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カハラの戦い

 シロナは夢を見た。

 幼かったころ。

 優しく微笑むお父さん。

 ――そのお父さんが私を罵倒している。

 気持ち悪い白い肌だと罵っている。

 泣きたくなる。でも泣いちゃ駄目だ。

 一度泣いてしまうと、もう戻れなくなってしまう。一度誇りを失うと、もう戦えなくなってしまう。父が町のみんなの中に混ざり、叫び始めた。

 自分に向けられる罵詈雑言。謗り。罵倒。蔑み。罵声。嘲笑。それは悪夢のような現実で、何度も逃げ出したくなるような事実だった。

 はっと、目を覚ました。

 シロナは全身に嫌な汗をかいていた。


 そうか。

 私は、あの怪人の心術に負けたんだ。

 目が覚めてそう悟った。

 しかし、起きたその瞬間に結果は勝利だと気づいていた。

 視界を埋めるのは高価な木彫りの天井。

 既に慣れ始めた目覚めだった。

 目覚めた時、シロナは王から貸し与えられた居室のベットで眠っていた。

 まだ自分がここにいると言うことは、自分たちは勝ったということ。

 何より、あの状況でクロードが負けるなどありえない。

 相手は全身全霊をかけて私を攻撃していた。

 確実に消耗していた。

 クロードに対しても同じ攻撃を仕掛けたなら、心術を消滅させられて術者に多大な負荷が返る。

 事実、二人は辛くも勝利を掴んでいた。

 シロナはいろんな戦い方があることを学んだ。

 心術に媒介を使えることは知っていた。

 だが、その媒介自身を操って、自分の身を金網に張り付ける人がいるなど想像すら出来なかった。あの闘技場で立体的に戦う敵がいると想定したことなど、一度たりともなかった。

 そして、不意の一撃で完全に意識を刈り取られた。

 シロナ一人では勝てなかった敵。完全にクロードのお陰。彼がいなければどうにもならなかった。私たちは力不足ではないかという思いが脳裏を過ぎる。

 いや。力不足なのはわたしだ。どう考えても、クロードの特性は最強。

 そして、その思いを振りきるように首を振る。

 違う。私たちは二人で一つ。クロードの力は私たちの力。そしてクロードが一緒にいるかぎり、私たちが一緒な限り私たちは絶対に負けない。

 そう。誰にも、絶対に。

 しかし、クロードはこの部屋にいない。


 もしかして、弱い私に愛想を尽かして出て行ってしまったのかも……。

「ねぇ、クロード。いないの?」シロナは不安になってクロードの名を呼んだ。

 部屋の外の通路から、すぐに彼が現れた。外から帰ってきたらしい。

「もう、無事なのか?」

 クロードの静かな言葉にシロナは心の内で胸を撫で下ろした。

 大丈夫。この人はきっと、ずっと私の傍に居てくれる。

 そんな想いを顔には出さずにシロナは淡々とクロードへと告げた。

「ええ。心術での戦いでは、体は怪我しないし。もう大丈夫」

 シロナが心の内を隠す理由。それは小さな不安だった。

 もし、私が彼に自分の気持ちを話してしまえば、ともすると彼の黒い塊が消えてしまうかも知れない。あの黒い塊の正体は、きっと彼の孤独。私は彼の孤独を維持しなければならない。

 そうしなければ、私は目的を叶えられない。

 しかし、その事実を意識する度にシロナの中に嫌な感情が芽生える。


 私は本当にこれでいいの?


 そんな想いが、かま首をもたげる。その度にシロナは自分に言い聞かせた。

 いいに決まってるはず。なにも悪いことはない。

 それに、これは私が願いを叶えるまでのこと。もしも私が戻れたら。もしもその日が来たなら。クロードに精一杯のお礼を伝えよう。

 その、大きくて温かい手にどれだけ私が救われてきたかと言うことを。ずっと傍に居てくれるクロードがどれだけ心強かったかということを。

 もしかするとクロードは白くなくなった私なら、受け止めてくれるかもしれない。

 そう。その為に。一刻も早くその日が来るように、頑張ろう。

 あの王から印章を奪おう!


 二人は闘技場へと降りて、二人の得ることができた資格について聞くことにした。

 次に闘うのは王と同じ上の階層。シロナは既に最低限の目的は果たした。

 一回戦を突破したことで、王と同じ観客席に腰を下ろす事が出来る。

 ここで王の行動について調べ、隙をついて印章を奪う。

 それが出来れば、元に戻れる。

 幸せな生活が待っている。

 次の賭争のリミットは一週間。

 それまでに戦わなければ一回戦を突破した権利がはく奪されてしまうらしい。

 シロナは、期限ぎりぎりの一週間後に賭争を申し込んだ。

 賭争の予約を取るなら早いほうがいい。腹を括るのは早いほうがいい。どうせ戦うことになるのだから。

 もしも、賭争を行わずに国王へと不意打ちを仕掛けるとするなら、それが出来るのは次の戦いまでの一週間。今のこの自由な期間。

 それまでに、王の現れる時間や行動パターン、癖。何より、印章をどこに持っているのか。知りえる範囲の全ての情報を知ることが必要。万全を期すためには、もう少し情報収集の期間が欲しい。出来ればあと一回は勝利して様子を見たかった。王自身の戦いは未だに見ることが出来ていないのだ。この一週間の内で王が舞台に立つ予定はない。

 部屋に帰ってその旨を魔法使いの少女へと宛てて書く。

 あの、魔法のペンで机に書くだけ。

 そうすると、書き終わって暫くしてから、その文字たちが踊るように浮きあがり、蝶のように舞いながら、窓の外へと出て行った。

 よし。これで大丈夫。


 また部屋から出て、地下闘技場へ向かう。

 今まで入れなかった前列の観客席へと進む。その前列の観客席を見回している守衛が一人。聞くところによると、一戦目を突破した人間の事は全て皆この守衛が覚えているらしい。勝手に忍びこんでいる人がいないか確認しているとのこと。

 凄まじい記憶力だ。

 シロナはその守衛に王の事を聞いてみた。

「あの人は素晴らしいお方ですよ。常に国の為を思い、国民の指針となるように心掛けて生きていらっしゃる。私は仕事柄、王の戦いは見ることが出来ないのだが、王の戦いの後に出てくる観客はみな口々に王の勇猛果敢ぶりに感激している」といった言葉だった。

 他に、客室の管理をしている女中に聞いてみても、王の寛大さと心優しさに救われたという話しばかり。

 王城の住民はみな、王のことを心から愛しているようだ。

 対して賭争者。

 闘技場で観戦している賭争者らしき男に話を聞いてみると、それはそれは悲惨な評判ばかり。虐殺王子の噂から始まり、傍若無人に人を罰して、自らは極力動かない。娯楽の為に人生を注ぎ、国民など搾取するための家畜としか考えていない史上最悪の愚王。

 それが賭争者にとっての王。先王を亡くし、若くして後を継がざるをえなくなった王。

 真っ赤なマントや真っ青なマントを好む派手好きの王。

 聞き込みでわかったのは、王は謎に包まれているということだった。

 残虐なのか優しいのか、まるでわからない王。色々な話は聞けたが実質、王の行動原理などは全くわからない。作戦に使えそうな情報がない。

 不思議なのは、賭争者たちは王の悪評を語ることを厭わないと言うこと。

 もし、本当に残虐の王であるなら、その場で処刑されてもおかしくないことを語っているように思われるのだ。

 そうすると、王は良き人?

 いろいろと考えたが、シロナはやはりここで思考を止めた。王の善悪など関係ない。

 私はただ、王から印章を盗みさえすればいいんだから。むしろ、自分の行いこそは正義だと信じるほうがいい。

 でないと、いざという時に迷いが生じる。


 そうこうする間に今日の戦いが始まるようだ。

 舞台の上に二人の人間が上がる。

 やはりシロナとクロードのように、二人で一人を認められている人間は少ないようだ。

 シロナはまだ、自分たち以外の二人組を見たことがない。

 これは、好都合。また先の戦闘のように二人であることの有利が、直接勝利に結びつくかもしれない。


 赤柱の傍に上がった男は見覚えのある男だった。

 背が高いと言う訳でもない。身体が格別大きいと言うわけでもない。特徴的なのは異国風の衣装。髪を結い白い道着という出で立ちだった。それはあの魔法使いの娘と出会った時に居た男。確か名はカハラ。道着は異国の体術使いの象徴。

 シロナは彼を見た時から、いやな予感を感じていた。

 彼がもし、体術も使える心術使いであるなら、シロナたちに勝ち目はない。

 対する青柱側から現れたのは見知らぬ男。茶色いフロックコートに身を包む立派な髭の巨躯。明らかに体力がありそうだ。

 囁かれる噂話によると彼らは二戦目以降の賭争者らしい。

 王都の闘技場での賭争者は一戦目と二戦目で扱いがまるで違う。二戦目からは、相手を研究し十二分に対策をした後で戦うことが可能なのだ。もしかすると、この二人と戦うことになるかもしれない。シロナは目を皿のようにして二人を見つめた。

 出来れば二人ともここで消えて欲しい。

 二人とも将来、最悪の敵として私たちの前に立ちはだかりかねない。


 ここまで勝ち上がってきたということは、その技量は相当なもののはず。

 少なくとも彼らは、一回戦は突破した者たち。研鑽をつみ体術の使える心術使いである可能性も、否定は出来ない。

 いや――もしかしたらあの道着は相手の心を乱すためのものかもしれない。

 どんな心術使いでも、急に殴り合いに持ち込まれるかもしれないと思えば恐怖を覚える。

 こういう、相手を困惑させるための格好をすることは、間々あることだ。先の異形の怪人も、自らの異形を心理的優位に立つ為に利用していた。


 戦いが始まると同時に、白い道着の男――カハラが仕掛けた。

 最短距離を一直線に突き進み、巨躯までの距離を詰める。

 すぐさま。

 巨躯の手の中に葉巻が現れた。あれが彼の心術。あの大きさなら近距離型の心術だろうか。

 カハラはまだ、心術を出さない。そして、カハラは拳を握り、殴った。

 ――心術は?

 観客の間にどよめきが走る。

 不意を突かれてか、巨躯の男はそのまま殴り飛ばされた。

 シロナにしてもそうだ。相手が心術を使っているにも係わらず、自分は出さないなんて戦術にしても危険すぎる。もし、常人があの葉巻に心術の防御なく触れてしまえば、心的影響は計り知れない。いや、ともすると、カハラもクロードと同じ……。

 シロナの脳裏を嫌な予感が走った。

 だとするなら、カハラはシロナたちの最悪の敵。

 殴り合いが出来る対心術無敵の存在。闘技場において、この上なく適した存在。体勢を立て直そうとする巨躯にカハラはなおも迫る。


 巨躯の男は急いで葉巻を燻らせた。その、葉巻から大量の煙が湧きでる。ふわふわと不定の形で広がる煙。その煙が不気味に渦巻く。あれこそが巨躯の男の本当の心術。

 煙を媒介として広域に放つ、近距離型に見せかけた広範囲攻撃が可能な遠距離型。

 その煙をカハラは振り払い躱す。腕を振るって、風を巻き起こして吹き飛ばす。

 その光景を見てシロナは安堵した。

 違う。彼はクロードとは違う。

 もしもカハラがクロードと同じ特性の持ち主であるなら、巨躯の噴き出した煙を吹き飛ばす必要なんてない。堂々と歩み出て、ただ殴り飛ばせば済む話。


 だったら何故、カハラは心術を使わない?

 いや。もしかすると、既にもう使っている?

 目には見えない心術が存在する……?

 様々な推測がシロナの脳裏を駆け巡る。

 カハラの心術が人の目に極端に見えにくいものだとすれば、現状は納得出来る。

 彼の心術は既に発動していて、巨躯の男が罠にかかるのを待っている状態だとするなら。

 カハラのスタイルがそう言うものであるとするなら。むしろそうでないと理解が出来ない。不定の煙に拳で挑み、煙に触れずに吹き飛ばして勝てる人間などいる訳がない。

 シロナはカハラを食い入るように見つめた。どこかにその痕跡はないか目を皿のようにして見つめた。

 カハラは尚も愚直に攻める。正面から堂々と。

 常人ではありえない程の速さでもって撹乱し、巨躯の男の意識の隙をつく。

 それこそ瞬きの瞬間をも狙って蹴る。

 風圧によって煙が吹き飛ぶ。当っていないにも係わらず、巨躯の男に苦悶の表情が浮かぶ。

 ――何故。


 今の戦闘は圧倒的に巨躯の男が有利のはずだ。

 やはり、カハラから心術の痕跡は微塵も感じられない。だとするならカハラは煙を吹き飛ばす為に、動き続けなければならない。

 その身体に煙が触れるとそれだけで勝負は終り。そんな不利な状況下でカハラは戦っているはず。対して巨躯の男は致命傷を受けないようにカハラの拳や蹴りを避け、間合いを取って煙で攻撃すればいいだけ。

 その煙がカハラに触れれば、それでほとんど勝ち。

 巨躯の男の方が圧倒的に有利なはずの攻防。

 しかし、その表情は明らかに異様だった。

 歓喜にうち震えるカハラ。拳撃と蹴撃を避けながら逃げまどい、恐怖にうち震える巨躯。

 カハラは舞い狂う暴風のように、身体全体を捻って巨躯へと蹴りを叩きつける。

 鈍い音。

 ――空気が凍った。

 巨躯の腕が折れている。あの回し蹴りで太い腕が完全に。

 折れた腕からは白い骨が肉を突き破って飛び出し、その赤い血液が溢れ滴っていた。

 そして、誰かが思い出したように甲高い叫び声を上げる。

 それと共に悲鳴が辺りを埋め尽くした。心術の戦いに外傷はない。

 だからこそ、この闘技場での戦いを見て来た人間にとって、それは衝撃的だった。

 ここは街の品の無い闘技場とは違う。上流階級の貴族のためだけの闘技場。

 戦いの興奮と、戦術の素晴らしさと、戦果にうち震える人間を見る為の闘技場。

 人間の生死が掛った事など実感もせずに観戦する貴族にとって、人の血はあまりに生々しく、そして恐ろしかった。

 闘技場観客席から大勢が立ちあがって慌てて逃げ出す。そんな観客席の喧騒を気にも留めずにカハラは、巨躯の懐に潜り込む。

 そして拳を突き上げた。

 問答無用の一撃。腹部が陥没するほどの衝撃。

 巨躯の男は、もう煙を作り出せなくなっていた。小さく呻いて崩れ落ちる。

 カハラの完全勝利。

 シロナは困惑した。

 同時に恐怖した。何故、こんな結果になったのか分からない。

 カハラは確かに心術を発動していなかった。


 ――――


 違う。

 認めなければならない。シロナは自分を諌めた。

 私はカハラの心術が見えなかった。

 巨躯の腕を折ったのは確かにカハラの身体の力、腕力によるものだろう。

 だけど、その前。

 緊迫した戦いの中で、巨躯の男は恐怖していた。

 巨躯の男が恐怖する原因を創りだしたもの。それはきっと、カハラの心術に違いない。

 カハラの心術が巨躯の男に先に当たり心理的優位を作り出したに違いない。

 そうとしか思えない。

 同時にシロナは自分たちの限界も見据えた。

 私たちでは、あの化け物には勝てるはずがない。

 あの巨躯の男にしたって、たぶん勝てない。


「君は賭争者かい?」

 不意に声を掛けられてシロナは慌てて振り向いた。そして反射的に答える。

「はっ、はい」

 賭争が終わった闘技場。既に戦っていた二人の姿も無く。まばらに観客が残っているのみ。そんな最中にシロナへと語りかけたのは、シロナよりも頭二つほど背の高い青年。

 鮮やかな赤い衣装に身を包む男。それは、噂に聞いた王の出で立ち。

 そして何より胸元に親指の先ほどの綺麗で小さな石、首から“あの印章”を提げている。

「いやぁ、年若い乙女がアレを見ても逃げ出さないのが気にかかってね」彼は舞台の上を指差したまま語った。

 そこにはまだ、赤黒い血だまりが、飛沫の跡が残っている。

 私を賭争者と知っての侮辱だろうか。

 少し腹を立ててシロナは毅然と言い返す。

「私がもし負けてしまえば、私も結局は、ああなってしまいますから」それはシロナの覚悟だった。負ければ全てを失うという覚悟。そして、勝てば全てを奪ってしまうという覚悟。凶悪な現実を冷静に受け止めているからこその言葉。

「そうか。賭争者として戦うからには常に命を賭けてるか――君は凄いね。まるで歴戦の古豪のような心構えだ」彼は爽やかに笑った。


 シロナには彼が王様にはとてもじゃないけど見えなかった。普通のお洒落な街の男と言われても納得してしまいそうな雰囲気を纏っている。

 これが――王なの。

 聞いた印象とは随分と違う。

 もっと、粗暴で残虐な男だと思っていた。

 この王は、私の真っ白な姿を見てもちっとも驚かない。

 怖がる気配すらみせない。

 真っ白なシロナを見て全く態度に現わさなかった人間など、クロードと魔法使いの少女と、シロナの事を全く見ていなかった、あのカハラだけだというのに。

 シロナは少しだけ嬉しくなってしまった。

「王様はどうなのですか? 何故あなたは賭争に挑むのです?」

 自然な様子になるように気を配り、シロナは聞いてみた。

 不用意な質問。王が真に人道にもとる存在であるのなら、この場で切り捨てられてもおかしくはない質問。しかし、シロナは純粋に興味を持ってしまったのだ。

「質問に答える前に一つ、宜しいかな」

「はい」

「我の事はフェルと呼んでくれ。敬称もいらない。堅苦しいのは苦手なんだ」

 王の名はフェル・ラン・ケルス。シロナは言われた通りに従った。

「わかりました。フェル」

「ありがとう」フェルは、はにかんだ。その何処か子供っぽい仕草を見たシロナにはフェルが良き王、良き人に思えた。

「我がどうして賭争に挑むか、だったね。我は、世の為に戦っているんだよ。我が戦わなければ、我が最強だと言うことを証明し続けなければ、臣民が不安に思ってしまうからね。民は力を信じているから。我は民の為に戦う。闘わなければならない。その覚悟が――我を突き動かしているんだ――」一国の王とは思えないほどの気さくな語り口。

 ――にも係わらず、その言葉はとてもとても重かった。

 強い者のもとにつき従いたくなるのは臣民の常。だからこそ、自分は最強の名を護り続けなければならない。

 もし、他に最強を名乗る存在が現れ、そしてそのものが確かな力を持っていたとしたら、この国は荒れるだろう。指導者を巡って割れるだろう。

 それはきっと平和な世の中ではない。民の平和の為に。心の安らぎの為に自分は戦っているのだと、フェルは静かに語った。


 ――フェルが去った後。

 シロナは自分がどうしたらいいのか分からなくなっていた。

 魔法使いの少女の言葉が真実なのか。

 それともフェルの言葉が真実なのか。

 魔法使いの少女のあの言葉。

『王が、この国を利用しているからです。もし、本当に臣民のことを想っているのだとすれば、どうして賭争法などという、ふざけた法を改めないのでしょうか!』

 それはあの子の心の底からの言葉だった。

 だけれどフェルは、賭争によって自らの力を誇示し続けることが臣民の心を繋ぎ、ひいては世界の平和の為になると語った。どちらの言葉も真実に思える。

 シロナは数刻、迷った。だけど、すぐに結論付けた。

 私はフェルから印章を奪う。だって、フェルは私を救ってくれない。国の明暗を分ける決断になるのかもしれない。そんな重大な決定。それでも、シロナは元に戻りたかった。

 こんなに白くない。

 当たり前に、何処にでもいる娘に。

 そうすればそうなればきっと幸せな生活が待っているはずだから。

「クロード、行きましょう」シロナはクロードの腕を引いて立ちあがった。

 けれども、クロードは動かない。クロードは何も語らない。


 いつの間にか彼の身体は殆ど全てが黒い塊と化していた。

 呑みこまれていた。彼自身は黒水晶の中に閉じ込められた人形のように、顔を伏したままピクリとも動かない。シロナは不審に感じて、クロードの顔に触れた。それでも彼は微動だにしない。

「どうしたの? 眠っているの?」

 ブラックは答えない。本当に深い眠りについているかのように、動かない。

 シロナは彼をベットの上で寝かせてあげようと考えた。今まで自分がここまでこれたのはクロードのお陰なのだから。クロードも疲れていたのだろう。ずっと観客席に座っていたら眠くなるのもわからなくはない。

 頑張って持ちあげようとして、手を滑らせてしまった。

 クロードがずれ落ちた。

「あっ御免なさい!」

 シロナが咄嗟に謝る。それでもクロードは答えない。

 ずれた為に、先ほどまでクロードが座っていた椅子が闇の領域から外れた。


 ――その下には黒い血がべっとりと、こびりついていた。

いかがでしたか?


ご意見、ご感想、矛盾点、気になったこと。何かございましたら、コメントをよろしくお願いします。


今後ちょっと、更新頻度が落ちるかもしれませんが、ご了承ください。

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