第十二話 禁断の関係がバレる時
長期休みが終わり、学院へ通う日々が戻ってきた。
馬車の中は、ルイーザとレオンにとって、寄り添って手を握り合っていられる貴重な空間となっていた。
ルイーザが窓に外から中の様子が認識できなくなる魔法と防音魔法をかけてしまえば、その中でキスをしていても、愛を囁いていても誰からも咎められる事はない。
二人は、ルイーザの新しい婚約者については話さなかった。
一度ルイーザが「相手を連れてこられても、ヘイゲンの時と違って私の意思は確認されると思うの。出来る限り断るわ」と言った。
レオンにとってはそれすら夢のような事だった。彼女が少しでも長く自分と一緒に居たいと思ってくれているというのは。
だからレオンは、彼女がどうしても断り切れなくなったら、きちんと身を引こうと思っていた。
自分のような出自さえ分からない、魔法も使えない奴が、ルイーザの輝かしい未来を曇らせるわけにはいかない。
自分とどこか遠くへ行こうと誘いたかった。しかし、レオンは魔法騎士団の力をよく知っていた。いくらルイーザの魔力をもってしても彼らはもとより、公爵の手から逃れられるわけはない。
彼女の名に傷をつけるわけにはいかない。
レオンは今は腕の中にいるルイーザに何度も口付けた。
◆
そんなある日、また夕食の後のお茶の時間に公爵が言った。
ソフィアの不貞が発端となって隣国では国内が大きく二つに割れているという。
ソフィアに魅了され、彼女と関係を持ってしまった高位貴族と第一王子の間には深い溝が生まれ、そのために隣国はいつ内乱が勃発してもおかしくない状況であるらしい。
「国自体が二つに割れて、崩壊する可能性すらあるようだ。我が国にも影響がないとは言えないから、なるべく穏便に済ませて欲しいが」
「まあ……。まさかそのような大事になるなんて。お父様。ソフィアはまだ囚われているのでしょうか」
「そこまでは分からない。だが、そう簡単に殺しはしないだろう。少なくとも、貴族側は彼女に想いを残しているとか。第一王子は、交渉の駒として使うために彼女を生かしておくのが自然に思えるね」
ルイーザはある程度の覚悟を持って、ソフィアを隣国へ追いやる計画に協力した。
しかし内戦だとか、そんな恐ろしい事に繋がるとは思ってもいなかった。
ルイーザは思わず口元に手をやった。
「ルイーザ。自分を責めているのならおやめなさい。計画を立てたのはあなたではないし、どのような結果になったとしても、あなたが責任を感じる必要はないのよ」
「はい。お母様」
ルイーザはそう答えたが、責任を感じないわけがない。分かっていて加担したのだ。ソフィアはきっと大勢の人間を虜にすると。多くの人を傷つけるだろうと。
でも、自分には今のところ出来る事はない。ルイーザは下げていた目線を上げたが、軍事的な話をしているレオンと父を見つめる事しか出来なかった。
◆
その日のルイーザは、いつも夜のうちに自分の部屋へ戻るレオンを引き留めてしまった。
「ルイーザ。さっきの話を気にしているのか?」
そうルイーザに聞いてくれた彼だったが、答えられないルイーザに無理に話をさせようとはせずに、「明日の朝、皆んなが起き出す前に戻るよ」と言って、レオンはルイーザを抱きしめて眠ってくれた。
ルイーザが次に目覚めたのは、まだ深い静けさが辺りを包む時間だった。
いつも起きた時には姿がないレオンが隣で寝息をたてている。二人は向かい合うようにして手を握り合って眠っていた。
ルイーザはまたしても自分の力が恐ろしくなっていた。以前に同じような感情を抱いた時よりもずっと強い恐怖心だ。
おそらく自分は、普段は制御している力を使って何でも出来る。
魅了の力ばかりか、父親譲りの魔力を持ってすれば、一瞬で大勢の命を奪う事すら出来る。今はそのやり方をあえて知らないでいるだけだ。
父に隣国の話を聞いて、もしこの国が戦禍に包まれるような事があれば、ルイーザはそれでもこの力を秘匿し続けるのかと自分に問いかけた。
答えは出なかった。
レオンと一緒にどこか遠くへ、彼女の力が誰にも迷惑をかけない場所に行けたらいいと思ってしまう。
でも、そんな無責任で我儘な、レオンの人生までめちゃくちゃにしてしまうような事が出来るはずはない。
レオンの事を諦めて他の人と結婚するしかないのも分かっている。
でも、今だけでいいから、彼との未来を夢に見たかった。
ルイーザは再び眠ろうと彼の腕の中に潜り込んだ。
「……ルイーザ?」
「あ……ごめんなさい。起こしてしまったわね」
「眠れないのか?」
「ええ、少し。いろいろ考えてしまって」
レオンはルイーザを強く抱きしめながら言った。
「どこかに逃げ出したい?」
なぜ彼にはルイーザが考えている事が分かるのだろうと思いながら、悩んだ末に本音を言った。
「レオンと二人でどこかに行ってしまえたらいいと思うわ」
「うん。俺も同じ事を考えたよ。でも逃げ切れるとは思えないし、誰も幸福にはならない。俺たちもね。引き離されるだけだ」
「ええ。そうね。分かっているわ」
「ルイーザ。でも俺は、ルイーザが本当にここに居られないと思ったら、一緒に逃げるよ。全力で、ルイーザの転移魔法と俺の、中途半端だけど、剣技でしのげば、しばらくは一緒に居られる」
彼は優しい声で言って強く抱きしめてくれる。それだけで嬉しかった。
でも絶対に実行は出来ない。連れ戻されてレオンが罰せられるだけだ。
「ねぇ、レオン。キスしていい?」
「ん。して」
ルイーザは彼の腕の中から抜け出すと、寝転がっている彼の上からキスを落とす。
二人は抱き合いながらしばらく互いの髪を撫でたり、体に触れたりした。
そうしていると、ルイーザは満ち足りた気持ちになって眠気に襲われる。
「ん……レオン、寝てしまいそう……」
「おれも……」
二人は互いに触れながら眠りに落ちた。
◆
ルイーザは、その朝、好きで好きでしかたない声に呼ばれて目を覚ました。しかし、彼の声は少し焦っている。
「ルイーザ、起きてくれ。まずい。もう出る時間だ!」
レオンのその言葉にルイーザは慌てて起き上がった。だるい体に鞭打って置き時計を見る。
「……なんてこと」
「早く服を」
「え、ええ」
ルイーザはもう手遅れなのは分かっていた。
この時間までメイドが一度もやって来ていないはずはない。レオンが見られた可能性が高い。
いや、見られていない方がおかしい。ルイーザと一緒の毛布にくるまって、ベッドの上にいたのだから。
レオンが服を着終わり、ルイーザが寝巻きの上にガウンを羽織り終わった頃だった。
ノックの音と共に、母が部屋に入ってきた。その顔に表情はないが、口の端だけは上がっている。が、目は少しも笑っていない。
「お母様、これは私が悪いのです。レオンは何も悪くありません」
二人は引き離されまいと手を握り合った。
つづく……