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#9 継ぎ足し厳禁

 あー、今日も今日とてコキ使われたぁ。

 就業時間終了のベルが流れると、私はゆっくりと凝り固まった首と肩をゴキゴキと回した。


「肩こりか? 態度だけはいっちょまえよのぉ。」


 医療キャップを外したポピさんが薄紫色の長髪を揺らしながら、チンピラみたいに煽ってくる。


「へへ。早く技術も追いつくようにしたいです。」

 

 ポピさんの軽いパワハラをぬるっと受け流しながら、私は椅子から立ち上がった。


(でも、現世で外せない酸素マスクとともに死にかけていたことに比べたら、肩こりくらい可愛いもの。

 ここは天国に違いない!)


 って毎日、呪文みたいに自分に言い聞かせてるんだけど、いつかゼッタイに草はえる。フゥ。


 電気の消し忘れの最終確認をしてから最後に部屋を出ようとしたジアさんが、不意に後ろから私の肩を叩いた。


「新人、バックを忘れていますよ。」


 私のウエストバックを手にしたジアさんと目が合った瞬間、溶けかけていた身体がシャキッとした。


 あぶなッ!

 私はこれがないと異能者としての仕事ができないんだから、忘れないように気をつけないとね。


「しゃーせん。」


 私が受け取ろうと手を出すと、ジアさんがニヤリとしてヒョイとバックを上に持ち上げた。


「はい、あげたお!」


 うわ。たまに、ジアさんはこういうイタズラを平気でしてくるから対応に困る。

 スルーしたらしたで怒るから、余計に手に負えない。


 ん、待てよ。


 私はニヤリと口の端をゆがめた。

 嫌い嫌いも好きのうちってね。

 わざと好きな子に嫌がらせをする男の子も世の中にはごまんといるみたいだから、まさかジアさんも・・・。


「もしかしてジアさんは私のこと・・・。」


「好きじゃないお! 百パな‼」


 私が言いかけた言葉を遮って、ジアさんがつばを飛ばして叫んだ。


「勝手な妄想すな!」


(またエンパスを駆使された!)


 バックを私に投げるように押し付けてサッサと階段を降りて帰ろうとするジアさん。

 私はその背中のうしろで顔を赤くして悶えた。

 勝手な妄想するのは、個人に与えられた最低限度の自由だと思います!


 そう思っていたら、急に先に歩いていたジアさんが振り返ってギョッとした。


「それにしても新人、バックに何入れてるの?」


「あ、私の異能・・・の補助的な物です。」


 急にバックの中身に興味を持たれた私は、正直ドキドキしていた。

 この世界には消毒液を入れるプラボトルが存在しないから、なんて説明していいか分からない!


「ふーん。中身軽そうだから、そろそろ補充しないと、デブリスと戦う時に戦力にならないんじゃないんですか?」


「でっ、ですよね~アハハ! そのうち満タンにしておきます♪

 では、お先にしつれいしますッ‼」


 私は青ざめながらバックを両腕に抱え込んで、ジアさんを追い越して階段を駆け下りた。


 ※ 


 ずぅぅん。

 どしよ。


 マヂでヤバイんです。


 消毒班の寮のロフト付き六畳ワンルームに帰った私は、エタノールのプラボトルを手にベッドの上で頭を抱えていた。

 エタノールの補充問題は、まさに死活問題。


 意識すると怖くなるから、あまりエタノールの残量チェックはしないようにしていたの。

 でも最近は緊急出動に同行させてもらえることが増えたので、確実にスプレーの内容量が減っていることは分かっていた。


 元の世界なら詰め替え用の商品をネットショップに発注するだけなんだけど、この世界の消毒液は異能力者の身体から生成される神秘的産物なのだ。

 それならいっそ、私を助けてくれたエチルさんに正直に全てをさらけ出してみる?

 いやいや、エチルさんにだけは異世界人とバレるわけにはいかない。


 だって、異世界人のせいでこの世界に未知のウイルスが拡散したという説をエチルさんが提唱しているくらいだから、バレたら絶対に大学の奥に閉じ込められてホルマリン漬けにされるか生の人体模型にされるに違いない。

 もしくは警察に捕まって牢獄に監禁されるとか?


 うーん・・・どれも、い・や・だー‼

 悩みに悩んだ私は、職場の中でいちばん人柄が良いウルさんに相談することにした。


 ※


「僕に話って、どしたの?」


 30分遅れて待ち合わせのプレイルームに現れたウルさんは、上は白Tシャツに下はジャージ、サンダルを足につっかけて・・・という超部屋着スタイルだった。

 私も寮ではほぼ似たような格好だから、親近感を感じるわ。


「髪がまだ濡れてますけど、銭湯帰りですか?」


「うん。今日もデブリスに汚されたからねぇ。

 でもイーオから伝達ドローンが来たから、これでも急いで来たんだよ~。」


 急に呼び出したのに、優しすぎる!

 私は思わず、目の前の自販機で瓶のコーヒー牛乳を買ってウルさんに捧げた。


 それから布製の三人掛けソファーに並んで座り、私はウルさんがコーヒー牛乳を飲み終えてから切り出した。

「早速ですが、私の友だちの話なんですけど・・・あ、部隊には入っていないコの話です。

 スランプで異能が使えなくなったらしいんですよ。

 そういう場合は救済措置というか、誰かに異能を分けて頂くというのはアリですか?」


「ん、分けられる異能とそうじゃない異能があるけど、そこらへんは大丈夫そ?」


「私と同じエタノールの異能のコなんです。」


「でもさ、エタノールにも何を原料にするかによって、種類があるんじゃなかった?」


 そうなんだ!


 計画では、エタノールの異能の人をウルさんに紹介してもらって、強引に仲良くなり、あわよくば中身を補充してもらおうと考えていたの。

 エタノールの種類・・・そこまでは考えていなかったなぁ。そもそも、私が持っているエタノールは、どういうモノなんだろう?


「やっぱり、僕よりエチルに相談したほうがいいんじゃないかな。エチルはエタノールの専門家だから。」


「ですよね・・・でも、ちょっとエチルさんには相談しづらい事情がありまして。」


「エチルとイーオは仲が良いと思っていたのに、意外だね。まあ、そういう理由なら、んん・・・エタノールの会って知ってる?」


「何ですか、それ。」


「エタノールの異能を持つ人間のコミュニティサイトなんだ。オンラインの交流会とか、よくある疑問や回答なんかも見れるから、気軽に質問しやすいと思うよ。」


 へえ。異世界にもあるのね、WEBサイトが。

 私はモジモジしながらウルさんを見上げた。


「実は私、コミュニティサイトにアクセスできる媒体を持っていなくて・・・。」


「エエッ、今どき!?

 事務のペンさんに申請すれば、パッソとスマーはすぐに手に入るよ。

 良かったら一緒に事務室に行って、申請書のことを聞いてあげようか?」


 パソコンやスマホみたいなこと?

 意味は分からないけど、通信機器のことよね?


「ウルさん神! ありがとうございます‼」


「でも、イーオは優しいね。人の心配までするなんて。」


「そんなことないです。なんか他人事じゃないってゆーか、アハハ。」


 まんま自分のことだしねッ!


「そうだね。あの日、未知のウイルスが世界に広まってから、誰かが病むと自分のことみたいに悲しいよ。」


 ふと遠い目で部屋の向こうに視線を飛ばしたウルさんの表情が切なく見えた。

 今、こうしている間にも、未知のウイルスを相手に全人類が戦っている。

 私はいかにこのホワイト企業で、細く長く生きていけるかを小さい脳みそで必死に考えているけど、ウロングサイド・アース規模で考えたら小さすぎる悩みだ。


「確かに、異能が急に消えたりしたら僕も心配で寝られないかもね。

 その友だちの異能を分けてもらうってやつ、一時的なものかもしれないけど、うまくいくといいよね。」


 ごめんなさいウルさん、私欲まみれのウソに共感してもらって。

 私はウルさんにおどけて笑った。


「そうですね。

 あー私も心配しすぎて、夜しか寝られなかったらどうしよう!」


「いや、夜寝られれば充分だよ。」


 え、そうかなぁ。

 案の定、ウルさんと事務室で通信機器の申請書を書き上げた私は、部屋に帰ると秒で眠りに落ちることができた。  


 グゥ。

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