プロローグ
白と黒の物語。
これは、とある国に伝わる物語。
賭争によって全てが決まる。
そんな国の物語。
賭争とは強い人間の為の法律。
屈強な男が敵を排除し、全てを手に入れる。
――これが世界の法則だった。
賭争とはお互いがお互いに、何かを賭して戦う決闘。
勝者は手に入れ、敗者はただ奪われる。
すなわち強者が生き、弱者が死ぬ、本当に解りやすい弱肉強食の法則。
その法則に則って数多の強者が全てを手に入れた。
しかし、時代の流れの中に、まるで一つの泡のように不思議な存在が浮かび始めた。
変化は、とある女が屈強な偉丈夫に賭争を挑んだことから始まる。
「私と賭争して」
男にとってそれは甘い餌だった。
男が負けるはずのない賭争。
か弱い女が屈強な男に戦いで勝てないのは自明の理。
もちろん男は賭争を受けた。受けると同時に倒れた。倒れて、それでおしまい。
その女は賭争に勝利した。自明の理が覆った瞬間だった。
彼女には力があったのだ。
彼女が言うにはその力とは、相手の心を挫くというもの。
そして、彼女は世界を変えた。
――いや、厳密には彼女が変えたわけではない。
彼女のような者が次々と現れ、賭争の概念すら変わったのだ。
その力は心術と呼ばれ、いつの間にか広まった。
心の力なきものに未来はない。
しかし、窮地に立たされた人間はときとして巨大な力を発する。
心の力なきものは、生活に不自由し、生への執着心に目覚め、凄まじい力を発揮し、賭争に勝利するようになる。
また、賭争に勝利し、全てを手に入れたものは、物事に対する執着心を無くし、足元をすくわれる。
それはまるで時代と言う名の急流の中で生まれては消える泡のように。
ここは力が生まれてから、数年の月日が経過した世界。
未だにその力がなんであるか、皆が手探り状態である黎明の期。
圧倒的強者の存在しない現状。
王都ロベリアでは日夜、覇権争いが行われている。
物語の始まるのは、そんな世界。
それは夕日に染まる頃。
煉瓦と灰漆喰に包まれた、石の街。
風が冷たい季節の出来事だった。