ナイトモードでも真っ暗」

「ピント暗いとこに合わせてみてもか?」

「うーん……」


ピッピッ、と操作をしてシャッターを押した賢翁は、写真を確認して「駄目でした」とカメラの電源を落とした。


「残念だったな」

「目に焼き付けるしか無いかぁ。まぁ、目で見た方が一番綺麗だけどね」


──それから、どれぐらいの時間が過ぎただろうか。

暑さも虫も熊も忘れて、アホみたいに空を見上げ続けた。

全然飽きない。

不思議だ。

でも……光は段々首が痛くなってきて、途中で見るのをやめた。

賢翁はずっと同じ姿勢で見上げている。

手持ち無沙汰に、光はスマホで時刻を確認した。

驚いた、もう0時半を過ぎていた。

……そろそろ帰らないと。

賢翁には悪いが、これ以上は明日に響くし……それにずっと忘れていたがいつ熊が出てくるかも分からないし。


「賢翁。そろそろ帰ろう」

「………」


賢翁から反応は無かった。

5秒くらい待ってもう一度口を開きかけたら、漸く「……うん」と返事が返ってきた。

脳に到達するまでどんだけ掛かってんだ。


「もう1時になる」

「えっ、もう!?」

「早いな、時間経つの」

「あー……もう、そんななんだ」


賢翁は名残惜しそうに呟いて、やがて夜空から目を離した。


帰ろっか。


賢翁が念そうに笑った気配があった。



──────



「どうしよう。凄く描きたい」


帰る道中、高揚した様子で賢翁は何度も空を見上げながら言った。


「色々思いついてきた」

「そうか」


なら良かった。

連れてきて正解だったみたいだ。


「……ああ。そっか。お揃いか、お揃お揃」

「?」


不意に賢翁がそんなことを言う。

首を傾げて光が見返すと、


「光とお揃の思い出持ったんだなぁって」

「お揃って……お前女子か」


言われると、何か小っ恥ずかしい。

でも、言われてみればそうか。

同じ時間に同じ星空を見上げて、似た思いを抱いて。

そっくりの記憶を持ったのだ。


賢翁が横でくすぐったそうに笑った。

その笑い声を聞きながら、”忘れたくない”と素直に思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ