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プロローグ:Bar・Cartorolleにて


マジック・バー 「Cartotolleカルトラーレ」は、駅近くのビル街でひっそりと隠れ家的スタイルで営業している。

広くはない店内だが、間近でマジックショーを楽しめるからと足を運ぶ人は多く、最近では新しいメンバーが──あまり大きな声で言えないが男子高校生が新入りで入ったので、女性客のリピーターが増えているくらいである。

お陰様で、店はそれなりに繁盛していた。


新入り君はよく頑張ってくれている、とバーのマスターは思っている。

お客への接し方も、半年経って板について来た。

新しくマジックを教授するにも呑み込みが早くて、特に夏休みに入ってからは終業時間まで客の前に立ってくれることも多い。

仕事に対して、真摯に取り組んでくれるところが何より好ましかった。

彼がこの後上京を考えていないなら、ここに居て欲しいくらいである。


「マスター……マスターは子供の頃楽しかったですか?」


──それは、8月14日に日付が変わってバーの営業が終了した時のこと。

掃除も終わって後は帰るだけのはずの新入り君から相談があった。


「悩み事でもあるのかい?」

「俺じゃなくて……親友、というか。見てて、コイツちゃんと幸せになれるのかなって」


カウンター越しに座る初老の男性──マスターは、グラスを拭く手を止めなかった。

対面でカウンターに頭を突っ伏している新入り君──光は、どうも真剣な様子である。


「高校生なのに難しいことを考えるねぇ」

「考えざるを得ないんですよ」

「他人の幸せを考えられる子は良い子だよ」

「子供扱いしないで下さい〜」


ごねる光は顔を横向けた。

露わになったのは鼻筋の通った端正な顔立ちで、少し冷たい印象さえ与えてしまうような容貌だった。

目元には日頃の睡眠不足を表す濃い隈が刻まれている。

だが今はマスターに子供扱いされて、むっと眉根を寄せる年相応な表情を浮かべていた。


「……結構真剣な話ですよ」


高校3年生になる彼は、時折大人の男が浮かべる様な苦み走った表情を見せることがある。

歳の割りに世知辛い思いをしているらしく、年頃の少年たちと比べても随分大人びて冷めた性格した子だという印象がマスターにはあった。

……そんな彼が他人の心配をしているのが意外だったので、マスターはちょっと茶化してみた訳だが。

今度は真面目に聞いた。


「どんな子だい?」

「変人」

「親友なのに酷いこと言うね」

「変な性格してます。でも、そいつ絵だけは天才的に上手いんです。全国までいって、賞も獲って」

「ほう。凄い」

「なのに、居候先で迫害されてて……それでこの間、自分で描いたデッサン破って捨ててました」

「………」


これは思った以上に重い話かもしれない、とマスターは真剣に話を聞くことにした。


「酷いですよね。そんなになるまで虐めるって神経疑う。一応、血は繋がってるんですよ。……ホント何なんすかね」

「その子、親は?味方は居ないのかい?」

「両親は4年前に亡くしてて、味方は俺とウチの母親ぐらいです」


そんな早くに親を亡くして、預け先でも居場所を無くして……その子はなんて壮絶な人生を送っているのだろう。

可哀想に、の一言がまず口を突いて出ていた。


「よく頑張ってるね。きっと光君が居るだけで相当心強いはずだよ」

「そうだといいですけど」

「そうだと思うよ。子供は大人と違って逃げ道が無いから、頼る先なんて限られてる。……守ってあげなさい。一時的にでも逃げ込める場所になってあげるといい」

「もちろん、そのつもりで接してます」

「今度、その子をここに連れておいで」

「ありがとうございます。それ聞いたら、きっと喜ぶと思う」

「大人の知恵ってヤツを僕らは与えられるからね」


味方というのは、多いに越したことはない。

そもそも自分が培った知恵というのは、この先生きていく子供達の為に得ているのだとマスターは思っている。

今役立てねば、それこそあの世へ行った時に神様へ顔向けできないというもの。

すると、光が頭を持ち上げてマスターを見上げた。


「大人の知恵かぁ……マスター、カッコいいですね」

「老い先短いもので、それしか役に立たないオジサンです」


しみじみと、本当にそう思った様子で言われてマスターは軽く受け流す。


「そんなこと言わないで下さいよ。老い先短いなんて」

「ところで、最近旅行行くなんて言ってなかったかい?」

「ああ……明後日、じゃないな。明日です」

「明日?それなら早く帰らないと。何だかんだ準備はあるだろうに」

「そこまで大袈裟なものじゃないですよ」

「何にせよ、本当は未成年をこんな時間まで働かせちゃいけないからね。さぁ、着替えておいで」

「……はい」


やる気と根気を見せる光だからこそ、午前の1時まで残してあげられるのだ。

彼の母親も一人息子だというのに、よく了解してくれたと思う。

光はカウンター席から素直に立ち上がったが、「マスターは?まだ帰らないですか?」と声を掛けてきた。

まだ残るつもりのマスターに気を遣って声を掛けてくれたのだろう。

マスターは穏やかに微笑み返す。


「もう少ししたら帰るよ。最後まで残って貰って悪かったね」

「いえ。俺の方こそ……話を聞いて貰って、すみません」

「いいんだよ。また何かあったら話しにおいで」

「はい。ありがとうございます」


光は今度こそスタッフ・ルームの方に向かっていった。

彼の姿がドアの向こうに消えてから、マスターは手元の作業を再開した。


……可哀想な子供の話を聞くと、やるせない気持ちになる。

皆助けてあげられたら、とさえ思ってしまう。

けれど、根本的な解決は本人にしか出来ないものである。

何処で切り抜けるチャンスを掴むかは、その子次第だ。

それこそが本当の解放への鍵であり、それまでは神様から与えられた試練である。

理不尽でも、乗り越えるしか道は無いのだ。


「マスター、お疲れ様でした」

「お疲れ様。──気をつけて帰りなさい」


必要なのは、"夜が明ける"までの支えだ。

いつ訪れるかも分からない"夜明け"を待つのに、少しでも希望を携えさせてあげられたら。

その支えを構成する内の1つになれたらと──マスターとしてはそう思っている。



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