#4 緊急出動に同行せよ!(2)
「なるほど。」
ジアさんは眼鏡の奥の目を細めて、三人に増えたウイルスたちを順番に射抜いた。
「消毒班ごときじゃウイルスは清浄できないと思っているようですね。」
『消毒班ごときにウイルスは清浄できな・・・。』
『な! コイツ、思っていたことを当てたぞ⁉』
『まさか、偶然だろう。
それにしても・・・この辺り、やけに塩素クサくないか?』
ウイルスたちは鼻をひくつかせて怪訝な顔を見合わせた。
クンクン、私もさっきからそう思っていたのよ。
でも、どこからこのニオイが?
『この男、危険なニオイがする。』
『早く始末するよ!』
その言葉を皮切りに、ウイルスたちはニィッと不気味にほくそ笑んだ。
「三方向から飛びかかれば防げはしないと思っている。」
『三方向から飛びかかれば防げはしない・・・‼』
一言一句違わない言葉を、ウイルスたちとジアさんが叫んだのは同時だったの。
私は目を丸くして驚いた。
「ジアさん、今ウイルスと同じことを喋りましたよ!」
「僕はエンパスなだけ。人の顔色や声音で未来予測をしているだけだお。
ていうかホントに君、ウイルスの声が聴けるの?」
私以上に面食らった様子のウイルスたちは、飛びかかる機会を失って混乱している。
そりゃ自分の気持ちを言い当てられたら驚くよね。
『こっちだ!』
目が合った瞬間、ウイルスたちの一人が瞬足で私の背後に回って腕を羽交い絞めにしたのよ。
そして、あとの二人が長い針のついた注射器を、左右から首筋の動脈に当てて尻上がりの口笛を吹いた。
ヤバッ! ヘタこいた!!
『さあ、どうする?』
こうなると、ウエストバックの中の消毒スプレーは全く役に立たないし、私は無能な人質に成り下がる他ない。
わーん、異能じゃなくてごめんなさい!
『いいか、一歩も動かずに足もとに武器を捨てろ。』
「ジ、ジアさん、こいつら武器を捨てろと言っています!」
私は上ずった声でジアさんに話しかけた。
助かりたいというよりも、ウイルスの声は私だけにしか聞こえないから、せめて通訳をしようと思ったのよ。
「足を引っ張るなと言ったはずだが?」
私をにらむ目に力をこめて、ジアさんがドスの効いた声を出した。
不可抗力ですぅ~!
泣きそうな目で訴えると、ジアさんが舌打ちをして隠し持っていたメスを足もとに投げ出した。
「チッ。」
え、ウソでしょ!
ジアさんが私のために・・・!?
「ジアさん・・・ごめんなさい。」
ジアさんは目を細めて手の平をこちらに見せるようにを高く上げた。
「これで満足ですか?」
ウイルスたちは舌なめずりして、裂けた口から牙を剥きだした。
『満足なわけないだろう。まずはオマエから喰らってやんよ!』
いけない、丸腰のジアさんが襲われちゃう!
「ジアさん、逃げてください!」
今度こそ一斉に、涎をまき散らしたウイルスたちがジアさんに飛びかかった。
「そうそうみなさん、言い忘れていました。
僕の周りを歩く時には気をつけてくださいね。」
ウイルスたちはジアさんに襲いかかる寸前、なぜか同時にピタリと動きを止めたの。
ジアさんは悪い顔をして言い放った。
「もう、遅いか。」
ウイルスたちは足が溶けて、文字通り膝からその場に崩れ落ちた。
『ギャン! 私の足がぁ‼』
『この水たまり、ただの水じゃないぞ!』
『痛てててッ!』
「ふふ。臭かったでしょう?
さっき、そこら中に次亜塩素酸ナトリウム0.05%を撒いておいたんです。
からの~、追加だお!」
ジアさんの眼鏡が光り、両手の間に光る水の塊が出現した。
「次亜塩素酸ナトリウム0.15%を希釈!」
その水の塊を動けないウイルスたちの足もとに投げ入れると、ウイルスは光とともに一個体に戻り、断末魔の叫び声を上げた。
『ギャアアアア‼』
種になったウイルスとプラスチックの器材は、水たまりの上に飛沫を上げて落ちた。
これがジアさんの能力なのね!
事前に洗浄班がウイルスの力を弱めていたとはいえ、エチルさんやポピさんに劣らない凄さだわ。
「新人、回収を頼む。」
「ハイ!」
私は張り切ってグローブをはき替え、ショルダーバックから透明パックと蓋つきの瓶を出して、それぞれをピンセットで個別に回収した。
「消毒対象が種になるのを確認、RMDも無事に回収!」
「よし。消毒完了だお!」
※
私は戦いの興奮が冷めやらず、ジアさんと園庭の手洗い場で手を洗っている時に聞いてみた。
「ジアさん、こうなるのを事前に予測してあの水たまりを作っていたんですか?」
「まあね。丁寧な仕事をしろと指示されていましたし、9割は段取りですから。」
いつもどおり素っ気ないけど、ジアさんがちゃんと受け答えをしてくれていることに私は気持ちがアガっていた。
お礼を言うなら、今しかない!
「さきほどは、ウイルスに捕まった時に助けていただいてありがとうございました。
自分の身も守れない未熟者なのに、その・・・嬉しかったです。」
「変だお。」
ジアさんが手を拭いてから蛇口を止めて、私の顔をのぞきこんだ。
「新人はエタノール噴射ができるはずでしたよね。園児たちには使ったのに、どうしてウイルスには使用しなかったのですか?」
ギクゥ!
「アッ、あの、手の自由が利かないと使えない能力でして・・・。」
「異能ではなく道具なので」
という説明をしたいけど、この世界にないものを説明することは自分が異世界人だとカミングアウトをしなくてはならないということだ。
【異能者】ということになっているのに、異能ではない上に異世界人というのは受け入れてはもらえない気がする。
歯切れの悪い答えに納得できない顔のジアさんが、質問を追加した。
「あと、ウイルスの声が聴こえると言っていましたが、それも異能の一種ですか?」
「や、それも最近自覚したことなので、本当に聞こえているのか妄想なのかは、ちょっと自信がなくて・・・。」
「・・・ホントに使えないヤツだお。」
ああ、ジアさん・・・また心の声がダダ洩れです!
せっかくジアさんから聞いてくれたのに、うまく答えられない自分がしんどい・・・。
ショボンと落ちた私の肩を、ジアさんがすれ違いざまに優しく叩いた。
「でも、僕の異能は手指消毒には不向きなんです。
園児たちの一次予防ができたのは新人のおかげだから、それだけは認めてあげますよ。」
「!」
ジアさんがふわりと微笑んだ顔を、私は初めて見た。
厳しいけど、ちゃんと私を見ていてくれているんだ。
きっと、根は良い人なんだよね!
「ジアさん、本当は私のこと・・・。」
「ストップ!
悪いけど、『ジアさん、本当は私のこと好きなんですか』って聞こうとしているなら迷惑だから。
新人は寮のハウスキーパーも兼ねているから、いなくなったら困ると思っただけだお。」
出鼻をくじかれたけど、私は食い下がった。
「でッ、ですよね~。
じゃあお礼に夕飯はジアさんの好きなものにしますね!何が好きですか?」
「美味しいもの。」
「じゃあ、嫌いなものを入れませんから、嫌いなものを教えてください。」
「ニンジン。」
「アレルギーなんですか?」
「美味しくないから。」
私はニンジンを避けるジアさんを想像して、思わずニヤケてしまった。
その時、ジアさんの眉毛がピクリと動いた。
「あ、今『子どもみたい』って思いましたよね?」
「お、思ってないです。」
「ウソ言わないでください。顔に出ていますよ。」
車に向かって歩き出したジアさんの周りを、私はスキップしながら歩いた。
(もしかして今日は・・・。)
すると、ジアさんが急に顔を赤くしてこちらを向いたの。
「今日は僕と少し仲良くなれた気がしたと思っているなら誤解だお!」
ガガーン!
いきなり崖から突き落とされたように、私のアガっていたテンションはどん底にまで落ちた。
「仲良くなりたかったら、早く仕事を覚えて楽させてくださいね。
新人に仕事を教えながら働くのは、大変なんですから!」
ハイ、おっしゃる通りです。
クスン。
※
後日私たちは、依頼された衛生管理教室の指導のために、再度ウイルスを排除した保育園を訪問した。
厳しいジアさんと二人で訪問だなんて・・・と、緊張したのは最初だけで、園児たちのフルパワーに私たちはずっと翻弄されっぱなしだった。
その上『園児たちが下ごしらえを手伝った給食を一緒にどうぞ』との誘いを断れず、私とジアさんは用意された小さな机と椅子に腰かけた。
「せんせい・みなさん・しょうどくはんさん・みんなそろっていただきまーす!」
子どもたちが一斉にわちゃわちゃとご飯を頬張る姿が、可愛いの大渋滞!
やっぱりランチは大勢で食べるのが楽しいよね!
子どもたちとお話をしながら給食をモリモリ食べていると、ジアさんの席にいつの間にか人だかりができていた。
「おにいちゃん、ごはんたべないの?」
大勢の子供に囲まれたジアさんが固まっている。
どうしたのかしら?
「新人・・・助けて。」
涙目のジアさんが指さしているのはニンジンがたっぷりのカレーライス。
そうだ、確かジアさんはニンジンが苦手なんだっけ。
(私にしかできない仕事、見ーつけた!)
「私、お腹空いたから、ジアさんのニンジン頂きますね!」
ジアさんは赤い顔で頷いた。
これで少しは仲良くなれたかな?
私はニンジンを口いっぱいに頬張ってピースをした。