あの日
去年の今頃。
高校2年の、夏休み前の話。
三者面談も終わって終業式を明日に控える日曜日のことだった。
日差しの強い外を歩く賢翁と光は、冷房の効いた施設を探していた。
「そういや……お前の作品まだ見てなかったな」
「作品ってどれ?」
「ほら、お前去年の冬にコンクールで出したヤツ」
「あー……」
きっかけは光の何気無い閃きだった。
県大会で最優秀賞を獲得し、全国まで行った賢翁の絵をまだ見ていない。
制作過程は途中まで見ていたが、バイトを一時掛け持ちしていた時期と重なって完成まで見届けることが無かったのだ。
「今俺の部屋にあるなぁ……」
「そうか」
じゃあ辞めとくか。
賢翁だって家族と会いたくないだろう。
と、思った矢先。
「行こっか」
賢翁はあっさり応じた。
「えっ」と逆に狼狽えたのは光である。
「行って大丈夫なのか!?」
「この時間帯なら親2人居ないだろうし……」
「……お前んとこの馬鹿義兄貴は?」
「まぁ最悪会ってもスルー」
本当に大丈夫なのか……?
光はまだその馬鹿義兄貴会ったことが無いから、どうなるのか予想がつかない。
疑惑の目を向ける光に「それに……」と賢翁は続ける。
「やっぱ一番見て貰いたいのは光だから。見て欲しい」
それを言われてしまうと……。
「……分かった」
光は渋々承諾した。
──だが、後々になって光はこの選択を酷くに悔やむことになる。
止めるべきだったのだ。
「普通だな」
「……流石に家の外観まで性格に影響されてたら困るよ」
「や……そもそも想像すらしたこと無かったから」
賢翁の家は何処にでもある二階建ての一軒家であった。
何というか、賢翁から聞く"家族"の話のインパクトが大き過ぎて家までイメージが及ばなかったのだ。
「入ろ〜。あっつい」
「ん……」
正直、足が進まない。
が、賢翁が先に玄関を開けたので後に続く。
「……よし、誰も居ない」
半開きにして中を覗き込んだ賢翁の怪しいこと。
お前は泥棒か。
「見たら即行退散しよ。……何も起こりませんよーに」
自分の部屋に帰るだけなのに……酷い。
日頃どんな扱い受けてるんだ。
それでも賢翁は、自分の絵を光に見せたがっている。
唯一の理解者である光に。
光は先程の思いつきを心から呪った。
玄関から見る限り、家はそれなりに手入れされていて、靴箱の上にh如何にもといった可愛らしい動物の置物や花瓶が置いてあった。
賢翁の部屋は2階にあった。
奥まったところのドアを開ける。
四畳半のフローリング。
壁という壁にキャンバスが立て掛けてあったり、賢翁お得意のデッサンがあちこちに貼られていたり。
そこは正に賢翁の世界であった。
「ホントは俺のじゃなくて好きな画家さんの絵飾りたいんだけどね」
賢翁は苦笑して部屋に足を踏み入れる。
「なぁ」
「うん?」
「部屋……汚ねぇ」
床も賢翁ワールドだった。
カラフルな絵の具チューブの数々、サイズのバラバラな筆、開きっぱなしの書道道具(硯絶対洗ってない)、数多の紙……その全てが丸で「ウォーリーを探せ」の如く床中にばらまかれている。
足の踏み場も無い。
……なるほど。
コイツ放っといたらこうなるのか。
「 もっと道具大事にしろよ。……ってかなんでここにサランラップあんだよ」
「コラージュに使おうと思って」
その他、千切れた黒いレースに、大きめの瓶に詰め込まれたガラスの破片、英文の新聞紙も見つけた。
ゴミかと思ったら全て作品の素材だと賢翁は言う。
呆れた溜息を吐きつつ、もう一度部屋を見渡す。
……寂しい部屋だ。
それは最初に入った時から感じていた。
壁も床も美術関係の物で溢れているが、生活臭のする物がほとんど無い。
申し訳程度のプラスチックの衣装ケースに、小さな丸い低足テーブル、部屋の隅で無造作に畳まれた薄っぺらい布団、少し黄ばんだ古めのカーテン。
それら全てが間に合わせで用意されたのが、一目で分かる。
何も温かみは感じられない。
それと、収納家具が衣装ケース以外に無いのは、中々不便だと思う。
せめてカゴを2、3個買ってきて、大まかに分類分けしてやったらどうだろう。
この床の惨状は何とかなりそうだが……




