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シロナと魔法使いの少女

 そのお伽噺はこの国の者であるなら子供のころに、誰でも聞いたことのある類の物語。

 白い娘――シロナは暗い酒場で、自分の過去を思い出していた。

 遠い昔に、父が彼女に語った物語。



「――これで昔話はお終いです。この印章が盗まれてしまったのです。私は、あなたがたに盗まれた印章を取り返して欲しいのです」

 黒髪の美しい少女は、印章の男の物語を語り終えた後に言った。

 シロナは不思議に思って、娘に聞いた。

「ただ取り返したいのなら、あのお伽噺のように、とり返したらいいでしょう?」

 それは当然の疑問。

 お伽噺の最後では、魔法使いが男の全てを奪うのだから、印章を取り返すことは容易なはず。

「いいえ、それは出来ないのです。あの方法が出来たのは魔法使いが印章の男に、約束を破れないように呪をかけていたからですから」

「どうして、取り返すなんだ?」

 シロナの隣にいた黒い男――クロードが依頼主の少女に静かに問いかけた。

 至極当然の疑問。

 けれども、シロナには、その疑問の答えが分かっていた。

 なんてことはない。その少女が正当な持ち主だからだ。

「私は、この物語に出てくる魔法使いの子孫なの」黒髪の少女はシロナの思った通りの答えを返した。

「そうか」クロードはそれだけ言って、また闇の中へ溶け込むように俯いた。

 魔法使いの子孫。お伽噺で語られるほどの存在。

 シロナは喜びにうち震えた。

 思いがけずに、目的に近づけた。いや、ともするとこの魔法使いの少女が自分の願いを叶えてくれるかもしれない。そんな欲が生まれてしまったからか、シロナは依頼主の少女を柄にもなく急かしたてた。

「方法はどうするの? 相手は? 誰からどうやって取り戻すかも私たちで考えるの?」

 そんなシロナに、魔法使いの少女はとても落ちついた様子で答える。

「大筋は出来ています。けれど、一筋縄ではいかないでしょう。なにせ相手は――この国の王、フェル・ラン・ケルスなのですから」


 王が。

 盗みを? シロナにとってそれは衝撃的だった。

 現王は庶民にはとても評判が良い。

 つい先々月に、先王が亡くなる直前に先王が実の息子の存在を公表し、そのまま後を継いだばかり。

 にも係わらず、大きな混乱もなく国を治めている良き王のはず。

 先王から位を譲り受けた直ぐ後に、貧民に富を分け与える、異例の給付制度を作った民に優しい王のはず。

「詳しく聞かせて貰える?」

「ええ。もちろんです。王の持つ印章を賭争で奪うことが出来ないのは自明です。王と勝負が始まってしまえば印章は効力を発揮してしまいます。なので、こっそりと奪うしかありません」

 魔法使いの娘の言葉は、シロナが求めていたものとは違っていた。

 シロナは王から奪う正当性を気にしていた。だけど、思いなおして止めた。だって、この少女は魔法使いの少女なのだから。もしもこの少女が悪であったところでそれは私の知り及ぶところではない。

 そう考えて、自分の願いを叶えて貰う為だけに、実行の方法だけを言及することにした。


「奪うといっても、そう上手くはいかないんじゃないの?」

「そうですね。王は常に印章を身につけています。自らは絶対に負けない。その自負があるからこそ、この国を食いつぶして回っているのです」

「食いつぶす? 私の印象とは随分と違うのだけど?」

「王は自分の主催する闘技場で暴れ回っているのです。自らが目を付けた人間しか参加させない、賭争とそれを肴にするものの為の賭場が存在するのです。それを娯楽代わりにして、強者を屠りこの国の富を貪っているのが王なのです!」

 なるほど。と、シロナは頷いた。

 国の行く末を案じて、国を救うために、魔法使いの少女はこの依頼を持ってきたのだと納得しかけた。

 けれど、シロナの頭の片隅に、小さな疑問が浮かび上がった。

「ちょっと待ってもらえない?」

 王の主催する闘技場。そこが特権階級のみの賭場、兼闘技場だとするならば、話しが噛み合わない。

「一部の貴族から富を奪うことが、どうしてこの国を潰すことになるの? 聞く所によると、王は貧民に富を分け与える給付制度まで作ったとか。むしろ貧しい民の為を想っての行動とすら思えるのだけど」それはすぐに湧くもっともな疑問のはず。

「――確かに専属闘技場の存在が王を悪たらしめると証明することは出来ません。けれど、国王はこの国を明らかに利用しています。もし、国王が本当に全ての臣民のことを想っているのだとすれば、どうして賭争法などという、ふざけた法を改めないのでしょう!」

 魔法使いの少女は声を上げて言いきった。

 シロナは返事が出来なかった。

 賭争の法を無くすなんて、考えたこともなかった。

 戦って勝者を決めることが誤っているなんて思ったこともなかった。


 幸せになるには、戦って――

 ――賭争して勝つのが一番の近道だと思っていた。


「あなたは、王から最強の印章を手に入れてどうするつもりなの?」

「なにもしません。ただ取り返えしたいだけです。それだけで、この国は静かに着実に変わってゆくことでしょう」

 それは確かにその通りだろう。

 反乱が起って王政が滅ぶかもしれないし、次の王の代になると、賭争によって富を奪われることを恐れた王が賭争の制度を廃止するかもしれない。王が賭争法を続けている理由が、自分は絶対に負けないと印章が保証してくれているからなのだとすれば、賭争法がなくなる可能性もある。

 シロナは、賭争法が無くなることはいい事だと感じた。魔法使いの少女が正義だと感じだ。迷いは無くなった。


「それで私たちは、何をすればいいの」

「まずは王の専属闘技場で戦って勝って下さい。もうすぐ、あなたたちの元に王からの使者が訪れるでしょう。あなたたちの表の世界での名声は十二分にあります」

「私たちは二対二が専門よ?」

「それは関係ありません。王は強い者なら誰でも構わず集めているの。王は過去に何度か、二対二の専門家を二人で一人として、同じ舞台に上げて戦ったこともありますし――」

「その結果は?」それは、聞くまでもないことだった。

「王が勝ちました」

「勝ち残った後、私たちはどうすればいいの?」

「王と戦う前に、王が戦っている近くで不意をついて印章を奪って欲しいのです。不意打ちですら、一人では到底敵わないでしょう。ですが、あなたがたなら何とかなるかもしれません」

 カタンと音がした。椅子の下がる音だった。白い道着に身を包んだ男、カハラが立ちあがっていた。

「カハラさん!」魔法使いの少女が叫んだ。

 振り返りもせずにカハラはその場を立ち去ってしまった。魔法使いの少女が急いで立ちあがり、追いかける。朽ちかけた扉がギィと揺れた。

 しかし、すぐさま追いすがったはずの魔法使いの少女の視界には既にカハラはいなかった。

「私の頼み方が悪かったのかな」落ち込んで、少女は酒場に戻る。

「いいえ、そんなことはないわよ」

 シロナも立ちあがった。

「それで報酬は?」

「あなた方の望むものを。でも、私の力の及ぶ範囲で、ってなっちゃいますが」

「……十分よ。行きましょう、クロード」「ああ」

 シロナはクロードの腕を引き立ち去ろうとした。

 これ以上、ここにいても聞ける話はないと判断したからだ。

 それに、思わず笑みがこぼれそうだったから。そんな顔を誰かに見られる訳にはいかない。

「ちょっと待って下さい」

 魔法使いの少女が二人を引きとめた。

「今後もし、あなたがたが王の目にとまり、王の闘技場で戦うことになるのなら、しばらく城外に出てくることは出来ません。私と話すことも出来ないでしょう。だから、これを持って行って下さい」

 魔法使いの少女が渡したのは木彫りの凝った万年筆だった。

「私にもしも、伝えたいことができたなら、このペンで何処かに文字を書いて下さいな。そうすれば、私に文字が届きます」彼女はカウンターテーブルにスラスラとペンを走らせた。その文字が踊るように動き、浮き上がり、蝶のように辺りを舞った。魔法使いの少女らしく、魔法のような道具のようだ。

 やっぱり魔法使いの少女は、本当に魔法使いであるらしい。

「わかりました。報酬、よろしくお願いしますね」

 シロナは、その古めかしい万年筆を受け取ってクロードを引き連れてその場を後にした。

 うきうきとした気分だった。

 胸が躍るような気分だった。

 魔法使いが願いを叶えてくれる。

 ああ、まるで夢のような出来ごと!

 さっきの話が本当かどうかはすぐにわかる。

 シロナとクロードの元に、王からの使者が来るかどうか。

 もし来たのなら、依頼を完遂しよう。そして絶対に、元に戻して貰うんだ。

 シロナはそう、心に決めた。誓うと遥か昔の父の事を思い出した。


 いつも優しく笑ってくれた、お父さん。

 お父さんは、私が元に戻れると知ったら、喜んでくれるだろうか。

 シロナはゆっくりと、その半生を振り返った。

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