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王城の闘技場


 魔法使いの少女との出会いからほどなく、シロナとクロードの元に一人の使者が現れた。

 あの少女の言うとおり、王の主催する闘技場で戦って欲しいと言う依頼。

 シロナは一も二も無くよろこんで了承した。無言でクロードも了承する。

 シロナは決意を胸に王宮の闘技場へと訪れた。

 クロードもつき従う。


 王が主催する闘技場。

 その場所は、こともあろうに王城の地下だった。

 確かにこの場所ならば、街の者に闘技場の存在を知られることもなく、賭争者を外へ出さずに戦わせることが出来る。

 なるほどね。

 やっぱり魔法使いの少女の話は本当みたい。

 シロナは、また嬉しくなった。

 王からの使者の話によると、王宮の闘技場も街の闘技場と同じく、登録しておくと賭争が組まれ、勝つと相手の財産を貰えるという仕組みだそうだ。

 街の闘技場と違う点は、この闘技場ではただ戦いに参加するだけでも多額の報酬が貰えるということ。

 そのために全財産を賭けて戦う必要はない。

 お互いに少ない賭け金で戦い、負けたときのために保険をかけている人間もいるようだ。


 闘技場の場所を確認した後。

 二人は使者に促されるがままに王城内を進んだ。

 そこは離れの一室。

 王の使者はここで生活をして下さいとだけ言って、去っていった。

 二人を迎えたのは最高級の客室。

 最上級の暮らし。

 重厚な質感の木材で作られた机。艶やかな光を放つ黒檀の窓枠。その全てを優美に照らす、芸術的な銀蜀台。しかし、これは仮初の居室。

 戦って勝ち残らなければ消えてしまう淡い幻、泡沫の夢。

「とりあえずは、観戦してみてから考えましょう」シロナはクロードに語りかけた。

「そうだな」と、クロードは短く答える。


 二人はすぐに地下に降り賭争の場へと向かった。

 入口で城兵に、まだ一度もここで戦っていない賭争者には、舞台から遠い観客席しか入れないと、遠い観客席に案内された。

 それも当然と言えば当然。値踏み前の人間を最高級の席に座らせるような真似はしないのだろう。

 上から見渡す王城の闘技場。

 舞台の外形は今まで戦ってきた闘技場とほとんど同じ。

 四角い舞台にそれを囲う金網。少し広いかもしれないと感じる程度。

 今からここで戦いが始まる。


 ――赤い柱の傍らに一人の男が現れた。

 歓声が上がる。

 普通の人間よりも圧倒的に背が高い。しかし、針金のように細い、長身の男。

 ――青い柱の傍らに一人の娘が現れた。

 片目に眼帯を付けている。背の低い隻眼の娘。

 周りで語られる前評判によると、二人は今回が初顔合わせ。

 二人とも前の戦いで壮絶な死闘を勝ち抜いたつわもので、今回の一戦は、注目の一戦だとのこと。

 シロナは食い入るようにして二人を見つめた。

 この二人のどちらかと、いつ戦うことになるかも分からないのだから当然だ。


 ほどなくして、賭争が始まった。

 二人とも舞台の隅から動かない。相手の出方を伺っているのか。

 と、そのとき長身の男が前へと進み出る。

 突如として、短剣の嵐が舞う。

 長身の男が腕を振るうたびに、短剣が生まれて娘の元へと飛ぶ。

 ――これが長身の男の心術。

 一瞬にして発せられた無数の短剣は、宙を舞い隻眼の娘へと収束してゆく。

 隻眼の娘は微動だにしない。

 しかし、自由自在に小さな髪留めが舞い、それらを全て叩き落とした。

 この髪留めが隻眼の娘の心術。

 なおも男の腕は止まらない。連続して短剣の嵐を繰り出し続ける。

 その短剣は不規則に運動しているように見えて、その実ある規則性が存在した。

 長身の男から、細い糸が伸びている。そして、その一本一本が短剣へと繋がっていた。

 故に攻撃は、ほぼ前方からしか来ない。

 だからこそ娘は、嵐のような怒涛の攻撃を、たった一つの髪留めで受けきれる。

 短剣が背後に逸れることのないように娘は全て前方へ弾き返す。

 シロナは二人の心術を考察する。二人とも、比較的近距離型の心術。

 心術はその性質上、術者と心術の距離が、近ければ近いほどに威力を増すようだ。

 そのことを、経験で知ってだろう。

 長身の男は短剣を飛ばしながら徐々に前進して行く。

 作戦としては至極当然。

 隻眼の娘は防戦一方。このまま攻撃し続ければ、きっと長身の男の勝ち。

 長身の男は連続して短剣を放ち、隻眼の娘はそれを弾き飛ばす。

 弾き飛ばされた短剣は地に落ちて消え、金網に刺さり長身の男を傷つけるには至らない。

 ――が、弾き返されても弾き返されても、長身の男は術を撃ち続ける。

 長身の男に有利なはずの攻防。


 しかし、様子がおかしい。

 長身の男がピタリとその歩みを止めた。

 隻眼の娘が反撃に出たのだ。

 娘の周りで髪留めが凄まじい速さで飛び動き、短剣が娘の元へと辿り着く寸前で、長身男の繰る糸をつぎつぎと切断していく。

 そして、髪留めが糸を切断する度にその先端の短剣も消滅した。

 それは一つの法則を示していた。

 ――本体から切り離された心術は消滅する。

 攻撃を破られ、長身の男が小さく呻いた。

 心術を破壊された衝撃に、心を蝕まれたのだ。


 しかし、隻眼の娘にそのような芸当ができたのなら、彼女は何故もっと早くに反撃に移らなかったのだろうか。

 それはきっと攻撃範囲の違いによるもの。近づけば確かに、心術の威力は上がる。だが、威力の上がり方には個人差がある。

 隻眼の娘の方が、より近距離戦に向いていたということ。それに、男が糸のようなもので短剣を操っているという性質。至近距離ではその攻撃範囲、攻撃の角度が狭まってしまう。

 意図的に娘の後方へ短剣を投げ、引き戻す動きで攻撃を狙うも、引き戻す動きは特徴的で遅すぎる。

 その所為で正面の短剣の何本かはかき消され、引き戻す短剣も事なく処理される。

 少女は前に出ない。

 ただ、その場で受け続けるのみ。

 シロナは、ここに至ってようやく隻眼の娘の意図を察した。

 なるほど。わかった。

 隻眼の娘の狙いは持久戦。

 じわじわと長身の男の攻め手を奪い、力尽きた所でゆっくりと対処する作戦。

 守るべき範囲の狭い娘自身の小さな身体。

 至近距離で心術を操る分には、ほとんど消耗しないという事実。

 心術をかき消せば敵に心的痛手を負わせられると言う事実。

 さらに髪留めを高速で正確に動かせるという娘の心術の特性が、彼女にその戦法を取らせている。

 男は短剣を操る為に常に両腕を動かしている。

 腕を振るい続けている。

 体力的な限界が先に男に降りかかるのは自明の理。

 娘の意図に気付いたのか、長身の男は後ろに跳び退り、距離を取った。

 長身の男が攻撃しないかぎり、隻眼の娘は長身の男に攻撃する術を持たない。

 そう判断しての行動。

 しかし、その判断も隻眼の娘は見抜いていた。想定していた。

 娘も合わせて前方へ、じりじりと移動する。

 娘は確実に長身の男を追い詰めていた。

 ここは闘技台の上。

 逃げ場はない。

 後ろに下がれば金網がある。

 今までの攻防で、隻眼の娘は感じていた。

 至近距離に接近しさえすれば、自分の方が有利。

 勝てる。

 娘の心にはその思いがあった。

 だからこそ、長身の男をゆっくりと追いかけた。

 追い詰めた。

 長身の男の背後には、金網。

 もう下がることはできない。


 娘が勝利を意識したその瞬間。

 ――彼女の背に短剣が突き刺さった。

 崩れ落ちる娘。

 祈りを捧げる男。

 その賭争が終わった。

 舞台の上に拍手と歓声が降り注ぐ。

 舞台の外で見ていたシロナすら呑まれていた。

 その短剣がどこから飛んできたのか一瞬気付けなかった。


 長身の男が娘に挑んだ攻防。

 娘が持久戦を挑む為の攻防。

 その最中に弾き飛ばされた一本の短剣。

 とうにかき消されたと思っていた短剣。

 それが、闘技場の金網に突き刺さったまま残っていたのだ。

 短剣に伸ばした糸が見つからぬように、長く伸ばした糸、極限まで細くした糸による芸当。

 男は最初の攻防で糸の長さを、攻撃範囲を誤認させることで――

 ――短剣の糸を太く一定にすることで、娘に思いこませた。短剣の射程はここまでだと。繋がる糸を追えば十分だと。

 それはまるで一本の釣り針のよう。

 そしてその上で、持久戦を嫌い後退したかのように見せかけての移動。

 しかしそれは、甘い餌。追いかけて前に出る娘。相対的に娘よりも短剣の位置の方が後ろになる。短剣がひっそりと、娘の死角に回り込む。

 後は、娘に気づかれないように男が短剣へ伸びた糸を引き。

 それで、幕引き。

 不意打ちによる心理的ダメージは計り知れない。

 欺かれた衝撃と共に、隻眼の娘は崩れ落ちた。

 凄まじい駆け引きだった。

 シロナは震えが止まらなかった。

 自分も、隻眼の娘と同じ状況ならば、彼女と同じ戦略を取っていただろう。

 そして、この賭争は結果をみるよりも接戦だった。

 もし、彼女が金網に刺さった短剣に気づいていたら、裏に延ばされた糸に気づいていたら、男が糸を引く動作に気づいていたら――結果はまた変わっていたであろう。

 この勝負において隻眼の娘のとった戦術――持久戦が、この上なく正しい戦法であるのは紛れもない事実なのだ。

 紙一重の演技。

 糸の上での綱渡り。

 そしてそれを長身の男は見事に渡りきった。

 ――街の賭争者とは圧倒的に格が違う。

 その戦いを目の当たりにした後。

 シロナは胸中で秘かに思った。


 今までの戦術では全く通用しないかもしれない――――

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