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#3 緊急出動に同行せよ!

「イーオ、未滅菌器材の中に滅菌処理する器材が混じっていましたよ。」


 滅菌バックに包装した器材を、シーラーと呼ばれるベルトコンベアーの機械で密封する作業をしていた私は、キョトンとしてジアさんを振り向いた。


「私・・・ですか?」


()以外に誰が?」


「ですよねぇ、アハハ・・・。」


 ジアさんは呆れた顔で眼鏡越しにジロリと私をにらんだ。


「前にも言いましたが、仕分けの段階で滅菌物を見分ける観察眼を持たないと事故(インシデント)につながります。

 君はこの現場に来て日が浅いのだから、自己判断せずに分からないことは聞いてください。」


 私はショボンとして頭を下げた。


「ハイ、よろしくお願いします。」


「ったく、エチルはどうしてこんな普通以下の人間を拾ってきたんだお!」


 舌打ちして点検の仕事に戻るジアさんの後ろ姿を、私は青ざめながら見つめた。


(あの、ジアさん! 心の声、ダダ漏れですよッ⁉

 あと、語尾の口グセ、やっぱりクセ強ッ!)


 私の職場である大学病院内の滅菌消毒室には、今日はジアさんとウルさんと見習いの私の三人が出勤している。

 エチルさんとポピさんは外回り担当なので寮に戻るまでは顔を合わせない。


 私を拾ってくれたエチルさん以外の隊員には、私は厄介なお荷物だと思われている。

 言葉や態度の端々に潜むチクチクと刺さる棘が、私の心をすり減らしていく。


(ああ、どうしたらこの人たちと、仲良く楽しく仕事ができるのかな。)


 そんなことばかり考えていると、お昼の休憩時間もお弁当が喉を通らなかった。

 滅菌消毒室が空かないように時間差で一人ずつ休憩に入るから、凹みながら自分を追い詰めてしまう。

 

(でもそもそも、異能のエリートだけを集めた空間に異世界からやってきた普通以下の人間が混ざろうとすることがおこがましいのかもしれない。)


 私がエチルさんに見いだされたのは、異世界転移した時にたまたま持っていた消毒スプレーで、デブリスに一撃を与えてしまったからだ。

 この世界で消毒用エタノールを生成できるのは異能者だけ。

 

 誤解だと知ってはいたけど、右も左も分からない異世界で優しく手を差し伸べてくれたエチルさんの手を、私は握らずにはいられなかった。

 それが有限の優しさだとは分かっていても。


(そういえばもう二回噴射したけど、このスプレーって何回まで使えるのかしら?

 もう少し小さいノズルにしたら節約できるかな??)


 ウエストバックから出したスプレーボトルの品質表示を眺めていると、突然けたたましい警報音が鳴り響いた。

 緊急出動の非常ベルだ!


 突然休憩室のドアが乱暴に開いて、顔を出したのはジアさんだった。


「5分以内に準備しないと置いていきますよ。」


「わ、私もですか?」


「不本意ですが、隊長に新人を可能な限り同行させろと言われています。」


 エチルさんが?

 私は擦り切れた傷に絆創膏を貼った時のような安心感を覚えた。


「1分で準備します!」


「足手まといにだけはならないように!」


 再び閉まったドアの音とともに、私は急いで弁当を口に詰め込んだ。


 ※


 清浄処理部隊の緊急車両は猛スピードで街中を走行する。

 こういうときはたとえ道路が渋滞していても、モーゼが海を開いたようにサーッと車が端に寄ってくれるので、その中を走るのはちょっと気分がいい。


 私はホログラムのナビを見ながら助手席のジアさんに聞いた。


「こんな都会にもデブリスが出現するんですね!」


「今回はウイルスです。だからむしろ、人が集まる場所を好みます。」


「ウイルスって・・・まさか?」


 私はドキリとしてハンドルを握る手に汗をかいた。


 転移する前にいた世界で私は未知のウイルスに罹患して家から出られなかったのだけど、この世界でも意思を持った未知のウイルスが猛威を奮っていて、人類を恐怖のどん底に陥れている。


「今回暴れているのはRSウイルス。

 ごく一般的なウイルスだけど、初感染の人には重症になりやすいので侮れませんよ。」


 それを聞いた私は少しホッとしたけど、ひとつの不安が生まれた。

 ウイルスには消毒スプレーって効くのかしら?


 ※


 到着した現場は小さな認可保育園で、保育士さんたちが小さな幼児を体育館に集めて緊急避難をしていた。


「園庭で子供たちを遊ばせていたら、ウイルスが現れたんです!

 すぐに第壱部隊の方が来てくれたので、全員手洗いとうがいを済ませて避難できました。」


 さすが先生。一次予防もバッチリね。


「それでは一応、消毒もしましょうね。」


 私は消毒スプレーを子供たちの小さな手に順に吹きかけた。


「ありがとう、お姉ちゃん!」


 キラッキラの瞳で私にお礼を言う子供たちに、感動で胸がアツクなる。

 普段は怒られてばかりの私でも、人の役に立てるんだ・・・。


 マスクを子供たちに配り終えたジアさんが、ほっこりしている私の肩を軽く叩いた。


「新人、僕たちも園庭に行きますよ。」


 ※ 


「弱アルカリ性洗剤にトリプル酵素を配合!」


 園庭では、まさに洗浄班の隊長・コウソがウイルスとの死闘を繰り広げていたの。

 初めて見る光景に、私は目が離せなかった。


 コウソの身体は仄青く光り、大きな魔法陣が出現した。

 

「50倍希釈で浸漬するぞ、コノヤロー!」


 コウソが大声で叫ぶと魔法陣から濁流が流れて、既存ウイルスの頭まですっぽりと覆いつくすまでには数分もかからなかった。

 まるで見えない透明な水槽があるかのように、ウイルスは宙に浮かんだ浸漬槽で溺れそうになっていた。

 

『ア・チ・チ・チッ!』


 あ、ウイルスも喋れるんだ!

 私はデブリスに引き続き、ウイルスも喋れることに興奮してジアさんに話しかけた。


「いま、ウイルスが『アチチ』って言いましたね!」


「何言ってるの? ウイルスが喋れるわけないじゃないですか。」


 ん? おかしいな。

 これって、私の妄想なの?


「苦しそうだね。

 でも、40度前後はアタイの洗浄力を一番引き出す温度なのさ。」 


 たまらず水面に顔を出したウイルスの頭を、紫の医療グローブをはいたコウソが頭上まで飛びあがり、力任せに水中に押し戻した。


『ヘブッ!』


「あと15分ほど浸かっておくれ!」


 ウイルスは力が抜けて浸漬槽に沈んでいく。 


『クソ、このままでは・・・!』 


 するとウイルスの身体がみるみるうちに小さくなり、あどけない少女のような姿になった。


『洗浄班め! いつも我らの邪魔をしやがって!』


 ウイルスの少女が目を閉じて思念を送ると、魔法陣が割れて宙に浮いていた水も弾け散った。

 園庭に青い色の洗浄液が降り注ぎ、その中心に立つ少女は高笑いをしている。


 わ、強い!

 しかもこのウイルス、デブリスよりも流暢に人語を喋ってるように聞こえるけど、やっぱりこの声は私にしか聞こえていないのかな?


『だがこの程度で我を消し去ることなどできぬわ!』


 高笑いが響く中、コウソが不満げに眉をひそめた。


「しぶといな!」


 コウソが手を上げると、ドローンタイプの通信機が現れた。


「弐番隊、応援願います!」


 私の隣にいたジアさんがやはり同じタイプの通信機に話しかけた。


「こちら弐番隊。ジアが待機中、ドーゾ。」


「中レベルのウイルスの発見&洗浄完了。既存タイプだと思うけど、新型の可能性もあるから気をつけて対応されたし!

 あと今回は、ヤツが張り付いているRMD(再生使用可能医療機器)を壊さないようになるべく丁寧な作業をしてくれって上からのお達しだ。」


「了解だお!」


 耳障りな電子音を響かせて空高く飛びあがったドローンを見送ったジアさんに、私は薄ら笑いを浮かべながら聞いてみた。


「あの、視界に見える距離にいるのになぜ通信機を使うんですか?

 直接話した方が早いのでは・・・?」


 するとジアさんはすごく冷たい目で私をにらんだ。


「飛沫感染を防ぐためです。基本だお。」


 チーン。ですよねぇ・・・。

 ジアさんは薄い水色の防護服を翻しながら園庭に降り立った。


「第弐部隊消毒班、ジア・ナトリーム参上だお!」


 ジアさんカッコイイ! 語尾のクセ強いけど!


 ジアさんはその場に跪き、片手を地面の上に置いた。


「次亜塩素酸ナトリウム0.05%を希釈!」


 すると地面に雨上がりのような不気味な赤い水たまりができたの。


 え、これがジアさんの異能なの?

 でも、ウイルスを消毒するのと何の関係が?


 まもなく向こうから走ってきたウイルスの少女が、ジアさんを見て立ち止まった。


『クッ、次々と・・・今度は弐番隊のおでましか。』 


「お嬢さん、僕と遊びませんか?」


 ニイッと不敵に微笑んだ少女は、黒い闇を背負いあっという間に三人に分裂した。


『これでも、アタシと遊びたいの?』

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