into the シャッフル 〜Second〜
16時。
光の小さなマジックショーは、旅館の台所で開催された。
普通の洋テーブルで、光が立っている対面でおばちゃんと、そのお母さんだというお婆ちゃんが椅子に座って見守っている。
賢翁は少し椅子を離して、スケッチブックに鉛筆を走らせている。
「見て頂いたら分かると思うんですけど、カード自体には何の仕掛けもありません」
箱からカードを取り出した光は、滑らかな動作でそれらを扇状に広げた。
いつも使っているカードである。
しかし光は今回の機会に、あることを思いついていた。
「好きなカード選んで下さい。そしたら、カードにペンで何か書いて」
これに驚いたのはおばちゃんとお婆ちゃんである。
「えぇっ!?」
「そんな勿体無いこと……いいのかい?」
「ご自分のお名前でも結構です」
どうぞ、と光が勧めると、おばちゃんはお婆ちゃんにその役を勧めた。
数字も柄もバラバラな列から適当に1枚引き抜いたお婆ちゃんは、躊躇いつつもマジックペンを走らせる。
中々味のある崩し字で「隈元 良子」と書かれた。
「ちなみに良子さんは、トランプにこうして何か書いたことってありますか?」
「そりゃあアンタ。無いに決まってるでしょう?」
「じゃあこのカードは世界に一つだけのカードです」
光はカードを受け取ると、真ん中へ切るように差し込む。
「このカードにはね、今魔法が掛かったんです。どんな魔法だと思います?」
「魔法……そうねぇ。どんな魔法かしらね?」
「良子さんに恋する魔法です」
「あら」
良子さんはくすぐったそうに笑った。
「笑ったら駄目ですよ。だってほら、」
光はパチンと指を鳴らして、一番上のカードをめくった。
良子さんの顔がみるみる驚きに満ちていく。
「良子さんに会いたがって、一番上に来ちゃうんです」
そこには「隈元 良子」と書かれたクラブの2があった。
良子さんはびっくりしたまま、カードに顔をぐっと近づけている。
「あら……あらぁ?さっき真ん中に入ったのに……ええ?」
「もう一回やりますね」
光は良子さんのカードを再び束の真ん中へ差し込んだ。
今度は良子さんにもよく見えるように、ゆっくりとカードを沈めた。
そして、またそのまま一番上のカードをめくった。
すると。
「あれ……」
光は片眉を上げた。
現れたのはハートのクィーン。
失敗したのだ。




