第30話「国際商業施設デート【八千代と八千花】・2」
八千花のデート着は、バチバチだった。
「え、すごくキマってますね?」
「そう? まぁ、場所が場所だから、多少はキメなきゃよね」
褒められて満更でもないのか、八千花はモデルのように腰に手を当てた。
その装いは、女性らしい曲線美を描きながらも、シュッとした流麗さを兼ね備えていた。
ホルターネックの白桃色ブラウス。
生地は薄くて軽やかなシフォンで、透け感がある。
着心地は恐らく、かなりエアリーだろう。
それを際立てさせるかのように、八千花の首元から前面の胸元は、大きなドレープによってゆったりトロンと飾られていた。
バストが自然と、大きく見えるようなデザインだ。
しかしながら、ホルターネックという健康的な肌見せスタイル。
肩と両腕を大胆に露出した装いによって、上半身の輪郭は見事に野暮ったくならずに済んでいる。
着用者の意図を察するに、恐らくはアピールしたい胸だけを効果的に強調するため、夏というアドバンテージも有効利用してのホルターネックなのだろう。
そして、下半身は全体の印象をそのまま引き締めるために、タイトなホワイトデニムだった。
カジュアルな印象とフォーマルな魅力が、うまくまとめられているコーディネートだ。
髪には八千代と同じく簪があり、真珠と桜貝の組紐を組み合わせて使われている。
ただ形は異なり、今日のはどうやら玉簪と呼ばれる種類のそれで、結い上げられているポニーテールには同色の組紐も流れていた。
優しく柔らかでありながら、退魔の鋭さも感じられる。
伝奇術師の視点としても、バチバチと形容するに値した。
「私のデートプランを発表します」
「あ、はい」
「まず最初に、五階のエジプト・アラブエリアにある占いの館ね?」
「ふむ」
「その後に六階の簪屋さん、七階でドバイスイーツ」
「ああ、ドバイチョコとか?」
「そうそう。せっかくの南湾岸区だから、どうせならあんまり馴染みのない海外文化を体験したいなって」
いいかしら? と八千花は訊ねるので。
秋水は無論、YESと頷いた。
「デートプラン、ほとんどお任せしてますし、基本は何でも付き合いますよ」
「そう? でも、私も初めて行くお店だから、もしかしたらあんまり楽しめないかもしれないわよ?」
ドバイチョコも美味しくないかも、と八千花はちょっとだけ不安げに眉尻を下げる。
しかし、秋水は「心配無用です」と胸を張った。
「俺が筆頭だからって理由で、わざわざ考えてもらったんですから、その気持ちだけでも俺は満足してますよ」
「都合が良すぎない? ちょっと女の子に優しすぎて、秋水くんの実在性を疑いたくなってきたわ」
「俺のセリフなんですが」
二人はどちらからともなく、互いの手を取り合って感触・熱を確かめ合う。
八千花は薄く、安堵したように胸を上下させた。
秋水の頬に、右手が添えられる。
「……デート中は、傍から離れないでね」
「ええ」
「常に体温の伝わる距離にいて」
「はい」
「私の視界から勝手に、いなくならないで」
「必ず」
「愛してるって言って」
「愛してます」
「……やっぱり、夢じゃないかしら」
しっとりと、静かに苦笑する八千花。
鳶瀬山家の四人娘のなかで、末妹に当たる少女は最も湿度が高かった。
カラオケでは染み入るように、バラードを歌うタイプだ。
雨の日の剣道場とか、非常に似合うに違いなかった。
そして秋水にとって、実は最も感受性の面で近い部分を持っているのが八千花かもしれない。
「俺からもいいですか?」
「なに?」
「デート中は、傍を離れないでください」
「離れないわ」
「常に体温の伝わる距離にいてください」
「なら、もっと触って? 嫌じゃないから、抱き寄せて?」
八千花が腕に絡みつき、秋水の手を腰に導く。
華奢で繊細な感触が、五指を通して伝わった。
それでも、秋水は続ける。
八千花に与えてもらった分だけ、同質の言葉を返すために。
「眼の届かない場所に、行かないでくださいね」
「私がいないと、不安?」
「ええ。きっと、いろいろとダメになってしまう程度には」
「そう……」
「嫌ですか?」
「ううん。だって、私もだもの。だから、もっと言って? 私を誰の目から見ても、秋水くんのものだって常に分かるようにして」
「……なかなか、難しいことを言いますね」
「簡単だと思うけれど」
秋水は降参した。
八千花の要望を叶えるには、それこそR18的な行為に及ぶしか手段を思いつかなかったからだ。
そして現状、そういった行為は封じられている。
軽く息を吐いて、「では」と意識を切り替える。
「では、いつものお約束も終わったところで、行きますか」
「ええ。そうね」
二人は静かに歩き出した。
八千花とのデートでは、最初にこうした儀式のようなやり取りをするのが、恒例の流れだった。
通りすがりの一般客が、信じられないものを見た目つきで「最近の若い子こわっ」と呟いていたが、二人にとっては日常である。
- 〈アストラ・ギャレリア〉5F -
- エジプト・アラブ区画 -
最初に訪れたのは、先ほどのデートプラン通り占いエリアだ。
五階からは本格的に、国際的な文化体験フロアとなってくる。
館内の様相も、日本では見慣れない異国的な雰囲気が強くなり、そこは絨毯とかランプとかで熱砂の文化世界を演出していた。
「秋水くんは、占いって好き?」
「術師的な観点では、無視できないと思っています」
「占いの術式もあるものね」
「八千花さんは、お好きなんですか?」
「ええ。私も最初は、巫術の一環で触れるくらいだったんだけど、気がついたら結構好きになってたわ」
「ああ、託宣とか?」
「そうそれ。で、花占いとかから次第にね」
「女の子ですね」
「あら。最近は男の子でも、好きな子は好きじゃない?」
「たしかに」
ステレオタイプな価値観は、時代の変化によって置き去りにされていく。
八千花の指摘はもっともだった。
秋水もこの世界で小学校に通っていたとき、クラスメートの男子が意外と乙女な趣味を持っていたのを覚えている。
(まぁ、あれは文学少年の延長線か)
本を読むのが好きな彼は、花言葉とかに詳しかった。
線が細く軟弱な中性的男子児童だったが、果たして彼は元気にやっているだろうか?
秋水は寡黙で、当時、児童すぎる周囲と友だちになる気にもなれず、小学校ではよく一人で過ごしていた。
そのため、内気で孤立しがちな彼が、よく同類と見なして話しかけてきたのだ。
そこに、後のカーストトップギャルが妙に絡んできたのも、今にして思えば外見に似合わない意外性のある内面の証拠だったのかもしれない。
ギャルも意外と、乙女チックだったりするものだ。
それはさておき。
「エジプトにもタロットってあるんですね」
「そうね。まんまだけど、エジプシャン・タロットって言うみたい」
「普通のタロットとは、絵に違いがあるくらいですか?」
「シンボルって言うのよ? あと、大アルカナの並び順とかも違うみたい」
サンプルとして置かれているカードのうち、何枚かを八千花が手に取る。
「じゃ、選んで?」
「俺を占うんですか?」
「ちょっとした遊びよ。私も一応は巫女だし、少しは信憑性があるかも」
「ふむ」
秋水は適当に一枚、カードを選んだ。
めくってみると、そこにあったシンボルは『死神』だった。
「……」
「あ、Deathのカード。対応する神は、たしかアヌビス神ね」
「大凶じゃないですか?」
「え? 違うわよ。Deathのカードはたしかに凶兆と思われがちだけど、タロットには正位置と逆位置があるでしょう?」
「あ、そうか」
「秋水くんのは正位置だから、そうね……終焉と再生、変化と適応……差し詰め古い自分を捨てて、新しい環境に順応する! って感じのポジティブな意味だと思うわ」
「おおー」
占いが好きだというだけあって、八千花は詳しかった。
だが秋水が喜ぶと、その顔は次第に曇っていく。
「でも、恋占い的な解釈だと、これって過去の恋愛や腐れ縁をスパッと断ち切って、新しい恋へ向かうって意味にも取れるのよね……」
「そうなんですか?」
「秋水くん。まさかとは思うけど、私を捨てる気……?」
「八千花さん。冗談でも、怒りますよ」
「あっ、ごめんね? もう二度と言わないから許して……嫌いにならないで、好きでいて……」
「好きです」
「私も好き……♡」
店先でイチャつく二人に、店の店主が白けた目を向けていた。
「お客さん、一枚占いもいいけど、どうせならプロの三枚占いをやっていかないかい?」
「ごめんなさい。満足したので失礼します」
「冷やかしカヨ。次は頼むよー?」
八千花の言葉に、店主はげんなりした顔で秋水たちを追い払った。
「いいんですか? 結構楽しそうでしたけど」
「うん。タロットって日本でも割とメジャーでしょ? エジプシャン・タロットは珍しめだけど、今日のお目当てはジオマンシーだから」
「ジオマンシー?」
「ほら、秋水くんでも知らないわ」
えっとね? と八千花は教えてくれた。
「ジオマンシーっていうのは、要するに『土占い』ね」
「土占い? 土を使った占いですか」
「そう。なんでも千二百年以上前にアラビアで発祥したんですって」
古くは砂漠の砂や土の上に、直接点を描いてシンボルを読み解く形で行われてきた占いだそうだ。
「点を描くって、数とか並び方とかは決まってるんですか?」
「ううん。特にそういうのは無くて、直感的に点を打つの。それを四回くらい繰り返して、偶然できた点の奇数偶数とか、星座みたいなシンボルを結果とするんですって」
「へー。紙とペンでもできそうですね」
「うっ、そうだけど、せっかくだから土でやりましょ?」
思ったことを口にすると、八千花も薄々思っていたのか「こういうのは雰囲気も込みで楽しまなきゃ」と続けた。
「ごめんなさい、無粋でしたね」
ジオマンシーをやっている占いの館は、アラビアンナイトを思わせる宮殿モチーフの大型テントだった。
あまり人気は無いのか、特に混み合ってもおらずすんなり入れる。
八千花はちょっと気にしていた。
「へぼかったら、ごめんね?」
「しっ。聞こえますよ」
秋水は少し焦った。
幸い、テント内にいた占い師のお姉さんは、特に反応を示さなかった。
真鍮性のランタンが数多く吊るされ、夜の砂漠の映像が天幕内に映し出されている。
「ようこそおいでくださいました、お客様。こちらはSNS映えしないことで有名なジオマンシーの館。どんな運勢でも、砂の魔力で占って差し上げますよ」
「聞こえてたみたい」
「ハハハ。いや、どうもすいません」
秋水は筆頭徽章を取り出し、太客アピールをした。
が、占い師のお姉さんは渋めの反応だった。
「伝奇術師って、本職じゃないですか……」
「えっと、占いは専門外なので」
「はぁ。では、何を占いますか?」
「もちろん、恋愛面でお願いします」
八千花が、ずずいと前へ身を乗り出した。
直前に不安に駆られていたようだが、やはり目当てにしていただけあって、だいぶ関心が強いようだ。
占い師のお姉さんは砂の入ったお盆を取り出す。
「では、具体的な質問をしてください」
「質問ですか?」
「たとえば、彼との未来は安泰? 将来子どもはできる? などです」
「子ども!?」
「ジオマンシーとは、YESやNOで具体的にイメージできる質問について、運勢を占うものなんですよ」
「そうなの……知らなかった。やっぱり本物は違うわねっ」
「来て良かったですね」
「うんっ」
楽しそうな笑顔が、秋水には本当に幸せだった。
この世のありとあらゆるもの。
すべての残酷さから、目の前の少女を守りたい。
八千花はしばらく質問を考え込んでいたが、やがて意を決したように顔を上げた。
「……じゃあ、これで。〝私と彼は二十歳までに結ばれますか?〟」
「それは、結婚できるかという意味でしょうか?」
「エッチ的な意味ですっ」
「Oh」
占い師のお姉さんが、「えぇ? マジぃ?」という目で秋水を見上げる。
秋水は努めて、無表情を維持した。
なんとなく、予感はあったのだ。
八千花も割と、性にオープンな性格をしているから……
秋水が何も反応を返さないからだろう。
占い師のお姉さんは戦慄しながら、職務を遂行した。
ジオマンシーの作法を八千花に説明し、砂盆に点を打ってもらい、描かれた点の列からシンボルを見つけ出す。
「幾つか結果が出ています」
「どんなですかっ?」
「ひとつは、カルセールというシンボルです。これは束縛や監禁を意味していて、相手への強い執着心を暗示しています」
「緊縛プレイってことかしら……?」
「知りません。二つ目は、トラジションと呼ばれるシンボルです。これは状況の大きな変化や、関係性の一変を示唆する暗示です」
「むむむ……」
「そしてもうひとつは、カプート・ドラコニスという上昇・入り口を意味するシンボルです。大まかには、新たな始まりや幸先の良さ、物事の好転などを暗示していますが」
「いますが?」
「まだ始まったばかり、ということでもあるので、即断はできないという暗示でもあります」
要約すると、どうやら〝概ね良い〟結果のようだ。
なんだかハッキリしない内容でもあったが、占いなんて所詮はそんなものである。
八千花は満足したらしい。
「やったわっ、私たち二年以内にはエッチできそうっ」
「──ですね」
秋水は少し、自棄になって微笑み返した。
占い師のお姉さんが「こいつマジか」みたいな顔で凝視してくるが、恋は盲目、強火でなければ無意味らしいのでノーダメージである。うおおおお俺は狂人。
天幕を出た。
「あ〜、楽しかったっ! それじゃ、六階に行きましょっか」
「そうですね。たしか、簪を見たいんですよね」
「うんっ。私と八千代って、いつも簪をつけてるでしょ?」
「よく似合ってます」
「ありがとう。でも、そろそろ秋水くんに選んでもらったやつを、つけたいなって思ったの」
「いいんですか? 愛用品なら、こだわりとかあるんじゃ」
「大丈夫。秋水くんからプレゼントしてもらえることに、意味があるの」
「?」
「うふふ。カレシからもらった物なら、愛着もひとしおでしょう?」
なるほど、と秋水は納得した。
しかし、不安にもなった。
「大丈夫ですかね? 俺、あんまり詳しくないんですけど……」
「平気よ。私がそばで見ててあげるし」
「……なんか、しれっとハードル上げてませんか?」
暗に、そばにいる八千花の表情や機嫌を探って、好みの品物を見つけ出せと言われている気がして、秋水は呻きかけた。
「ハードルの高い女はイヤ?」
「まさか。俄然燃えますね」
「え〜? 本当に? めんどくさい女って思ってない? 嫌いにならない?」
「うわビックリした。後半で不安にならないでくださいよ。可愛いなまったく」
言うと、八千花は「いち」と呟いた。
「いち?」
「今日やっと、可愛いって言ってくれたわ」
「ずっと思ってましたよ。というか、いつも思ってますよ」
「それでも、言葉にしてもらいたいのっ」
プイッ、と頬を膨らませて拗ねる歳上お姉さん。
地味にカウントしているところに、秋水は激重で最高だなと相合を崩す。
そうこうしている間に、簪屋さんへの移動が完了した。
まぁ、多少の緊張感はあるが、秋水に悩みは無い。
日本人視点だと、わざとらしいくらいに和風な店内を軽く見て回り。
八千花がいつも身に付けているものと、同じようなタイプの商品棚からアタリと思うものを見繕う。
「決めた。これにします」
「──えっ、どうして?」
「だって、八千花さんこれ好きですよね?」
秋水が選んだのは、桃の木を使って作られた硝子飾りの簪だ。
八千花は桃系のスイーツが好きで、今日着ているブラウスにも白桃カラーをチョイスしている。
最初は安直か? とも思いもしたが、秋水が決め手にしたのはそこだけじゃない。
「桃は昔から、邪気を祓う神聖な植物として親しまれて来ました。中国では仙桃といって、不老不死をもたらす聖なる果実と信じられていたり、日本でも桃源郷や桃太郎のフレーズには聞き馴染みがありますよね」
ひな祭りでは桃の節句とも言うし、桃の持つ聖なる力にあやかって子どもの健やかな成長を祈ったりもする。
「だから、桃には魔除けの効果があるんです」
「ええ、私も知ってるわ」
「ですよね。で、今日の八千花さんの髪飾りなんですけど」
真珠も桜貝も銀も、全部魔除けのお守りになり得る。
「八千花さんが桃を好きなのって、たぶんそういう意味も込みですよね?」
「……筆頭さんの眼は、さすがに誤魔化せないわね」
八千花は「正解」と苦笑した。
「昔から【呪い】と、常に背中合わせで生きてきたんだもの。そりゃ、魔除けにも縋りつきたくなるでしょう?」
「好みに合いますか?」
「悔しいくらい、ドンピシャ。ちょっと敵わなすぎて、胸が苦しくなってきちゃう」
秋水が選んだ簪を、店の鏡の前で自身に当てがい、八千花は瞳を潤ませた。
「ねぇ、どうする気?」
「ん?」
「このままじゃどんどん、好きで好きで堪らなくなっちゃう」
「光栄です」
「私、秋水くんのせいで自分が壊れていく気がするわ。なのに、怖いくらいにそれが、とっても心地がいいの。貴方から与えられる熱の全部が、きっと空気や食べ物と同じになってしまっているのね」
「そこまでですか?」
「うん。はやくエッチしたい。夢のなかじゃ毎晩、めちゃくちゃにしてって懇願してるんだから」
「…………」
ド直球な告白に、さしもの秋水も二の句を言い淀んだ。
ただ、事は急いてもどうにもならない。
「ハードルは乗り越えられたってところで、じゃあ、ドバイチョコに行きますか」
「うん」
返事はとても、しおらしかった。
雨の日の廃バス停で、どうしようもなく秋水の体温を欲しがった少女の、それは嘘偽りない気持ちの露われだった。
秋水と八千花は、互いにもどかしさから気が狂いそうになりながら、七階へ行く。
ドバイスイーツが売りの甘味処では、物珍しい中東各国のお菓子がたくさんあった。
ドバイチョコレート。
ピスタチオ・クナーファ。
バクラヴァ。
デーツのパウンドケーキ。
ローズミルクティー。
カルダモンコーヒー。
名前を聞いただけでは、ちょっと味を想像できないメニューも試しに注文してみて、二人は頬を綻ばせたり、苦笑し合った。
どれも甘さが濃厚で、量こそ控えめだったがハイカロリー間違い無しだった。
「ん。ここ、ショッピングの途中で立ち寄るのに、ぴったしな感じね」
「ティータイム向けですね。少し並ぶのが難点でしたが」
「それだけ人気なんだわ。よかった」
自分のデートプランが、最後に成功に終わったのを感じたのだろう。
八千花は心から安心した様子で、男の庇護欲をそそる笑顔を見せるのだった。
──と、そのとき。
〝AOoooooooooooooon──ッ!!〟
「……」
「え、犬?」
昨日の海上遊園地でも耳にした、獣の遠吠えが〈アストラ・ギャレリア〉上層階に響き渡った。
言うまでもないが、この超大型商業施設でもA.N.O.M.A.L.Y.対策は各種施されている。
にもかかわらず、秋水の感知範囲内でまたも蛮行に踏み切るとは。
「え、何かしら? 何かの催し?」
「どうやら、上の階のデジタルアートミュージアムからみたいですね」
黄金の三日月、を意味する店名の看板を潜って。
二人はドバイスイーツ店から館内に出た。
直後、伝奇術師にだけ理解できる緊急結界が発動される。
衆人環視の多い場所でのA.N.O.M.A.L.Y.発生時、こうした商業施設などでは南湾岸区に限らず人工的な異界が展開されるよう設備が整えられている。
通称『白昼夢世界』
非術師の時間感覚と意識を強制的に引き延ばし、術師とA.N.O.M.A.L.Y.絡みの事象だけが存在・活動可能になる夢現の境界線だ。
ポケットの携帯端末に、霊視局からのアラートが来る。
場所はもちろん現在地。
「え、A.N.O.M.A.L.Y.?」
「みたいですね。座標はやっぱり上です」
「八千花! 秋水くん!」
下の階層で時間を潰していた八千代が、慌てた様子でやって来た。
急激に人がいなくなったギャレリアは、ホラーゲームの探索マップじみた不気味さを漂わせている。
秋水は慣れているが、八千代も八千花もまだまだ不慣れな光景だろう。
双子姉妹は半身の無事を確かめ、少なくない安堵を共有していた。
「これっ、白昼夢世界ってやつよね?」
「そうでしょ? 私下で、すっごくビックリしちゃった! 怖すぎないこれ!?」
「ええ。だいぶホラーゲームみがあるわね……!」
「じゃあ、これからホラーゲーム感が増しますよ」
「「え?」」
秋水が歩き出すと、二人はビクッと震えながらも、離れずについていくる。
とりあえず、秋水の傍にいれば安全だと信じ切っている証だった。
その事実に喜びの感情を得つつも、秋水は倶利伽羅剣を物質化させる。
「この状況は、市外任務と似ているんです」
「市外任務と……?」
「獲物を奪われたA.N.O.M.A.L.Y.は、白昼夢世界で限られた餌を求めて急速に動きます」
「え、待って。それって──」
デートから少し、時間を置いていたからだろう。
八千代のほうが意識の切り替えが早く、ハッと察した顔つきになった。
とはいえ、姉が気付けば妹の八千花にも数瞬で同期が行われる。
そう。
「白昼夢世界に囚われたA.N.O.M.A.L.Y.は、 術師を探して行動範囲が増えるんです」
八階に通じるエスカレーター前に移動すると、まさにタイミングぴったしだった。
──ヒタ
──ヒ タ ヒタ
──ヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタッ!!
「キッ」
「キモーーーーーーーーーーーイッ!!??」
「『深きものども』……クトゥルフ系はこれだから、嫌なんですよね」
半人半魚の亜人が、異様に生臭いニオイを発しながら、奇怪な動きでエスカレーターを滑り降りて来る。
どうやら、四つん這いでなければ歩行できないタイプのようだ。
秋水は炎の斬撃を飛ばして、焼却した。
「あ、こんがり」
「って、なんか他にもいるわよ!?」
「南湾岸区のA.N.O.M.A.L.Y.が、盛大におもてなしって感じですね」
「なんでこんなに、急に発生してるの……?」
八千花の疑問はもっともだった。
上階から降りてくるA.N.O.M.A.L.Y.は、半人半魚のインスマス面だけじゃなく。
「アんたッ、がッわるっイんでショう!?」
「燃えロ、セイギ、ノ、ダメに」
「『張紙女』、『炎上法師』」
「秋水くん! あとなんか! 金魚!」
「え、金魚?」
「金魚っぽいのがいるわねッ」
「なんだあれ」
空中を遊泳する、仔象ほどのサイズのデメキン。
それがプカプカと浮かびながら、デジタルアートミュージアムの闇から現れる。
「……たしか八階には、金魚幻燈館っていうコーナーがありましたっけ?」
「ええ。たぶん、そこから出てきたA.N.O.M.A.L.Y.だと思うわッ」
「三人で合流したあと、楽しみにしてたのに!」
八千代の意見には、秋水も同意見だった。
デメキンの不気味な眼玉が、光を投射する。
すると、壁や床に映し出された幻が、また新たなA.N.O.M.A.L.Y.となって二次元から三次元に変化した。
今度のは『口裂け女』だ。
「ははぁ、なるほど」
A.N.O.M.A.L.Y.の発生数が、妙に多い理由が分かった。
誰の目にも分かっただろう。
ただ、その仕組みまで見抜ける者は少ない。
八千花は少数派だった。
「あの金魚、幻燈機を核にしてるんだわッ」
「幻燈機って……昔の映写機のことよね!?」
「大まかにはその認識でOKです。が、アレはたぶん『ファンタスマゴリア』の上映に使われてたヤツですね」
「「何それ!?」」
姉妹の「?!」という顔に、秋水はつい蘊蓄を垂れそうになるのを堪えた。
ここは簡潔に、なるべく一言で要旨を説明したほうがいいだろう。
「十八世紀のフランスで発明された、幽霊ショーの名前ですよ」
壁や煙、半透明の薄幕などに画像を映写し、しばしば骸骨や悪霊、亡霊などをテーマに行われた興行の一種である。
「スモークを焚いたり、手品と組み合わせることで観客の恐怖を煽るんです。当時のパリでは大流行りだったとか」
「「なるほどね!」」
デメキンA.N.O.M.A.L.Y.は、恐らくその逸話を核にし他のA.N.O.M.A.L.Y.を出現させている。
たしかに、デメキンのシルエットは幻燈機に似ていなくもない。
さて。
フランスに由来を持つA.N.O.M.A.L.Y.が、このタイミングで選ばれたのは果たして偶然か否か?
秋水は「つまらないな」と、とりあえず手近にいた『張紙女』を消滅させた。
アンタが悪い、アンタが悪いと。
耳障りな言葉を吐きながら、ヒステリックに暴れ回るA.N.O.M.A.L.Y.は、女性のネガティブキャンペーン過ぎる。
多頭型の異形、『炎上法師』も同様だ。
口元から顎にかけて、特に醜く肥大化した外見は醜悪そのもの。
首から下は人間とそう変わらないが、
「正義を騙る割に、地に足が付いていないのがオマエたちの底の浅さだ」
「燃エ──……」
浮遊移動が基本で、自らも炎上しやすいA.N.O.M.A.L.Y.は容易く消滅する。
と、そこまでを見守って。
「「私たちもやるわ」」
「やりますか?」
「「ええ。デートの邪魔されて、頭に来たもの」」
姉妹がついに、動揺や混乱から立ち直った。
二人は神経を集中させると、霊力回路を励起させる。
橘と桃。
ともに日本では、大きな文脈的意味を持つ樹木の葉と花。
それらが同時に渦巻いて、双子は伝奇正装をまとった。
二段階目への変身。
千歳や千景とも同じ蛇狐巫神の神巫姿である。
しかし、八千代と八千花は第二術式のほうが、適性が高かった。
「ほんッと、うんざりするわ」
「でも、腹いせには持ってこいの力なのよね」
「露払いを任せても?」
「「任せて」」
少女たちの呼応を信じ、秋水はデメキン目掛けて一直線に走る。
当然、脅威を感じ取ったデメキンが幽霊ショーを続行する。
A.N.O.M.A.L.Y.はどんどん増えるが。
「〝姦姦蛇螺・蛇身呪纏〟」
「〝呪怨六臂・腕断神楽〟」
雑魚の肉壁など、縦横無尽に駆け巡る爪の帳に切り裂かれるが道理。
ハルミの術式は、今や退魔巫女たちにも刻まれていた。
秋水の疾走ルートは、斬撃のトンネルと化して守られる。
負の激情──陰陽で言えば、間違いなく陰の気が炸裂した結果だ。
千歳や千景も、同様の陰を背負った少女たちだが。
八千代と八千花は、その根底にある想いを、より第二術式として昇華させる技に秀でていた。
デメキンが、光の投射が間に合わずに硬直する。
「遅い」
結果は必然。
商業施設に突如として発生したA.N.O.M.A.L.Y.は、見事に鏖殺された。
事態の解決を検知し、程なくして白昼夢世界も終わりを告げる。
人々の喧騒が徐々に戻り、秋水たちも現実世界へ復帰した。
振り向くと、二人ももう私服姿に戻っている。
が、その様子が少しおかしい。
「秋水くんっ」
「見た!?」
「ん? 何をですか?」
「変身してた時の私たち!」
「あれ可愛くないから、できれば見られたくないの!」
焦った様子で、二人は秋水に詰め寄る。
正直、秋水には人外萌えの性癖もあるので、まったく問題ないと思うのだが。
「見てはないです。振り向いた時にはもう」
「そうっ?」
「なら、よかったぁ」
「俺はどんなお二人でも、変わらずに好きですよ」
「だ・と・し・て・も」
「秋水くんの前では、一番可愛い自分でいたいのよ」
双子は示し合わせたように、同時にウィンクする。
いや、これは双子だからこそのシンクロか。
だからだろうか?
その提案も、まったくの同タイミングだった。
「「ねぇ、秋水くん?」」
「はい?」
「「なんだか雰囲気が台無しになっちゃったし、この後のデートプランは、ちょっと予定を変更してもいい?」」
「? 構いませんが」
デジタルアートミュージアムに行くのをやめて、二人はどこへ行こうと言うのだろう?
秋水が首を傾げると、姉妹は両側から捕まえるように腕へ抱き着いて来た。
その眼が、口が、全身が、まるで蛇のような捕食者動物のオーラをまとい獲物を狙う。
「やったっ」
「じゃあ、たのしいこと」
「「しよ♡」」
二人に連れられ、秋水が移動したのはホテルだった。
今日のデートに出発する前、一時的な休憩目的でも立ち寄ったスイートルーム。
高級ホテル〈グランド・ハーバー汐坐〉のハイクラスな客室であり、寝室に加えてリビングや応接間などもある上層階の角部屋。
窓はもちろんオーシャンビューで、間違いなくこのホテル一番の部屋だろう。
広々とした室内。
贅沢なインテリアで構築されたラグジュアリーな空間。
……その、独立したベッドルームで。
白熊が寝そべることも出来てしまいそうな、明らかに特注と思しいワイドキングサイズよりも大きいベッドの上。
「「はい、どーん♡」」
「ッと」
秋水は双子に肩を押し倒される形で、両肘を着く。
ベッドのスプリングが、キシキシとかすかに音を立てた。
感触は柔らかで、もちろん怪我などしていないが、秋水は追い詰められた心地になる。
というのも、ベッドルームはカーテンを閉められ、照明はムーディな暖色系のみが灯っていて。
目の前には八千代と八千花。
二人の爆乳美少女退魔巫女が、あられもない格好で膝立ちになりつつ、にじり♡ にじり♡ と迫って来ているからだ。
下着姿。
少女たちはランジェリーのみを身に着け、ぺろり、と同時に舌舐めずりをする。
妖艶な雰囲気に、秋水は困惑していた。
「……どうして、脱いだんですか?」
「違うわ」
「着替えたのよ?」
「実は昨日ね?」
「軽くデートの下見がてら、〈アストラ・ギャレリア〉には行って来たの」
「今日行ったお店には入らなかったけど」
「気になったランジェリーショップがあってね?」
二人は「「いま着てるこれ、買っちゃった♡」」と、自身のカラダを大胆に見せつける。
八千代は両手の指先を、おっぱいの上に乗せるようにして両肘で挟み込み。
八千花は逆に、両肘を開いて手をパー、おっぱいを突き出すように胸を張っている。
秋水は目が離せない。
離せるわけがない。
二人の下着姿は、とても艶やかで華やかだった。
「これね? 秋水くんには分からないかもだけど」
「女の子向けの下着屋さんでも、かなりデザイン性に富んでるブランドの新商品♡」
「エッチはできないけど」
「せめて、エッチみたいな雰囲気は楽しんでもいいわよね? って」
「だから、バチバチの勝負下着よ?」
「いつか秋水くんに、脱がしてもらう最後の服♡」
ゴクリ、と生唾を嚥下した音が室内に響いた。
いや、それはきっと秋水の錯覚だ。
だがそのくらい、猛烈な色仕掛けを喰らっていた。
二人はそれぞれ、自分が選んだ高級ランジェリーをじっくり鑑賞してもらいたいのか、指先の動作で秋水の視線を誘導した。
「見て? 私のは、ハーフカップのブラ。胸を下から支えて、自然に持ち上げる形をしてるでしょう?」
アイボリーホワイトとペールイエロー。
柑橘の花を思わせる淡いオレンジゴールドの刺繍。
白を基調とし、黄色や橙色は花芯や刺繍にのみ使われたそれは、谷間を強調しすぎず、上品で丸みのあるシルエットを形作っていた。
八千代はそのブラジャーを、両手の人差し指で説明する。
「ここはレースになってて、すっごく細かい糸で編まれてるの♡ 花びら一枚一枚まで、すっごいディティールなのよ?」
「わぁ」
「でね? ここはチュールって言って、レースを綺麗に見せるための土台の生地なんだけど……見ての通り、とってもエアリーでスケスケ♡」
「わぁ」
「ふふっ♡ で〜も〜? カップの上部分は、シアー素材♡ ここのエッチなスケスケも、見逃さないで欲しいわ♡」
「わぁ」
「ショーツのほうは……また今度♡」
八千代のターンが終わると、秋水は八千花に顔の向きを戻された。
いつの間にか、ものすごい近距離に接近されていて、両手を使って強制的に視線を固定される。
「もぉ〜、八千代ばっか見ちゃイヤっ。私のも見てっ♡ これはね? フルカップのブラ。男の人は、デカブラ♡ って言うと嬉しいんでしょう?」
「デカブラ」
ミルクホワイトとピーチピンク。
ローズゴールドの刺繍。
桃の花をモチーフにした立体的な模様は、花びらの縁部分だけ金色を使われていた。
そんなことさえ見て取れるほどに、おっぱいが近かった。
「どう? チュールのところ、胸元から肩に向かって、桃の花びらが舞うみたいなグラデーションになってるでしょう? かわいい?」
「かわいい……」
「あはっ♡ うれしい……ぜんぶ秋水くんのだからねっ? ここには秋水くんのためだけの、とぉ〜っても甘い蜜がたくさん詰まった桃があるの♡」
「わぁ」
「中はムレムレ♡ ホカホカだからね♡ ほんとうは今すぐにでも、食べてもらいたいくらい♡」
「わぁ」
秋水は語彙力が死んだ。
そんななか、姉妹はついに完全に秋水をベッド上に押し倒し、両サイドから胸板に手をついて、お尻を突き上げるほどの前傾姿勢になっている。
高級ランジェリーのセクシーブラに包まれた爆乳が、秋水の爪先を完全に見えなくしてしまった。
そのまま、二人はあろうことに〝ずしっ♥〟とおっぱいを乗せてくる。
(は──?)
積載過多。トラックだったら走行中に横転不可避。
少女たちのカラダが、斜めから攻める形でぴたっ♡ むちっ♡ と密着した。
なのに、トドメまで来る。
「「じゃあ、キスして?」」
「────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────」
バキバキッ! ゴキっ!
ゴリゴリゴリッ!
バキグキゴギャバキッ!!
チュッチュッ♥
対照的な擬音が響くなか。
三人はそのまま、肉体の反応が限界を迎えるほどの時間をキスに費やすのだった。
茹るような、夏はじまった。
なお、まだ序盤なのに、次はもっとアダルティな二人とデートである。
豊葉と依穂。
どうするの? これ?
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tips
◆幻燈機金魚|脅威レベル3
骨董品・古物・憑藻神系A.N.O.M.A.L.Y.の一種。
日本においても、幻燈機は十八世紀ごろに渡来したとされる。
そのため、このA.N.O.M.A.L.Y.は『ファンタスマゴリア』の背景を持ちながら、デメキンに似たシルエットをもとに金魚としてのカタチを連想された。
大きさは仔象ほどで、人間の恐怖感情が膨らむほど巨大化する。
空中を遊泳可能なのは、本質的に幻であるため。
目から投射された光は、種々のA.N.O.M.A.L.Y.を作り出す。
が、本体はノロマで極めて無力。
術師殺害率50%
◆『姦姦蛇螺・女神降胎』
鳶瀬山家の第二術式。
後天的な【呪い】により相伝され、二段階目に到達したことで掌握された。
一段階目においては、単に怪異型呪詛怨霊である【姦姦蛇螺】を式神として召喚・使役するだけに留まっていたが。
二段階目では零落以前の神格を復活させ、豊穣・生命・春秋を司る女神を召喚・使役可能にする。
しかしながら、都市伝説に語られる〝怨〟と〝呪〟の文脈は強力だ。
世界に対して、非常に強力な法則の押し付けを可能にする。
鳶瀬山家の退魔巫女たちは、以下の解号によってその威を解き放つ。
▣姦姦蛇螺・蛇身呪纏
⇒文字通り蛇状の霊力を外皮として鎧にする。
⇒攻撃・防御・変幻伸縮自在。
⇒要するに姦姦蛇螺の異形としての姿。
▣呪怨六臂・腕断神楽
⇒上記の蛇状霊力を纏った状態で発動。
⇒呪うと決めた対象に腕があれば90%クリティカル。
⇒六本の腕すなわち三十本の指の爪から描かれる切断と斬撃。
※ハルミであれば、爪の動きも関係なしに斬撃の起点を指定できる
これに加えて、式神本体であるハルミ自身は、人頭蛇身の眷属使嗾や物語領域の展開、怪力などの神通力も持っている。
そして、第一術式と第二術式。
双方を二重起動して用いられる、大奥義もまた鳶瀬山家の新たな力だった。




