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印章の男の物語

 印章の男の物語は、黒と白の物語の一部として書き上げた作品です。

 けれども、単体でも童話調の物語として成り立っています。


 ですので、もしもちょっと読んでみようかなーとお考えの方がいらっしゃったなら、是非とも『印章の男の物語』だけでも、読んでみて下さい。

「さあ、こんばんも、絵本を読んであげよう」

 父は娘に優しく語りかけました。

「ありがとう。おとうさま」

 娘はとても喜んで父の元へと、かけよりました。


 それはとある月の夜。

 枕元で父親が娘のために読んだ物語。

 この国でとても有名なお伽噺です。


 ――――――――――――――――――――


 ある国に一人の男がおりました。

 男はひょろりとしていて力が弱く、いつも誰かにいじめられておりました。

 さらにその上その国では、欲しいものを決闘で手にいれるという決まりまでもが、ありました。

 そのために、弱い男はいつもいつも、食うにもこまる生活を送っていました。

 男は今日も川へと水をくみに向かいます。

「私は今日明日にでも、死んでしまうに違いない」水面に映った傷だらけの身体をみて、男はぽつりと呟きました。

 そんなとき男に語りかける一人の娘がありました。年若く、それはそれは美しい娘でした。

「あなたの身体はどうしてそんなに傷だらけなの?」

 娘はむじゃきに聞きました。

「私はとても力が弱いのです。どれだけ必死に働いてお金や食べ物を手に入れても、すぐに決闘を挑まれて奪われてしまうのです」男は涙ながらに語りました。

「まぁ、なんて可哀そうなのでしょう。一生懸命働いても、報われない世の中なんておかしいわ」

 男のなげきに娘はとても、いきどおりました。

「しかし、それが世の中というものです。あなたも私などと話していてはいけません。早く自分の家に帰るべきです」男は娘の身を案じて言いました。

 男はこう考えていたのです。

 もし、この娘さんと話している所を誰かに見られていて、娘を賭けて決闘を申し込まれたりなどすると一大事。この娘さんの人生を大きく狂わせてしまうかもしれない。


 しかし娘は去りません。

 その上、娘はとても信じられないようなことを言い始めました。

「あなたの優しさに感動したわ。あなたの願いごとを一つだけ叶えてあげましょう」

 願い事を叶えてくれるだって。そんなことがある訳はない。

 男は当然、そのように思いました。

「願い事を叶えてくれるだって。そんなことがある訳はない」娘は得意げに言いました。

 男はとても驚きました。


 そして、思いました。

 どうして私の考えていることを?

「どうして私の考えていることを?」

 娘は得意げに続けました。

「あなたは何ものなのですか?」男は心底不思議に思って質問しました。

「わたしは魔法使いなの。この辺りでは珍しかったかしら」娘は胸をはって得意げに答えました。

 珍しいなんてものではありません。男は魔法使いなど、生まれてこのかた見たこともありませんでした。


 魔法使いなんて本当にいるのか? 男は心の中で思いました。

「まだ信じてくれないなんて、強情な方なのね」娘は口をすぼめて言いました。

「いや信じるさ」

これほどまでに完全に心を読めてしまうのです。この娘が魔法使いでないのなら、なんだと言うのでしょう。

 男は娘の言うことを信じることに決めました。

「そう。ならいいわ。あなたの願いごとを叶えてあげる」

 男は願ってもないことだと喜びました。力が弱くずっと決闘に負け続け、働いて手に入れた少しのお金も食べ物も奪われ続けていたのですから当然です。

 すぐさま男は娘に願いました。

「私にも決闘で勝てるようにして下さい!」

「あら、そんな願いごとでいいのかしら。無欲なかたね。あなたは願えば、一生決闘しなくてすむ程のお金を手に入れることも出来るというのに」男は娘の言葉にはっとなりました。


 そうか、なるほど。

 大金持ちにしてくれと願えば、大金持ちにもなれるのか。

 確かに大金持ちや、身分の高い貴族は、自分の代わりに強い決闘者を雇って戦わせています。しかし、大金持ちになったことのない男は、大金持ちになりたいなどと言う願いがあるなど夢にも思わなかったのです。

「もう少し、考えさせて下さい」

「いいわ。待ちましょう、いつまでも」

 暫く考えたのちに、男は娘に願いました。

「私を貧しい暮らしをしなくてすむように、大金持ちにして下さい!」

「あら、そんな願いごとでいいのかしら。無欲なかたね。あなたは願えば、この国の王様にもなれるというのに」

 男は娘の言葉にはっとなりました。


 そうか、なるほど。

 王様にしてくれと願えば、王様にもなれるのか。

 いつも地道に下仕事ばかりしていた男には、王様になりたいなどと言う願いがあるなど夢にも思わなかったのです。

「もう少し、考えさせて下さい」

「いいわ。待ちましょう、いつまでも」

 娘はそう言ってくれるものの、何度も待たせるのは悪いような気がしていました。男は一生懸命考えました。

 今までの人生で使ったことのないほど頭を使い、答えを一つ、出しました。

「私をどんな人間にも勝てるようにして下さい!」

「そう。わかったわ」

 今度は娘も尋ね返しませんでした。

 男がどれほど考え抜いたものなのか、娘にもわかっていたからです。

「では、あなたに、絶対に決闘に勝てる印章を授けましょう」

 娘は河原から親指ぐらいの大きさのきれいな小石を拾いあげました。

 懐から取り出した木の棒をひとふり。小石は見る間に、たくましい鷹の刻まれた、それはそれはきれいな印章へと変わりました。

「おお。ありがとうございます」男は大喜びになって、娘に手を伸ばしました。

 けれども、娘は印章をその手のひらに抱えたまま。男に渡そうとはいたしません。

「あなたにこの印章を差し上げます。けれども、その前に約束して頂きたいことがあるのです」娘は意味深に言いました。

 やっぱりこんなにうまい話があるわけはない。

 このまま受け取っていれば、神話に出てくる道化のように魂を奪われてしまうに違いない。男はうろたえました。

 けれども娘はかまわずに、唄うように続けました。

「あなたに守って貰いたいことは三つだけ。


「一つ、自分から決闘を挑んではならないということ――

「二つ、挑まれた決闘は絶対に受けなければならないということ――

「三つ、絶対に印章を手放してはならないということ――


「――この三つです。もしもこの三つの決まりを破ったとしたなら、あなたに大きな災いが降り注ぐでしょう。絶対に破らないと約束して頂けるかしら」


「約束しましょう」

 そんなことならかまわないと、男は一も二も無く、その印章を受け取りました。

「これであなたは、その印章を身につけているかぎり、絶対に負けません。それでは、またいつの日か――」娘は川の向こうに消え入るように去って行きました。

 男はしばらくの間、ぼうぜんと立ちつくしていました。

 けれども、自分のお腹の音ではっと我にかえって思いました。


 今日の分の仕事をしなければ。

 いくら決闘に勝てたとしても、食べるものが無ければ死んでしまう。

 男は川から水をくみ。いつものように仕事へと向かいました。

 けれども、いつもと違って気分は晴れやかです。

 だってもう決闘で食べ物を奪われることも、お金を奪われることもないのですから。

 たしかに大金持ちや王様に魅力を感じなかったと言えば嘘になりますが、男にとってはそれ以上に、一度でいいから決闘で勝ってみたいという思いのほうが強かったのです。

 しかし、一回決闘に勝てるだけでは、ご飯が食べられず路頭に迷い、死んでしまうかもしれないと男は思いました。

 だから少し欲を出して、どんな人間でも勝てるようにと願ったのです。今までの仕打ちを考えるなら、このくらいの欲は許されるだろうとも考えました。

 印章を身につけても、とくに力が強くなったようには感じませんでした。

 けれども、男はその印章の力を信じてうたがいませんでした。

 そして、決闘を申し込まれないかなと思いながら仕事場のお屋敷へと向かいました。

 いつも嫌だと思っている決闘が楽しみになるなんて、思ってもみなかったと男は心の中で笑いました。


 晴れ晴れとした気持ちで仕事にはげむものですから、その日の男の仕事はそれはもう、はかどりました。雇い主の屋敷執事も目を丸くしたほどです。

 そしてその日、男はいつもよりも多くのお金を受け取りました。

 それをよく思わないのは仕事仲間のひげの男。

 彼はいつも男に決闘を申し込み、男からお金を巻きあげていました。

 ひげの男は自分よりも弱い男が自分よりも多くのお金を受け取るのが許せなかったのです。

「なあ、やけに景気が良さそうじゃないか」ひげの男は印章の男に話しかけました。

 印章の男は、しめたと思いました。

 だって、これで本当に自分が決闘で勝てるのかを確かめることが出来るのですから。

 ひげの男が印章の男に今日稼いだお金を賭けて決闘を申し込みました。

 もちろん、印章の男は勝ちました。

 それを見たものたちは、次々と印章の男へと決闘を申し込みました。

 だって、印章の男はひょろっとしていて、とても弱そうに見えたのですから。

 ちょっとこづきたおすだけで二日分のお金が手に入ると思えばこれほどおいしい話はない。

 そう考えて、いろんな男がこぞって印章の男に挑戦しました。

 もちろん、印章の男は全ての決闘に勝利しました。

「ああ、なるほどこれは気味がいい」

 まるで、今までの苦労が嘘のよう。

 味をしめた印章の男は働くのもやめて毎日毎日、戦いに明けくれました。


 いつしか印章の男は最強の男と呼ばれ、多くの武勲を立てました。

 それでも争いは絶えません。

 男を倒して名を上げようと、多くのものが印章の男へと決闘を挑みました。

 男は今か今かと、敵の挑戦を楽しみにしていました。

 そして、みずから相手に決闘を挑めないことを、とても歯がゆく感じていました。


 それから何年か経ったある日のことです。

 男に印章を与えた魔法使いが、男の前にまた現れました。

 なんと男に決闘を挑んできたのです。

 男はとても喜びました。

 これで、魔法使いの持つもっと良い道具が手に入る。

 そうすれば、もっと胸のすく思いができるに違いない。


 そんな男に魔法使いの娘は静かに言いました。

「あなたに決闘を申し込むわ。――もしも私が負けたなら、あなたの全てを私に寄こしなさいな」


 男は勝負を断れず、印章によって勝利して、全てを失ってしまいましたとさ。

 私の物語を読んで下さって本当にありがとうございます。


 この物語は白と黒の物語の一部であり、今後物語は印章を巡る、特殊な力の持ち主たちの戦いへと進んで行きます。

 結末を迎えるまで、温かい目で見守って頂けると嬉しいです。

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