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白い娘の物語

 これは白い娘がまだ白くなかったころ。

 ある丘の上の小さな小屋に住んでいたころのお話です。


 娘は父と二人きりで生活しておりました。

 いつも優しい笑顔の父との穏やかで温かい生活。

 娘はとても幸せでした。

 彼女の父は、とある名門貴族の出自。

 けれども、その父は身体が弱く、いつも床に伏し貴族の栄華は見る影もなくなってしまっていました。

 もう二人で外へ出かけることも出来ませんでしたけれど、それでも娘は幸せでした。

 だって大好きな父とずっと一緒にいられるのですから。

 けれども、そんな幸せも長くは続きませんでした。

 彼女の父親のようすが急に悪くなってしまったのです。

 病に苦しみ、

 痛みにうめき、

 ただただ死を待つだけの父。

 娘は父親を助けるために小さな置き鏡に願いました。

 それは、彼女の家系に代々つたわる魔法の家宝。

 のぞきこんで望みを願えば、どんな願いごとでも一度だけ叶えてくれるという魔法の鏡。

 けれども、その代償として映った人間の色をうばってしまうという魔法の鏡でした。


 娘は鏡にいのりました。

 お父さまのびょうきをなおしてください。

 お父さまをげんきにしてください。


 彼女の父親はみるみる顔色がよくなり、元気になりました。

 娘はみるみる色が抜け落ちて――全身が真っ白になってしまいました。

 そのあと鏡は、自らの役割はもう果たしたとでもいうように、灰になって崩れ落ちてしまいました。

 娘はとても喜びました。

 白くなってしまったことなど、気にはなりませんでした。

 だって、優しいおとうさまが元気になってくれたんですもの。

 嬉しいに決まっているわ。

 けれども、娘の父親はそれをなげいて哀しみました。

 どれだけ色鮮やかな服を着せても、娘に触れると見る間に白く抜け落ちてしまいます。

 つややかな茶毛も薄紅色の頬も、今となってはみるかげもなく、ただただ雪のような白一色。

 その上どんなに着飾っても、その服までも真っ白に染まってしまう。

 これでは社交会にも出向けやしない。

 これでは娘は幸せになれない。

 気味悪がられて誰も近寄らないに違いない。

 娘の父親はそれをなげいて哀しみました。

 白くなった娘を見て、周囲の者はとてもとても驚きました。

 娘だと気づかない者すらありました。

 だって、昨日までは普通の少女だったのに、今では全身が、ほんとうに真っ白なのですから。


 ――娘を待っていたのは、彼女が想像もしなかったこと。

 街の者たちの負の感情。侮蔑、憐憫、忌避、嫌悪。

 娘は家から出られませんでした。

 少しでも外に出れば罵声を浴びて、呪いの子として石を投げつけられるのです。

 娘の家はますます落ちぶれてしまいました。


 そんなある日、娘の父は娘を残して、家を出てしまいました。

 娘はとても哀しみました。

 一緒に居てくれるだけで心強かった、父。

 娘を愛し、死を悟ってもずっと一緒に居てくれた父。

 その父がいなくなってしまったのですから、その哀しみも、ひとしおです。

 おとうさまも、わたしをきらいになってしまったの?


 寂しくて、

 寂しくて、

 娘は毎日、泣きはらしました。


 娘の父親がいなくなり、一つの季節が巡りました。

 そんなある日、丘の上の小さな小屋に一通の手紙が届きました。

 それは娘の父親が彼女に宛てた一通の手紙。

 彼が死の間際に残した手紙でした。

 そこには彼女の父親の想いが込められていました。

 娘の色を元に戻すために、魔法使いを訪ねて旅に出たこと。

 旅先で賭争に敗れ、家へは帰れなくなったこと。

 この手紙が届くころには自分はもう死んでしまっているであろうこと。

 そして、最後にこう綴られていました。


 悪い父でごめんなさい。

 お前と過ごした日々は温かかった。

 ずっと、一緒にいてやればよかった。

 お前は幸せになるんだよ。


 白い娘は唇を噛みしめて泣きはらしました。

 お父様は、私を愛してくれていた。

 そのことが嬉しくて、愛しい人が死んでしまったことが悲しくて。

 娘は毎日、泣きはらしました。

 こんな身体になってしまったせいで、結局おとうさまは死んでしまった。

 鏡に願っても結局は救われなかった。

 鏡に祈ってしまったせいで、最後の瞬間も、おとうさまの傍にいることができなかった。

 そう思うたびに白い頬を涙が伝いました。

 お父様の言うように、私は幸せにならなくちゃ。

 どうすれば幸せになれるのだろう。

 普通の身体に戻りたい。普通の色に戻りたい。

 そうすれば、おとうさまの言ったように、普通の人と同じように素敵な恋に落ちて、普通の人と同じように幸せになれるに違いない。


 白い娘はそう考えて、白の呪いを解こうと旅に出ました。

 この呪いを解くには、魔法使いに願うしかない。

 あの鏡を作った魔法使いなら、呪いを解く事も出来るに違いない。

 そう考えて、魔法使いを訪ね歩きました。

 山を越え、川を越え、森を抜け、魔法使いを探し歩きました。

 ただただ歩いて探すことしか、白い娘に出来ることはありませんでした。

 そんなある日、白い娘は暗い森の中で道に迷ってしまいました。

 不気味な静けさのただよう森で力つき、もう動くこともできませんでした。


 そんな娘に話しかける一人の男がおりました。

「おやおや、こんなところでどうかしましたか、お嬢さん」

「わたしは道に迷ってしまいました、もうどうすることも出来ません」

「それはそれは可哀そうに。だったら、夜が来る前に、こっちの方へとを真っ直ぐお行きなさい。――そうすれば道がある。その道を同じ方向へと真っ直ぐ辿れば、すぐにも町にでれるから」

 男はそれだけいうと立ち去りました。

「ありがとう」

 白い娘は言葉に従い、わずかな気力を振り絞ってその方向へとゆきました。

 その先には、男の言うとおりに道がありました。

 白い娘はその道を真っ直ぐにゆきました。

 歩けど、歩けど町は現れません。

 どこまで行っても深い森。

 小高い山に囲まれて、道もどんどん細くなるばかり。

 白い娘は心細くなって、とうとうその道を引き返しました。

 引き返してしばらく歩くと、すぐ近くには小さな町がありました。

 食べ物を恵んでもらえないかしら。

 白い娘は明りの灯る家のほうへと進みます。

 家の中からは楽しそうで自慢げな、声が響いてきます。白い娘はその声にそっと耳を傾けてみました。

「町の近くに気味の悪い化け物がいたんだよ。この世のものとは思えない真っ白でおぞましい化け物さ。けれど、俺は勇気を出して追い払ってやたんだ――」

 その声は白い娘に語りかけ、道を教えたあの男のものでした。


 わたしはちがう。

 ばけものじゃない。


 哀しみに暮れ、白い娘はそっと町を後にしました。

 近くに川をみつけて水をのみ、野草を食べて、お腹の減りをがまんしました。


 それでも白い娘はくじけずに、旅を続けます。

 次に白い娘は大きな街に辿りつきました。

 こっそりと、お金を置いて食べ物を貰おう。

 白い娘は、抜き足、差し足、忍び足。静かにお店に近づきました。

「おやおや、そんなに怯えてなにかあったのかい」

 店主が白い娘へと話しかけました。白い娘は小さくなって震えるばかり。

 けれども、店主は白い娘を怖がりもせず、にこやかに話しかけます。

「……いじめない?」

 その店主は「ああ、もちろん」と、白い娘に微笑みかけます。

 白い娘はとても嬉しくなりました。この店主は白い娘を怖がることはなかったのです。

 そして、その店主は白い娘に美味しいご飯と小さな納屋を恵んでくれました。

 白い娘はとても喜びました。

 この街の人々は白い娘を怖がることはなかったのです。

 白い娘が街の人に尋ねると、いろんな人が魔法使いについて語ってくれました。


 ――けれど、それらは全て騙りでした。

 虚栄心のため。富を得るため。少女の心を掴むため。嘲りのため。なんとなく。

 さまざまな人間が白い娘を欺きました。

 そして最後は情報料に場所代と言って、白い娘の残り少ない財産は全て奪いつくされてしまいました。

「力がなくても、金がなくても、こうやって、生きていくことは出来るのさ」

 店主は笑って白い娘を蹴り出しました。

 縋りついてみても、あの優しい笑顔は見る影もなく、店主は白い娘を蹴りつけます。

 白い娘はまぶたを腫らして泣き濡れました。


 お金もなく。

 力もなく。

 ゆくあてもなく。

 白い娘は暗い夜道を、

 ただただ歩き続けました。

 どうすれば、騙されずに済むのだろう。

 どうすれば、本当のことを教えて貰えるのだろう。

 でも、あの店主みたいにはなりたくない。


「どうしましたか、お嬢さん」そんな娘に話しかける一人の男。

 白い娘は怯えました。

 ただただ小さく震えていました。

 また、人に騙されるのが、とてもとても、怖かったのです。

「なにも答えてくれないんじゃ、しかたない。これでも食べて、元気を出しな」

 男は娘の前に一斤のパンを置いて立ち去りました。


 ――ああ。

 あのひとは、本当に親切な方だったの……

 おそるおそるパンを口にすると、そのパンはとてもいい味がしました。

 お腹のすいていた白い娘は、それを一気に全部食べてしまいました。

 そして、のち。

 白い娘は涙を流して謝りました。


 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 怖がったりしてごめんなさい。


 ――ああ。

 もしも、わたしが強ければ。

 あの人を信じることも出来ただろうのに――

 わたしはとても弱いから――人を信じることすらできない。


 白い娘は力が欲しいと嘆きました。

 強くなれば何でも手に入る。

 それがこの国のきまり。

 もし、自分に力があったなら。

 もし、自分がもっと強ければ。

 でも、私は女だ。

 小さな子供だ。

 大の男に勝てるわけがない。

 それはとても残酷な事実でした。

 白い娘の瞳から自然と涙が溢れ出しました。

 何でこんなに世の中は不公平なのだろう。

 どうして私は幸せになれないのだろう。


 気づくと白い娘の目の前に、大きな剣がありました。

 いつの間にか、その小さな手の中に大きな剣がしっかりと握られていたのです。

 その剣は、まるでお伽噺に出てくる勇者が持っているような、とても素晴らしい剣でした。

 娘は不思議に思って振るってみました。

 重さはほとんど感じません。

 手ごたえもあやふやで、まるで幻のようでした。

 けれど、その剣は確かに存在していたのです。

 剣はいつの間にか消えてしまいました。


 これで私も戦える。

 白い娘はそう感じました。

 戦えば、誰かから魔法使いの事を教えて貰えるかもしれない。

 白い娘は、とてもとても喜びました。


 それは、寒い冬の日。

 白い娘が黒い男と出逢う、一年前の出来事でした。

 ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。


 草日真と申します。

 よろしくお願いします。


 もし、ご感想、誤字脱字、気になる点等がございましたら、コメントをよろしくお願いします。

 むしろ何もなくてもコメントをお願いします(笑)

 もしコメントを残して頂けたなら、とても励みになります。


 では、また。

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