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カハラと魔法使いの少女

 物心ついたとき、カハラは既に戦っていた。

 真に強い男となる為に、延々と修行を続けた。カハラの半生は修行と戦いの日々。

 彼に父親はいなかった。カハラを鍛えたのは祖父だった。

「強くなれ。誰よりも――」

 戦いのこと以外、何も語らなかったカハラ祖父が病床で残した最後の言葉。

 いまわのきわですら、最強の夢を語った祖父。その祖父の亡骸の前でカハラは誓いを立てた。誰よりも強くなると。

 そうしてカハラは旅に出た。

 戦いこそがカハラの全てであったのだ。カハラが目指したのは街だった。

 人が多ければ強いものにも出逢えるはず。町を訪れ、国を移り、カハラは数多くの相手と死闘を繰り広げた。しかし、カハラの胸に灯る闘争の炎が燃え尽きる事は無かった。

 風の噂で荒れ果てて争いの絶えない国の話を聞いた。

 聞いた通りにその国の街は争いで溢れていた。至る所で行われている賭争という名の戦い。しかし、カハラにとってそれは戦いではなかった。

 茶番。

 戦闘になりえないほどの彼我の戦力差。

 こんなところで戦っても、最強の称号は得られない。

 カハラの強さを聞きつけた男が、彼を闘技場に誘った。

 しかし、茶番。

 カハラを潤す敵が現れることはなかった。カハラは街を離れた。転々と旅を続けていると、大きな街には闘技場があるということを知った。

 その後カハラが向かったのは王都ロベリア。国で一番大きな街。

 妖術使いが闘技場に現れる街。それがカハラのロベリアに対する感想だった。

 今までと同じように全てを薙ぎ倒した。

 闘技場で最強の男と謳われるようになったころ、カハラの目には違う何かが映っていた。


 カハラは時折考える。

 自分の目的は何なのだろうか、と。

 世界最強になるため?

 祖父の夢を叶えるため?

 屠ってきた敵の為?

 そう考える度に、戦えばその答えが見つかると結論づけた。

 そうして戦いに明け暮れたある日。

 彼の目には、ある大きな流れが見えていた。

 それが何なのか、カハラには分からない。

 けれど、カハラは自分がこの流れに従って生きるべきだと直感していた。


 夕暮れの街を彷徨っていると、突如として胡散臭い風貌の男が現れた。

「おや、もしかして、貴公はカハラさんではありませんかな?」

 伸びっぱなしのボサボサ頭に不精髭。ともすると浮浪者。だが、その瞳は魅力的で力強い意志の脈動が見え隠れしている。

 カハラは小さく頷いた。

「貴公をとても強い賭争者だと伺いました。本当ですか」

 カハラは小さく頷いた。

「そうですか。貴公のお力を見込んでお願いがあるのです。――ぜひ、私についてきて頂けないかな」胡散臭い風貌の男は大仰に手を広げてカハラを誘う。

 カハラは小さく頷いた。

「ありがとう。では、こちらへ」

 カハラは促されるままに進む。


 連れて来られた先は小汚い酒場。

 薄明かりの奥に酒瓶が並べられた棚。少し手前にカウンターテーブルがある。こんななりの店なのに人気はあるようで、カウンターには三人、先客がいた。

 三人とも、酒を飲むような人間には見えない。

 髪も肌も白い人間と、頭の先から足の先まで黒く、店内の闇に溶け込むように佇む人間。そして、幼い少女が座ってた。

 男はカハラにも座るようにと促した。幼い少女の隣の席へと。

 しなやかで美しい黒髪の少女。その薄暗い店内の中で彼女だけが淡く光り輝いているようにも見えた。黒く艶やかな髪。光の当たり方でとても濃い緑のようにも見える。

 それは烏の濡羽色にも似ていた。この国では見られない色の髪。

 いや、全世界を探してみたとしても、このような髪の持ち主は彼女以外には存在しないだろう。

 それほどまでに、その髪は美しかった。


 胡散臭い髭の男は、そのままカウンターの裏に入る。そしてにこやかに言った。

「ご注文は以上で?」

 カハラは怪訝に思うも無視をする。それが自分に向けられた言葉ではない事に気づいていたからだ。

「ええ、ありがとう」隣にいた黒髪の美しい少女が答えた。

「貴方を強いお方だと見込んで、お願いがあります」

 カハラは答えずに、この少女が依頼主なのか。と、少女の瞳をみつめて考えた。

 依頼主にしては、若すぎる。

 賭けの為に画策するほど老獪には見えない。

 穢れているようにも見えない。

 むしろ、澄んだ川の流れのような美しさを内に秘めている。

「貴方に、あるものを取り返して頂きたいのです」

 カハラは小さく頷いた。

「受けて頂けるの?」少女は驚いたように聞き返す。

 これほどまでにあっさりと依頼を受けて貰えるとは思っていなかったようだ。

 それもそのはず、なにせまだ依頼内容も報酬も何も告げてはいないのだ。

 普通の人間なら何も聞かずに引き受けたりはしないだろう。にも係わらず、カハラはまた小さく頷いた。

 少女はカハラの無欲に驚き、そして続けた。

「取り返して頂きたいものは、この印章です」少女は汚れた紙を取り出した。

 その紙には鷹が彫られた小さな石が描かれていた。

「この印章をある人間から取り戻して頂きたいのです」

 カハラは小さく頷いた。

「交渉成立のようね。これで私たちは同志よ。よろしくお願いするわ」奥にいた人間の内の一人、白い娘がカハラに語りかけた。カハラは少しだけそちらに目を向け、また依頼主である少女の方へ顔を戻した。

「この印章がどれだけ大切なものであるか、わかって頂く為に、またどれだけ危険なものであるか理解して頂くためにも、この印章に関する一つの昔話をさせて下さい」

 皆の注目が集まる中、依頼主の少女は静かに語りはじめた。


「ある国に一人の男がおりました。

 男はひょろりとしていて力が弱く、いつも誰かにいじめられておりました」

 ――――

 それは広く知られた有名なお伽噺。

 印章の男の物語。

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