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第八話 元婚約者の復縁要求



 あのような驚くべき事が起こった夜会の直後にも当然学院はある。

 長期休暇前の試験期間を控えた時期だから、欠席を考える者は基本的にはいない。


 ルイーザとレオンは昨夜体を重ねた後も、いつも通りの生活を送っていた。少しぎこちないかもしれないが、二人とも何もなかった振りをする。


 ルイーザは馬車の中から窓の外を見ているレオンを、ほんの少しだけ首を向けて見やった。対角線上に座っているが、うっかりすると目が合ってしまう。沈黙の中、そんな事になったらいたたまれない。

 でも、帯剣し、足を組んで座るレオンの引き締まった体に目が引き寄せられてしまう。

 

 彼は昨夜ルイーザを好きだと言ってくれたけれど、今彼がどんな気持ちでいるのかは分からない。面倒な事をしてしまったと後悔しているかもしれない。

 馬車から降りる時も、レオンが差し出した手には手袋がはめられていた。先日までは手袋をしないまま、気軽に手を貸してくれていたのに。



 学院では、人気者だったソフィアが隣国の王子に見染められたという話で持ちきりだった。大勢に目撃されていたし、その中には学院の生徒もいたのだから当然の事だろう。

 彼女が直前に婚約していた事は多少なりとも知られていたはずだったが、それは忘れ去られたかのように、昨日の夜会での出来事を美化したような話に皆が花を咲かせている。

 他の生徒とのすれ違いざまにも、教室のあちこちからも、それらしき話が聞こえてくるくらいだった。


 ルイーザの元婚約者で、話題のソフィアと婚約したばかりだったヘイゲンは学院にはいるはずだ。

 ルイーザと魔力のほとんどないヘイゲンは履修科目が違うので、婚約していた頃も待ち合わせをしない限りまず顔を見なかったのだが、今では彼は、実家からルイーザには近づかないようにと厳しく言われているはずだから、彼の姿を見る事は無かった。近況ももちろん知らない。



 レオンとはいつも通り常に一緒に行動している。昼食は食堂でとる事にしているので、今二人は食堂で二人掛けの席に向かい合って座っていた。

 これまでは話題を用意する必要はなかったが、ルイーザは今日はこの時間に話す話題を前もって考えていた。そうでなければ気まずい空気の中、昼食を食べられる自信がなかったのだ。


 以前、両親とルイーザの将来の話になった時の事に触れるつもりだった。

 レオンは、学院が終わってルイーザを屋敷に送り届けた後は、普段から定期的に騎士団に顔を出していて、そんな日はルイーザが寝る前には帰ってくるが基本的には帰りが遅い。

 この話題が出た時には彼はいなかった。

 話し始める前に、念のためルイーザは防音魔法を使った。レオンの進路は国家機密に抵触する恐れがあるからだ。


「将来の話?」

「ええ。以前聞かれたのだけど、領地経営をする事ばかりを考えていたから、特に思い浮かばなくて」


 レオンは学院を卒業した後は、このまま魔法騎士団に入団する事になっている。父と話して決めたらしい。

 というのも、魔法騎士団は大幅な再編を予定していて、今後は魔法が使えない騎士も抱えるつもりらしい。


「魔法に長けた者が一人いれば、大抵の事は出来るしね。魔力の強い奴ってのはどこの部門からも引っ張りだこだろ。人材の確保はいつでも大変らしくてさ。昔ながらの方法は改めるらしいよ」

「あなたがその実験だったのね。特例としてあなたを騎士団に入団させるにしても、お父様が他の騎士団を検討しないのはおかしいと思っていたの」

「それは手元に置いておいた方が都合が良かっただけだと思うけどね。ルイーザは本当にやりたい事はないのか?」


 ルイーザは肩をすくめた。昔からルイーザに何かやりたい事があったとしても、それが叶った事はなかった。彼女の安全を確保するためには仕方がなかったのだと思う。

 新しく何かを試してみようとして他人を近くに置いてみた結果、彼女が襲われかける事が何度もあったのだから、両親としても慎重にならざるを得なかったのだろう。


 そのためかルイーザは、やらなければならない事をこなす事は出来るが、夢だとか将来の目標だとかいうものは持った事が無い。

 このまま領地経営にだけ専念してもいいと言われているのだが、それだけではいけない気はしていた。


 ルイーザは何も知らないのだ。他の人が当然知っていたり出来たりする事に戸惑う事が多い。

 思惑があって近づいてきたらしいソフィア以外に友人が一人も出来なかったのもその一つだ。圧倒的に人付き合いの経験値が不足している自覚はあった。

 そして、もうずいぶん前から自由に出来る事も多くなっていたのに、何をしていいか分からないまま惰性で過ごして来てしまった。


「そのうち見つかるかもしれないだろう。やりたくて仕方ない事が」

「レオンは昔から騎士になりたかったのよね」

「他の職業を知らなかったしな。それに、公爵家に雇われてからはルイーザを守る事が俺の役目だからね」


 レオンは綺麗な手つきで食事をしながら言った。きっと彼は何の気なく言ったのだろう。

 でもルイーザの気持ちは複雑だった。彼女はレオンに守られているのを当然の事として受け入れてきた。でもそれは甘えだったのかもしれない。もっと防御魔法や攻撃魔法を習得しておく事も出来た。

 そうしたら、レオンは学院でももう少し好きな勉強が出来ただろうし、ルイーザとずっと一緒にいなければならないという事が無ければ、友人も作れただろう。

 

 でも、そう思った瞬間、それは嫌だと思ってしまう。他の生徒と関わったら、彼に恋人が出来たりもするかもしれない。それを想像すると、とても苦いものが込み上げてきた。


 それからは無言のまま食事を終えて、次の授業に向かうだけという所だった。

 急にレオンが剣に手をかけて立ち上がった。何事かと後ろを向いた先には、元婚約者のヘイゲンがいた。整った顔に笑顔を浮かべてはいるが、その顔には違和感があった。


「ルイーザ。防御魔法の中にいろ」

 レオンに言われて彼女は急いで魔法を発動させた。


「ルイーザ! 僕は騙されていたんだ! あんな女のせいで愛する君への気持ちを忘れてしまうなんて。もう一度婚約しよう!」


 ヘイゲンはルイーザによく「愛している」と言っていたが、それが婚約者に対する義務的なものである事はルイーザにも分かっていた。

 ソフィアに言っていた時には本心から出たもののように感じたのだが違ったのだろうか。だとしたら彼は誰に対しても不実だ。


 ルイーザは周囲にも全ての会話が聞こえるように、ルイーザとレオンの声を遮ってしまう防音魔法を解いた。それと同時にヘイゲンに見られない位置で、手の平の上に蝶の形をした伝言用の録音機を出現させた。

 それは緊急事態発生時に行うと決められている手順通りの行動だった。


 何にしろ、彼は公爵家から実質縁を切られている。再び婚約を結ぶなどということは万が一にもあり得ない。


「ヘイゲン様。私たちが再び婚約を結ぶなんて、そんな事が出来るわけはございませんでしょう? そしてここは学院の食堂、つまり公共の場です。すぐにこの場を立ち去ってください」


 早口でそう言うと、ルイーザは蝶を父のもとに飛ばした。人に見られる前にそれは掻き消えた。


 ヘイゲンは引き下がる気配がなかった。レオンがルイーザの前に立ちはだかっているが、彼にはレオンが見えていないかのようにルイーザに語り掛けてくる。


「君から言ってくれれば、公爵閣下も認めてくださるだろう。さあ、僕の手を取って。一緒にお願いしに行こう」


 彼はそう言うとルイーザに近づこうとした。そして一瞬のうちにレオンに足を払われて床に転がり、背中を踏みつけられながら腕を後ろで拘束された。

 レオンの鮮やかな手並みに、ルイーザは拍手を送りたくなった。周囲には実際に歓声を上げる者さえいた。


 そんな生徒の人だかりが出来かけていた時、彼らが近づくより先に床に大きな魔方陣が出現し、次の瞬間には四人の人影がそこにいた。

 ルイーザの父親であるコルトバーン公爵と彼の部下である三人の魔法騎士たちだった。彼らはその身分を示す刺繍が入れられた腰までの長さのローブと、立派な剣を携えていた。


「ちょっと、長官、どこに飛ばすかぐらい言ってくださいよ。あ、ルイーザ様。お久しぶりです」

「学院の食堂だよ。やあ、ルイーザ、レオン。遅くなったね」

「わ、懐かしい。変わってないな。よう、レオン忙しそうだな」

「で、我らはなぜこのような場所に?」


 ざわついていた生徒たちも急な大物たちの登場に、さすがに口をつぐんでいる。


 父はレオンに押さえつけられているヘイゲンを顎で指し示すと「あのゴミを回収する。牢にでも入れておいてくれ」と言った。

 その声に三人が動き出し、レオンからヘイゲンを受け取ると無理やり立ち上がらせる。


「レオンがいるなら、俺たちが来なくても平気だったでしょうに」

「相変わらず過保護ですね」


 部下たちに呆れ気味にそう言われていた父はそれを無視してルイーザに向き直った。


「一度、学院長室に寄って経緯を説明しておくよ。ではルイーザ、また屋敷で。レオン、頼んだよ」

 父はそう言うや否や三人の部下と、何やら喚き始めたヘイゲンを連れて消えた。

 

 本当に何分かの間の出来事だったのだが、周囲がすぐに落ち着きを取り戻すはずもない。

 ルイーザとレオンは彼らの視線の中心にいた。じきに職員も駆けつけてきて、何が起きたか説明しなければならなくなるだろう。


「ルイーザは屋敷に戻った方がいいと思う。公爵が事情を説明しているからこのまま消えても問題ない。授業はあきらめよう」

 彼女の安全を第一に考えてくれたレオンの判断にルイーザは頷いて、「では帰りましょうか」と言って彼に手を差し出した。


 直接彼の手が重なった瞬間、胸が苦しくなった気がしたが、それを無視して彼女は転移魔法を発動しその場を去った。



つづく……

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