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林に入って懐中電灯を点けると、たちまち小さな羽虫が寄って来た。

それでも真っ暗な中で足下を照らしても頼りないもので、何度も躓きかけたし、途中藪からガサッと音が聞こえて2人して飛び上がった。

……狸だったのかもしれない。



「…………」

「…………」

「…………」

「……光、怖いから何か喋ろうよ」

「……うん」

「『うん』って……。えーっと……そうだ!今朝面白いことがあってさぁ!家の前で猫がぅあっ」


ガッ、ドサッ。


「大丈夫か?」


転んだ賢翁を光は冷静に助け起こしてくれた。

暗くてよく見えないが、声音に全く焦りが無いというか……多分呆れた顔をしていると思う。


「喋ってよそ見するからだ」

「うん……ごめん、やっぱり喋らない」

「そうじゃなくて、喋るなら下気をつけながら喋ろ」

「うん……」


そこから賢翁は無言で歩くことに専念した。

またしばらく沈黙が続いた。


……別によそ見をするなと言っただけなのに。


今度は光が悩み始めた。

何を喋ろうか。

このまま黙って歩いたって、何も楽しくない。

とりあえず、口を開いた。


「……あのさ」

「うん」

「俺、3年前にここ来たんだけど、その時もこんな風に真っ暗で何回も躓き掛けたり、熊が出たりしないかハラハラしながら歩いてた。母親と知り合い何人かと一緒に行ったけど……まさかお前と来ることになるとは思わなかった。ここに来るのも、あれ1回きりだと思ってた」

「……うん」

「道無くなってたらとか、曇りだったらとか色々心配したけど、何も変わってなし晴れてるから、本当に良かった。

「……ねぇ、光」


それまで頷くだけだった賢翁が口を開いた。


「ん?」

「俺1回だけ家族と一緒にプラネタリウム行ったことあるんだけど……何て言ったっけ、さそり座とか……かに座とかオリオン座とか見えるかな」

「高校生。オリオン座がこの季節に見えると?」

「え、違うの?」

「嘘だろっ……!?」


高校生にしてその間違いはヤバい。

さそり座の隣でオリオン座が光っていたら、それこそ天変地異どころの騒ぎではない。


「お前……よく受験受かったな」

「そりゃあ、美術で推薦貰ったから。試験ほとんどやってないんだよね」


あ。

そういえばコイツそうだった。


「聞いていいか?安土時代を作った戦国武将は?」

「豊臣ナントカ」


織田信長である。


「ペットボトルに使われている樹脂は?」

「えーっと……ポリエステル!」


正解しやがった。

織田信長は答えられなくて、何でそっちは答えられる。


「最後の質問。クラゲとは」

「何だったかな……。確かね、腔腸こうちょう動物の鉢水母とヒドロ虫の総称」


なるほど。

判断基準を一気に狂わされてしまった。

クラゲについては光が適当に聞いただけなので正誤の判断がつかないが、恐らく賢翁の説明は合ってるのだと思う。


「絵描くときに調べたのか?」

「クラゲは色々調べた。俺、いつかクラゲ飼いたい」

「一杯居てもアイツら何か可愛いよな」

「うん。可愛い」


頭がいいんだか、悪いんだか。

いや、興味の無いことは本当にどうでもいいだけか。

頭良くなきゃ今のクラゲの説明なんか、覚えてるはずもなく。

……でも、豊臣秀吉の名前くらいは言えるようになれよ。


喋りながら歩いている内に、視界の先で不意に木々が遠のいた。


「拓けた場所に来たね」

「まだ上見るなよ」

「はーい」


2人はそのまま注意深く進んでいく。

もう少し、もう少し行った先に3年前のあの場所が──

そして、丸く切り取られたように拓けた場所へ辿り着いた。

光が立ち止まれば、賢翁も立ち止まった。


「もう見ていい?」


うずうずと待ち兼ねたように聞く賢翁。

光は懐中電灯の灯りを静かに消した。

……真っ暗になると、急に辺りが静かになった様な気がした。

丸で、闇に音が呑み込まれてしまったみたいに。


「……いいぞ」

「一緒に見ようよ」


その言葉を合図に、2人は呼吸を合わせた。


「「せーのっ……」」


小さな掛け声と共に、一緒に空を見上げた。

2人して言葉を無くした。


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