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そうして2人、静かに階段を降りたときだった。
「なぁ」
咎める様な鋭い声が、飛んで来た。
賢翁の身体がパキン、と凍りついた。
「ココいつからお前ん家になった訳?誰も認めちゃいねぇけど」
言葉を失った彼の視線の先には、玄関に佇む青年。
心底嫌そうに顔を歪めた──恐らく彼が義兄に違いなかった。
今時の若者といった感じの普通の……いや、顔は割と整っている。
だが、せっかくの顔も意地の悪そうに歪んで、魅力は削がれていた。
「びっくりするわーホント。何我が物顔で人呼んでんの?お前はココに住まわせて頂いてる居候だろ?何?自分の立場も弁えられないくらい、有り難みが麻痺して来た?」
何だ、コイツ。
光は怒りを感じる前に唖然としてしまった。
こんなヤツ、世の中に居るモンなのか?
「なぁ。俺の言ってること間違ってる?居候」
「あ……」
玄関を上がり、ゆっくりと詰め寄る義兄。
賢翁は恐れをなした様に一歩後退した。
──何だよ。
その瞬間、怒りがこみ上げて来た。
こんなヤツにやられてんのかよ。
──ふざけんな。
「……別に。この人は"俺"の部屋に上げただけだし」
光が賢翁の前に出ようとしたその時、賢翁が手で押さえた。
そして、微かに震えた声で言い返した。
「あ?」と顔を更に顰めた義兄に対して、賢翁は皮肉げに唇を片方吊り上げて言葉を継いだ。
「今すぐ出るからいいでしょ?それに、俺を引き取って部屋与えたのはアンタの親なんだ。文句は向こうに言えよ」
「テメェ調子乗ってんじゃねぇよっ!!」
突如激昂したした義兄が声を荒げ、手を振り上げた。
賢翁は身を竦ませて──グッと目を瞑って顔を背けた。
馬鹿、避けない気かよ!?
気づけば、光の身体が先に動いていた。
「やめろ!」
光は咄嗟に賢翁を押し退け割って入ると、義兄の手首を勢いのまま掴んで止めた。
「なっ、クソ!離せ!」
ギリギリと指が思い切り食い込むぐらいの力で握り込んでいた。
すぐに振り払われたが、彼の手首には光の指の跡が赤く残った。
それだけ必死だったのだ。
光は喧嘩したことが無いから、次が来ても賢翁を庇い切れるか分からない。
心臓は暴発寸前で、丸で身体中の血液が煮え滾っているみたいだ。
冷や汗が背中を伝う。
恐怖と緊張、怒り。
そういったものが混ざりあって暴れ、頭に血が上る。
ボコボコとどす黒い何かが込み上げて来て──
光の睨みはより凄みと鋭さを増した。
人を目で射殺すような視線に、真正面から睨めつけられた義兄は思わず言い掛けたところを閉口した。
只でさえ怜悧な印象をもたらす容貌で、そんな恐ろしい目つきをされたら物凄い迫力だ。
……年下相手に一瞬でも萎縮したことに気付いた義兄はハッとした表情を浮かべたが、鼻白んだらしく忌々しげに顔を歪めた。
「クソが。穀潰しの癖に……」
義兄はそれだけ吐き捨てると、ドンと光の肩に身体をぶつけながら横を通り抜けて行った。




