路傍の朝
8月14日。
曇り空でも、真夏の外は暑い。
家を出る寸前、ちらりと見たテレビが端っこに最高気温34度と載せていた。
晴れの日とさして気温に変わりないのは……何故?
待ち合わせは学校の中庭。
そこでスケッチでもしてるから、と電話口で言ったアイツの神経を疑う。
校内用のズックに履き替えて、光は中庭に出た。
制服の下のTシャツも、汗をぐっしょり吸い込んだことだろう。
額に滲む汗を手の甲で拭って、十数メートル離れた先の1段高く造られた芝生のスペースを見た。
正方形の敷地に若い木が3本生えている。
その内の1本の下に座り込む男子の後ろ姿はすぐに見つかった。
曇りとはいえ日光もそれなりに有るから、木陰にしっかり隠れている。
「賢翁」
呼んでも返事は無い。
無視すんなテメェ。
もう一度呼ぼうと口を開きかけて……やめた。
背中の向こうにスケッチブックが見えた。
彼がいつも持ち歩いている、分身とも言って良いそれを開いている。
あの様子じゃ自分の世界に入り込んでしまってるかもしれない。
直接向こうに行った方が早い気がして、光は芝生に向けて足を踏み出した。
賢翁の髪は寝癖で飛び跳ねまくっている。
元々は小ざっぱりとしたストレートであるが、本人が面倒臭がって直して来ないのだ。
顔立ちが爽やかな好青年風なだけに、もったいない。
レンガ模様の段を上がって芝生に差し掛かった時、光の耳に微かな唄声が届いた。
棒読み気味の「となりのトトロ」だった。
鼻歌かと思ったが、しっかり唄っている。
……ただ、ところどころ「ん~んぇ~ラララン……」と適当なハミングで歌詞を誤摩化していた。
光はちょっと溜め息を吐いて、賢翁の背中から視線を外した。
時刻は朝の7時半を過ぎているが、周りを見る限り校舎に人の気配は無い。
吹奏楽部が来ていそうなものだが……。
あぁ、それにしても暑い。
程なく、とうとう光は賢翁の背後に立った。
賢翁も、とうとう振り向くことはなかった。
光の足元で相変わらず力の抜けた「となりのトトロ」を唄い、正面をじっと見つめている。
いや……ぼーっとしているかもしれない、Bの鉛筆が動きを止めている。
声をかけず、上からそっと賢翁の手元を覗き込んだ。
スケッチブックには薄く描きかけた雑草があった。
正面の花壇に生えているのを描いていたらしい。
小ぶりの花もついている。
……それにしても、まさか本当に気づいてないんだろうか。
気づいてないんだろうな。
今までも似た様なことは何十回とあったから。
……でもこのレベルはそろそろヤバくないか。
荷物を持って行かれても、きっと気づかないで家に帰るタイプだ。
──ということで、片方の膝頭を思い切りゴツッと背中にぶつけてやった。
「ぅおっ」
微妙に猫背の背中が、驚いた声を上げて大きく揺れる。
「いってぇ……」と、ちょっと顔をしかめて振り返った賢翁は、
「あ」
背後の光を見るや、きょとんと目を丸くした。