【短編小説】ものがいっぱい!
『どうぞ〜。散らかってますけど』
マキタ夫人の豪邸は、立派な正門を抜け、きちんと手入れされた草花を眺めながら進んだ道の先に建っていた。
扉を開くと、天井にぶら下がるシャンデリアといかにも高価な壺の数々がサカタ夫人を出迎える。内装も、豪華な外観に負けないほど煌びやかなのであった。
サカタ夫人は整列したスリッパに履き替え、案内されたとおり廊下の奥へと進んだ。
リビングに入ると、さらにたくさんの品々がサカタ夫人を歓迎した。壁一面に飾られた絵画の数々。床に敷かれた複数枚の幾何学文様の絨毯。机は、アンティークのローテーブル、ダイニングテーブル、和風の座卓テーブルまで。
所々に置かれたステンドグラスのランプが、背の伸びた斑入りのマドカズラを柔らかく照らしている。
統一性はなく決してオシャレとは言えないが、とにかく高価そうな品々で部屋は埋め尽くされていた。
「わぁ〜、豪華なものがたくさんね!こんなお家テレビでしかみたことないわ。やだ、この絨毯、模様がとても素敵ね」
『それはねペルシャ絨毯。本場から取り寄せたのよ。これはイラン北西部のアルデビル産の絨毯でね、幾何学文様が特徴なの』
「マキタ夫人とても詳しいのね」
『新しいデザインを見つけたら次々買っちゃって。集めてるうちに知識が入っただけよ〜。あ、紅茶淹れるわね!座って座って』
サカタ夫人はカバンを置くと適度に沈むソファの端に腰掛け、部屋の中をぐるりと見渡した。
その時、台所の方からガラスの割れる音がして、サカタ夫人は立ち上がり駆けつけた。
「マキタ夫人、大丈夫?!」
『えぇ大丈夫よ!ちょっとティーカップがたくさんあって、手が滑っちゃった』
「あらほんとすごい量!これいくつあるの?!」
『200セットくらいかしらね。新作が次々出るからすぐ買っちゃって』
「そんなにたくさん!あらぁ、高そうなカップが割れちゃったのね」
『昔買った安いものも全部ごちゃ混ぜだから、どれが高いか安いか、もう覚えてないの。大丈夫だから座ってて〜』
片付けを終えたマキタ夫人が、紅茶とクッキーを運んできて机に並べ始めた。
『これはアッサムティー。ミルクと相性がいいんだけど、ミルクティーにする?あとこのクッキーは、隣町の毎日行列ができるって噂のケーキ屋さんの!とっても美味しいのよ』
「マキタ夫人、新しいものも詳しいのね!」
『主人も私もなにかを集めるのが大好きで、流行りが変わるたびに買っちゃうの。2階がコレクション部屋なんだけど、ちょうどサカタ夫人に見せたいものがあるの!』
「あら素敵!マキタご夫妻のコレクション、是非見てみたいわ」
階段を上がり案内された2階の部屋には、1階よりもさらにたくさんのものが山積みになっていた。整頓されていないそこは、豪華や煌びやかを通り越し、コレクション部屋というよりはゴミ屋敷のようであった。
「マキタ夫人、これはどこで買ったの?素敵な花瓶ね〜」
サカタ夫人は山の中から、ひとつの花瓶を手に取った。
『あー、それ‥‥えっと、どこだったかしら。名前が出てこないわ』
「昔に買ったものなの?」
『最近買ったんだけど、えーと、なんだったかしら‥‥』
「あ!じゃあこれは?」
今度はクロコのバッグを手に取った。
「高級そうね!でも見たことないブランドだわ」
『あー、それどこのバッグだったかしら、えーっと名前が出てこないわ。あ、サカタ夫人に見せたいものが‥‥えっと、どこに行ったのかしら』
「あら、ここの掃除機とっても高いのに、もう使ってないの?」
『え?えぇ。マシンも新しいのが出るからすぐ買っちゃうのよ。‥‥あれ?私、今なにを探していたのかしら』
「やだ、この書道もすごい素敵ね!でも、なんて書いてあるのかしら」
『あー、なんだったかしら。同じような意味の作品がたくさんあって、思い出せないわ』
「あ、ねぇ。このコートも肌触りがいいわねぇ」
『あー、それいつ買ったのかしら。あれ?私サカタ夫人になにを見せようとしてたのかしら‥‥。あー、もう!ものがいっぱいで思い出せないわ!』
こうしてサカタ夫人が質問してみるも、マキタ夫人はなにひとつ思い出せず、サカタ夫人に見せたいと言っていた品の正体は、今も分からないままである。