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#6 銭湯清掃を攻略せよ!(2)

『未知のウイルスは異世界からやってきた人類が広めたもの』


 狭い用具箱の中でこの言葉を聞いた私は、ショックのあまり吐きそうになった。


(エチルさんが異世界人を認知していて、その調査をしているってこと?

 しかも異世界人が未知のウイルスを広めた? 私、そんなの知らないよ‼)


『イーオ、具合が悪いの?』


 ウルさんが私の異変に気がついて心配してくれるけど、その声が遠くに聞こえるほど自分の胸の鼓動が大きすぎて苦しかった。


(どうしよう。もし私が異世界人だということがエチルさんにバレたら、絶対にここには居られない・・・!)


 私の絶望をよそに、エチルさんは淡々と説明を続けた。


「未知のウイルスに罹患した患者の中に、不思議な言動を繰り返す患者が一定数いる。そして、その一定数の人間が老若男女問わず口にするキーワードが『異世界』なんだ。

 『未知のウイルスによる脳細胞への損傷が妄言を引き起こす』というのがウチの大学の研究チームが発表している定説だが、私は実際に同じ時間軸に異世界はあると思っている。

 我々が住むこの【ウロングサイド・アース】と異世界が()()()()()()()でつながると、こちらに適合した異世界人が現れるでヤンス。」


「それで、定説を覆す世紀の大発見は見つかったのかな?」


「それが・・・。」


 スチールの薄い扉に耳を押しつけてエチルさんの話を聞き入っていると、ズキズキと頭が痛くなってきた私は顔をしかめた。

 確かに異世界人の話はショックだったけど、この具合の悪さはさすがにおかしい。

 

「ハァハァ・・・。」


 息苦しそうなウルさんの声に振り向くと、彼の足もとにあった発砲スチロールの容器がミシミシと縮んでいくのを見て、私は驚いた。


「ウルさん、これ見てください。発泡スチロールがどんどん小さくなります!」


「イーオ、ごめん。

 なんか僕、ドキドキしちゃってうまく息が吸えないんだ。」


 もしかして、これもウルさんの異能の一種なのかしら? 

 ウルさんがドキドキすると、空気が少なくなるの⁇


「ん、閉所恐怖症かもしれない。もう、ここから出てもいい?」


 エチルさんの声が途切れたのと、クレーブさんが「シィー。」と言葉を遮るように発したのは同時だった。


「おい・・・この大浴場はちゃんと清掃をしているのか?

 どうやら大きいネズミが入り込んだようだ。」


 からかうようなクレーブさんの声に、私の心臓は跳ね上がった。


「そこに隠れていることは分かっている。三秒以内に出てくるでヤンス。

 3・2・1・・・ゼロ!」


 もう、限界!

 顔を見合わせた私たちは用具箱のドアに体当たりした。


「隠れてごめんなさい! 悪気はなかったんですーーー‼」


 叫びながら飛び出した瞬間、私はエチルさんとクレーブさんと思われるドラゴンの角の生えた体格のいい男性が嫌がる男性を組み敷いている場面に出くわしたの。


 ポカーン。

 え、何? どういう状況なの?


「たまにいるんだよ。一般開放の日を狙って清浄部隊の拠点に入り込もうとするネズミがなぁ!」

 嫌がる男は筋肉隆々のクレーブさんに腕を逆手に絡めとられ、タイルの床に頬を押し付けられて苦鳴をあげている。


「普通の人間のようだけど、ウイルスに感染して操られているのかもしれない。検査キットで調べてみよう。」


 暴れる男の胴体を押さえつけていたエチルさんが、私とウルさんに気がついて顔をあげた。


「あれ、イーオ? ウルまでどうして用具箱から・・・。」


 ネズミって私たちのことじゃなかったんだ!

 酸欠で紫色の唇になりながら、私とウルさんはタイルの床に崩れ落ちた。


 ※


「コイツ、こんなのを隠し持っていたぞ!」


 クレーブさんが押さえつけていた男の腹から、細長いビニール袋で覆われた複数の医療器具を浴場の床にバラ撒いた。


「この穴の中身は全て、血液で汚染されている上にバイオフィルムでガチガチでヤンス。」


 LED照明で管の医療器具の中を照らしたエチルさんが、拡大ルーペを頭から外した。


「これは・・・洗浄用のブラシも入らないし通常の消毒や滅菌処理では汚れが残るな。

 しかも早く処理しなければ手に負えない時限爆弾のようなものだぞ!

 エチル、お前ならどう処理する?」


「通常の固着したデブリス汚れなら、超音波のアタックで破壊できるでヤンス。」


 良かった、ウルさんがいて!


「ウル、君の超音波で潜んだデブリスを破壊してくれないか?」


「僕・・・自信がありません。」


 その場の全員が愕然として、青い顔のウルさんを見つめた。


「なんだと?」


 みんなの気持ちを代弁するかのように、クレーブさんが怒りを露わにした。


「おまえは異能を持つ清浄部隊の隊員だろう! なぜ全力を尽くさない⁉」


「ご、ごめんなさい!」


「どうしてですか? さっきは超音波で鏡をピカピカにしたじゃないですか。」


「僕の能力は物体の表面の洗浄はできるけど、筒状の物の内部までは効かないことがあるんです。

 僕は怖いんです。もしできなかったら取り返しのつかない事故(インシデント)に・・・。」


 そういうと、ウルさんは泣きだしてしまった。

 もしかしたら、過去にそういう事例を引き起こしたことがあるのかもしれない。


 私も決して強い人間じゃない。

 ウルさんの気持ちが痛いほど伝わってきて、いたたまれない気持ちになる。


「エチル! お前は【消毒班】隊長だろう、何とかしろ‼」


 もう! エチルさんを責めないでほしいッ!!

 かといって、私にできることといったらエタノール噴射のみ。

 管の中の標的にも届くはずだけど、張りついたデブリスを完全に壊したり追い出すことはできないわ。

 

「もうすぐ一般の人間が入ってくる時間だ。ここで一次処理をしてしまわなければ!」


 たたみかけるようなクレーブさんの声に気がはやる。


 なにか、何か方法はないの⁉


 待てよ。

 頭を上下に振って憤るクレーブさんを見て、私はふと昔のことを思い出した。


 細い口のペットボトルを洗うときは、洗剤水を少し入れて上下に激しく振ると中身がキレイになる。

 それみたいに、この管の医療器具も洗浄できないのかな。


 そうだ!


「ウルさん、もう一度だけこの医療器具と一緒に用具箱に入ってください!

 そしてドキドキしながら超音波洗浄をしてみてもらえませんか?」


「ええ? ドキドキしながら? そんなことしてもムダじゃないかな。」


「ウルさんは、本当にスゴイ人です。自分を信じてください。」


「そこまでイーオが言ってくれるなら・・・やってみるよ。」


 ウルさんは鼻息を荒くして用具箱に入って行った。

(頑張って!)


 シーン。


しばらくして、用具箱の扉を細く開けて、隙間からウルさんが情けない声で私を呼んだ。


「やっぱり、あまりドキドキしない。」


「おかしいですね。さっきはあんなに苦しそうだったのに。」


 ウルさんは、消え入りそうな声で下を向いて喋った。


「もしかしてイーオと一緒に狭いところに居たからドキドキが増したのかも・・・。」


「イィッ? 」


 確かに私もドキドキしたけど、そういうこと⁉


「イーオ、頼むでヤンス。」 


 私はエチルさんとクレーブさんに見守られながら、再びウルさんと用具箱に入ったの。

 ウウッ、きまずッ。


 そして外から扉を閉められた途端、またあの頭痛が襲って来た。

 もしかして、もう減圧が始まっている?


 私は発砲スチロールの容器とウルさんが手にしている医療器具をかわるがわる見比べた。

 このまま減圧と加圧を繰り返せば、管の中に洗浄液が出入りして超音波の効果を増す。


「ハァハァ。」


 ウルさんの手の上の医療器具は少しずつ気泡を出して震え始めた。

 

「スゴイ、熱を加えていないのに沸騰しています! 減圧できています!」


「超音波40kHzで15分間振とう!」


 ウルさんの手から特大の虹色のシャボン玉が出て、医療器具にぶつかるとパンと弾けた。

 その瞬間、筒状の器具の入り口から小さな石にヒビが入った姿のデブリスが、焦った顔で飛び出してきたのよ!


「デブリス!」

 

 私はすかさず持っていた消毒スプレーをデブリスに向かって噴射した。


『ギャーーーッ‼』 


 スプレーの直撃を浴びたデブリスは落下して苦し気に用具箱の狭い床を這いまわった。

 思わず私がサンダルで踏みつけると、ウルさんが両手で目を覆った。

 

『オノレ・・・清浄部隊メ・・・。』


 私は足の下で種になったデブリスを回収した。


「やりましたね、ウルさん!」


「僕の力が命の役に立つ日がくるなんて。

 ありがとう、イーオ。君が背中を押してくれたおかげだ。」


 良かったね、ウルさん。

 悲しい過去があっても、乗り越える勇気さえあれば未来は変えることができるはず。


「消毒完了!」


 私とウルさんは声を揃えて宣言した。


 私も、もう少しだけ頑張ろう。

 この消毒スプレーの液が最後の一滴になるまでは。


 ※


 やれやれ。一件落着ね。

 用具箱から出る前に急にウルさんに手首をつかまれた。


「どうしたんですか?」


「待ってくれ。

 デブリスを退治できたのは、全て君のおかげだ。君は僕の太陽だ!」


  ウルさんの口調がいつもより早口で怖い。

 しかも、こんな歯が浮くセリフを言う性格(ヒト)じゃないのに!


「イーオ、僕と結婚してください!」


 ハアッ?


「ウル、しっかりするでヤンス。」


 エチルさんが興奮するウルさんの髪を一本引き抜いた途端、髪の毛穴から水蒸気が噴き出して、シュルシュルと身体がしぼんでいった。しばらくすると、ウルさんがいつもの眠そうな顔であくびをしたの。


「あれ、デブリスは?」


 私は狐につままれたようにポカンとした。

 

「エチルさん、今、ウルさんに何が起こったんですか?」


「初めての減圧に慣れなくて、ウルの中の圧力が抜けきらなかったみたいだから、手を貸したでヤンス。」


「圧力が下がったら、元のウルさんに戻りますか?」 


「おそらくね。」


 それって圧力鍋と同じ?

 圧力が抜けたウルさんはいつものゆるいテンションで、私にプロポーズしたことは記憶から飛んでいたの。


 あーあ。私はホッとした半面、少し残念な気持ちも抱えつつ銭湯の入り口にのれんをかけた。 

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