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第二話 婚約者と友人の裏切り



 コルトバーン公爵家の別棟ではその日、名だたる大貴族から、場合によっては下級貴族まで招待された宴うたげが執り行われていた。


 そのような一見雑多な招待客がいるのは、公爵家の跡取り娘であるルイーザの王立学院の関係者から、父親である公爵の関係者まで多岐にわたる人々を招待する必要があったためだった。


 なぜならば、その宴はルイーザの十八歳の誕生祝いとして開かれたものだったからである。

 成人に達した彼女は正式な跡取りとして公式に認められる。そのような大切な節目を祝うためのものだった。


 ルイーザと直接の交友がなくとも、一定の爵位を持つ、同学年に子女を持つ家は全て招待されていた。その他にも公爵家が将来的に繋がりを保ちたいと考える他学年に子女が在籍している家々にも。

 そして単純に、公爵家の持つ身分上、社交の場となれば招待状を出さざるを得ない家々からも参加者がいる。互いに迷惑に思おうと、それは社交上必要であるから断る事は出来ない。

 比較的身分の低い家はそのような場で繋ぎたい縁もあるという事で、出席者は多かった。


 会場となった広間には、溢れ返らんばかりの老若男女がひしめき合っている。そして一段高い壇上にいるのがこの日の主役のルイーザだった。


 表情の変化は少ないものの、豊かな黒髪を結い上げて大人びた青い瞳で相手を見返す美貌の令嬢には会場中から羨望の眼差しが向けられていた。


 だが、自分の息子を、公爵家を継ぐ事が決まっているルイーザの両親に売り込もうとする貴族は基本的にはいない。それは、彼女にすでに婚約者がいるからである。ルイーザはこのような時だけ、特に気が合うわけではない婚約者のヘイゲンの存在に感謝する。


 その婚約者はというと、先ほどまではその父親のセドロセン侯爵と共に壇上近くに設置されたいくつかのテーブル席の辺りで他の貴族たちと挨拶を交わしていた。ところが、今はその父親の姿しか見えない。


 ルイーザは手の届く距離に目立たないように控える護衛のレオンに彼の行方を知っているか、広げた扇で口元を隠しながら聞いた。


「先ほど会場を移動していたのは見た。学友たちや、お嬢様の友人の女子生徒とも話をしていた。会場を出て行くところまでは追ったが。どこにいるか調べさせようか?」


 婚約者のヘイゲンは、ルイーザと違い友人が多い。おそらくどこかの個室で歓談でもしているのだろう。

「いいえ。必要ないわ。特に用事はないから」


 いつまでもこの会場の中に居続けるのは、特段の目的でもない限り、多少なりとも苦痛を伴うだろう。

 ルイーザもそうだった。人が多すぎるのだ。

 こんな誕生日を彼女は望んでいなかったが、立場上そうも言っていられない。だが、それでも限界は来るもので、休息を求めてレオンに頼んで父親に許可をもらうと、彼を連れて会場を後にした。


「疲れたな。どうする? 控えの間に行くか? 外の空気を吸いたいが、バルコニーも人が多そうだ。庭園もね」

「一度部屋に戻りたいと言ったらあなたは困るかしら?」

「転移魔法を使うなら。いや、外を歩きたいなら俺は構わないが、ルイーザが疲れても困るから」


 ルイーザが歩いて移動すれば、解放されている区域を自由に歩き回っている人々からの祝いの言葉に耳を傾けないわけにはいかず、そうすればそこに人が集まってきて休憩どころではなくなってしまうだろう。


「もちろん転移魔法を使うわ」

 そう言ってレオンの手を取ると彼も頷いたので、魔方陣を一瞬で描き発動させる。次の瞬間彼女たちがいたのは、ルイーザの居室の一つである居間だった。


「飲み物が欲しいな。ここには用意されていないよな。誰か呼ぶよ」


 呼べば誰かは来てくれるだろうが、別棟に大勢の使用人が配置されていて、こちらは人手不足なはずだ。ルイーザは彼らに余計な手間はかけさせたくなかった。


「寝室に水差しがあるから、それでいいかしら。私が取りに行くわ。あなたはこちらで休んでいて。ずっと気を張り詰めて疲れたでしょう」


 レオンにそう声をかけて彼女は隣の寝室に向かった。子どもの頃からの付き合いとはいえ、男性を寝室に入れるわけにはいかない。

 足元の分厚い絨毯は彼女の足音を吸い込み、隣室に通じる内扉も音一つなく開いた。


 だから、その時聞こえてきた人の声に、ルイーザは心底驚いた。異変に気づいたレオンも駆けつけてきた。


 その声は明らかに艶と欲望に満ちており、おそらく男女が睦み合っているのだとすぐに分かった。

 ルイーザは困惑して、『これはどうした事かしら』とレオンに二人で作った指文字で問いかけた。彼は厳しい顔で首を横に振った。


 ルイーザとレオンは衝立から出ない所で足を止めていたので、中の人物たちは彼女らには気づいていない。自分の部屋なので、ここが死角なのは分かっている。


 レオンが踏み込もうとするのを視線で止めて、彼女は手の中に透明な球体を作り出し、それを天井に放った。そして、また同じものを作るとそれを覗き込む。

 先に作った方の球は、外から差し込む光にぼんやりと照らされた室内の色に溶け込んでソファの真上に到達し、その二人を映し出した。

 ルイーザもレオンも、それを見て流石に自分の目を疑った。


 ソファの上で睦み合っていたのは、ルイーザの婚約者であるヘイゲンとルイーザの唯一の友人であるソフィアだった。


 ルイーザは心を動かさないように努めた。そしてそれは難しいことではなかった。慣れているからだ。

 彼女は、横で剣の柄に手をかけて凶暴な顔をしているレオンの手を音が鳴らない程度に叩いて、彼を止めた。


 レオンは指文字を使って言った。


『早く誰か呼びに行こう』


 ルイーザは首をかしげた。ここで家人を呼んで二人を捕らえたとしても、今のところ、酒の勢いだとか、遊びだったなどと言い訳が出来てしまう状況だ。


『決定的瞬間をこれに収めるまでは待ちましょう』


 手の平の上の球体は映し出しているものを保存する事が出来る。


 怪訝な表情を浮かべたレオンをよそに、ルイーザはその時を待った。ひときわ大きな声を上げた二人が抱き合ったままその動きを止め、何やら睦言をささやき合うのを見ると、ルイーザはレオンを連れて、やはり音もなく居間に戻った。すぐに「どういうことだ」とレオンが囁いた。


「口だけでは言い逃れが出来てしまうでしょう。証拠を確保しただけよ」


 今もなお、彼女の手の上にある球体は侵入者たちの様子を映し出していた。起き上がった二人は手慣れた様子で中途半端に脱いだままだった服を直すと、堂々と寝室から出て行った。


「休憩という気分ではなくなってしまったわね。宴に戻りましょうか。全てのお客様をお見送りしたら、これをお父様とお母様に見ていただかなくては」


 レオンは悲しげな眼で彼女を見た。

「平気なのか」


 ルイーザは平気ではなかった。でも、その振りをするしかない。まだ宴の最中だし、平気ではないなどと言えばレオンがヘイゲンに剣を抜きかねない。


「人は裏切るものよね? 久しぶりに思い出したわ」

「俺は裏切らないぞ」


 レオンは出会った頃からそうだった。ルイーザが傷ついていると、そう言ってくれる。


「あなたがそう言ってくれるから平気よ。それよりも、お父様の方がお怒りになると思うわ」

「そりゃそうだ。早く旦那様に見せようぜ」

「宴が終わったらね」


 そう言ったルイーザはレオンの手を取ると、転移魔法で別棟の控えの間に戻ったのだった。



つづく……

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