第十三話 両親の思惑
どう見ても二人で朝を迎えたとしか思えない状況を目撃されて、ルイーザとレオンは言葉を発せられないままでいた。
そんな二人を、目が笑っていない微笑を顔に張り付けたまま見やった母は、二人とも服装を整えてから朝食を食べに食堂に来るようにと言うと、ルイーザの寝室から出て行った。
普段のルイーザは朝食は自室で食べるし、レオンは使用人用の食堂で済ませている。
しかし、二人が食堂に入るとすでに父と母が先に席ついていて、レオンも共に朝食の席につかされた。
父がこの時間にまだ屋敷にいるのは珍しい。いつもならばすでに王宮に出仕している時間だ。
ルイーザの視線に気づいたらしい父は、学院には遅刻の連絡を入れてあるし、自分は休みを取ったと言った。
叱責されるに違いないのに、ルイーザには食欲などない。両親も食事に手をつける様子はなかった。
ルイーザとレオンの席は隣同士なので、机の下で手を伸ばして互いの指先に触れ、握り合った。
初めに口を開いたのは父だった。
「さて、レオン。どういうつもりでルイーザの寝室に居たのかね?」
「あの、お父様、レオンは悪くないのです。お叱りは」
「私はレオンに聞いているのだよ、ルイーザ。黙りなさい」
「……はい」
レオンはルイーザの手を一度ぎゅっと力を込めて握りしめると、淡々とした表情で言った。
「お嬢様を愛しているので、抱きました」
公爵は特に表情を変える事はなく、今度はルイーザの方を向いた。
「ルイーザも同じ気持ちでレオンを受け入れたのかね?」
「はい。そうです。ですが、レオンは悪くないのです。私が甘えてしまって」
父は手を上げて眉を寄せた。口を閉じろという事だ。ルイーザは不安をおさめるために、絡めているレオンの指先を握る指に力を込めた。
「おまえたちには、心底がっかりしたよ」
ルイーザは父にそう言われてしまえば、顔を下に向けるしかない。レオンも同じ気持ちだったようでうつむいていた。
二人の指先がどちらからともなく離れた。
ルイーザは公爵家のたった一人の跡取りとして不足のないように、両親を失望させないように頑張ってきたつもりだった。
レオンも拾われた恩に報いるために、父が力を貸してくれると言った騎士になるという夢を追いかけて努力を惜しまないと昔から言っていた。失望されるのは辛いだろう。
二人は引き離され、互いに違う道を行く事になるだろうとルイーザは思った。
ルイーザの母が長い溜息をつくと同時に、目の前の皿にフォークを突き立てた。
「同感ですわ。こんな間抜けな話があって? 寝過ごしたせいで関係がばれるなんて」
「まったく。こんなに面白くない状況でおまえたちの気持ちを聞く事になるとは思わなかったよ。育て方が悪かったのかな。二人とも真面目過ぎるし、奥手過ぎるんじゃないかい?」
「本当に、ようやくこの日が来ましたわねえ」
ルイーザも、そしてレオンも、始め二人が何を言っているか分からずに困惑し互いに顔を見合わせた。
「レオン。私は一年以上前から、こちらの有責で婚約破棄をするための書類を作っていたんだよ? おまえがぐずぐずしていたせいで、それが無駄になったんだ。その上、別の婚約破棄の書類を作らなくてはいけなくて、あの日は寝室にも戻れなくて、本当に散々だったんだよ?」
「……は……?」
「どうするつもりなのかと見守っていても何も行動を起こさないし、ルイーザの新しい婚約者の話をしても何も言わないのだもの。あなたたち、まさかそのまま別れるつもりだったの?」
「え……?」
「ルイーザ、何を呆けているの。私はあなたたちに怒っているのよ。若いのだから、逃亡劇くらい見せてくれると思っていたのに!」
母はフォークに突き刺していた肉片を口に入れて不満げな顔で咀嚼している。その横で父は行儀悪くテーブルに肘をついて、手に顎を乗せてこちらを見ている。
「私なんて、二人が逃亡した時に、連れ戻しついでに演習をしようと、うちの騎士団で計画まで作っていたのに。みんながっかりするだろうね。計画を立てるのにどれだけの時間をかけてきたか」
「え、は? 計画!? まさか、騎士団の皆んな、知ってたんですか!?」
「おまえたちの関係の事かい? 当たり前だろう? おまえは堂々とルイーザの部屋を使っておきながら、本当に隠せていると思っていたようだがね」
「監視してたんですか!」
「まさか。そんな悪趣味な事はしないよ。だが、あんな不愉快な侵入事件があったからね。私は新しいルイーザの寝室に厳重に結界を張ったんだ。中で誰がどのくらい行動したか分かるくらいには、いろいろな対策を講じてね」
レオンは両手で頭を抱えて唸った。
ルイーザもそうしたかった。なぜ両親は、ルイーザとレオンが結ばれるのが当然かのように話をしているのだろうか。まったく頭が追い付かない。
ルイーザは目の前で食事を続けている母におずおずと尋ねた。
「あの、私は身分の釣り合う相手と結婚せねばならないと……」
「そんなものどうにでもなるでしょう。他家の養子にして身分の釣り合いを取らせてから身分差のある恋人を娶るなんて、よくある話ではないの」
ルイーザも、もちろんそう言った話を聞く事はあった。しかし、自分たちにそれが当てはまるなんて考えた事もなかった。
レオンは彼女よりもさらに驚いた顔で言った。
「なんで……俺みたいな、魔力も無い奴を……」
それに対して、母は呆れたように言った。
「だからじゃないの。あなた、そもそもルイーザの結婚相手の候補だったのよ。これ以上面倒な力が受け継がれても大変だもの。魔力が無いからいいんじゃないの」
「そんな事、一度も言った事無かったじゃないですか!」
「察しなさいな。学院に入学してから、あなたが寝支度をするルイーザのメイドたちの監視やルイーザの安否確認をする事にしたのは何のためだと思っているの? 年齢から言って、普通男性にそんな役目を任せるわけがないでしょうに」
レオンはまた頭を抱えた。今度はルイーザもうつむいて顔を手で覆った。
両親のやりようはいかがなものかと思ったが、確かにこれっぽっちもおかしいと思わなかったルイーザもたいがいだったと、今ならば思う。
あんなに無防備な姿で、鍵もかかっていない扉一枚隔てた所にレオンが毎日いたのだから。
父によると、レオンは学院卒業後、正式な騎士となった後に、公爵家の遠戚の伯爵家の養子となり、その後ルイーザと婚約する手はずがすでに整えられているという。
「閣下、本気ですか」
「私はルイーザをないがしろにしたり、謀ろうとするような奴に、大切な娘をくれてやる気などもともとなかったからね。ヘイゲンの本性はすぐに分かったから、ただの虫よけに使っていただけだ。私は初めておまえとルイーザを引き合わせた時から、おまえでいいと思っていたよ」
父はそう言うと、レオンとルイーザに人の悪い笑みを浮かべた。
「手が遅いのは減点だよ、レオン」
「誠実だと言ってくださいよ」
いつの間にか食事を終えていた母はルイーザに、結婚披露の際に着るドレスを注文する職人の名を上げて、いつから考えていたのかドレスについて口早にまくしたて始めた。
ルイーザはそれに答える気力もなく、口を閉じている口実にするために冷めきった朝食を食べ始めたのだった。
◆
二人が非常に楽しそうな公爵夫妻にようやく解放されて二人きりになれたのは、それから随分と経ってからだった。
学院は今から行ってもほとんど授業を受けられないし、二人とも疲れ切ってしまって、その日は休む事になった。
むしろ、二人でよく話し合うようにと、公爵夫妻に強引にそうさせられた。
二人はルイーザの居間に並んで腰かけていた。
以前から二人の事を知っていたと言いたげな顔で微笑みかけてくるメイドたちは、二人分のお茶を入れると全員が部屋から出て行った。
「本当に皆に知られていたのね……」
「馬鹿みたいだ。あんなに悩んで。ルイーザを諦める覚悟をしていたなんて」
「私もよ」
二人は疲れた声でそう言うと、どちらともなく笑い始めた。しばらくして笑いがおさまると、レオンが彼女の手を取って、大切なもののように両手で包み込んだ。
「ルイーザは本当に俺でいいのか?」
「レオンこそ、私でいいの?」
二人は互いの頬に手を添えて引き寄せ合った。
「もちろん」
「私も……」
二人は一度扉の方を気にしてから、深いキスを贈り合った。
つづく……