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闘争の旅人

 同じ国、同じ時、別の場所。男は自らの血の導きを感じていた。

 男の名はカハラ。

 少年というべきか青年というべきか、大人へと変わりゆく間にあるような年の頃。

 小柄な体躯ではあるものの、しなやかで頑強な肉体。ただただ、敵を屠る為だけに鍛え上げられた鋼の肉体を持っていた。


 彼は旅人だった。

 風に吹かれて各地を巡る旅人。

 旅先で、賭争によって全てが手に入るこの国の事を知り、訪れてみようと考えたのだ。

 カハラにとってこの国のその法律はとても都合が良かった。

 闘争に、こと欠かない生活。

 強者と戦うことはカハラにとって、もはや生活の一部だった。

 今日も闘技場で賭争を行う。賭けるものは己の全て。奪うものは、相手まかせ。

 全てを賭けて挑んでくる男も、全てを手に入れる為に挑んでくる敵も、カハラは等しく屠ってきた。


 カハラは時折考える。

 自分は何のために戦っているのだろうかと。

 贖罪のため?

 屠ってきた数多の敵に戦えと言われたから?

 戦いこそが生を実感出来る唯一の場所だから?

 全てが正しいのだろう。

 だが、全てが違う。

 カハラにとって戦いとは大きな流れの一端。

 戦いに身を投じ続けた彼の目には、普通では見えぬ何か別の流れが見えていた。

 カハラは白い道着に袖を通し、帯を締め、髪を結い、額に手拭いを結んだ。

 古い借り宿から石造りの路地に出る。向かう先はこの街の地下闘技場。


 地下闘技場には戦いの場がある。

 そこでは日夜、賭争が行われている。

 武器の使用は禁止。それ以外の反則はない。

 それは、貴族たちが己の興奮のために用意したルール。

 剣であっさりと刺し殺すよりも、拳でじわじわと嬲り殺す方が好みの趣味の悪い出資者たちの取り決めたルール。闘技場では武器は使えない。

 だから、こんなことは良くある。日常茶飯事と言っていい。カハラは悠然と振り返る。


 空を切り、矢が放たれた。

 額狙いの一撃。カハラは首だけで躱す。仕留めるつもりもない、不抜けた一撃。

 射手は逃げる。

 誘いのつもりなのだろうか。それともこの程度の腕で命を狙ったつもりだったのだろうか。どちらにしろ逃がすつもりなどないと、カハラは背後の射手を追った。

 小路に入ると、射手は振り向く。矢は既につがえてある。

 誘いのつもりだったか。

 アーチェリを構え、こちらを狙っている。

「お前の名はカハラか?」問いに対して、カハラは無言で肯定した。

「お前に賭争を申し込む。賭けるものはお互いに、お互いの全てだ」カハラはこれも、無言で肯定した。

 武器使いは闘技場では戦えない。

 勝利を万全のものにする為なら、この程度の画策は行うだろう。敵はアーチェリを構えた。

 戦いが始まった。

 二人の距離はおよそ五メートル。武器を持たないカハラにとって、圧倒的に不利な距離。

 しかし、遠距離攻撃のアーチェリには少々近すぎる距離だ。

 矢は射るまでに時間がかかる。

 無手側の勝機は、相手が矢を射た一瞬後、二の矢を継ぐ前に仕留めるのが最善。

 その為には、まず第一の矢を躱す事が肝要。

 射手は静かに弓を射た。その瞬間をカハラに読ませないほどの静かさ。

 なるほど、これは一級品。

 カハラは小路の地を蹴り、壁を蹴り、これを躱す。とても人間業とは思えない動き。いや、あるいは既に人間の域を超えているのかもしれない。

 射手が二の矢に手をかける。流れるように速やかな一連の作業。敵は継ぎ手も一流のよう。

 縦横無尽に駆け巡り、相手の意を逸らす。

 射手まであと一メートル。


 と、そのとき、放たれた一の矢が向きを変え、カハラの背へと襲いかかった。

 本来であるならば、あり得ないはずの動き。

 対してカハラは静かに思う。最近は妖術使いが増えたな、と。

 背に迫る矢を感知し、素早く右手で掴みとる。だが、その手で掴み取ったにも係わらず、その矢の感触は一瞬にして消え去った。

 まるで矢の存在自体が幻だったかのように。路地の壁に背を向けて、横走りで一気に射手へと迫る。二の矢を素手で弾き逸らしてアーチェリを折る。

「参った。降参する」

 それで戦闘は終了した。

「これが俺の全てだ」カハラは射手が差し出した紙を手に取り一瞥する。

 賭争の文書。全財産を渡すという証明書。渡す代わりに無法な襲撃を見逃してくれと言う懇願。カハラはそれを突き返した。彼にとって、富など戦闘についてくる副次的なものに過ぎない。

 彼は富など求めていない。カハラは無言で歩き始める。

 彼は命も求めていない。


 そして、カハラは今日もまた地下闘技場へと身をやつす。

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