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#2 第弐部隊 隊長・エチル参上

 消毒スプレーを黒い巨大な異物にぶちまけた瞬間、ツンとした鼻につく臭いと白い噴煙が辺りに立ち込めた。

 デブリスは身体を硬直させて、大きく後ろにのけぞった。


『キシャアアア!!』


 デブリスが倒れると、大地が震撼して地響きがそこら中に鳴り響く。

 スプレーの液が直接かかったデブリスの右胴体部分は、溶けるように無くなっていた。


(あの時と同じだ。)


 私は転移した日のことを思い返しながら、地鳴りの振動に耐えていた。


(スプレーの消毒成分が効いたんだ!)


「ッシャア! 新人、よくやったゾヨ!」


 遠くにポピさんの歓声が聞こえて、私は跳ね上がる心臓を抑えるのに必死だった。


 (ハァ。ポピさんは手荒いことしたくせにいい気なものね。でも・・・。)

 

 ようやく自然と頬が緩み、顔がニヤケてしまう。

 ウイルスに罹患してから引きこもりだった私に、こんなスゴイことができるなんて!


 でも次の瞬間、デブリスのかろうじて原型をとどめていた部分がむくりと起きた。

 アッと気づいた時には、デブリスの半身が猛然と私に襲いかかってきていたの。


 慌ててスプレーの噴射口を向けようとしたけど、汗で滑ったボトルが手から滑り落ちてしまった。

 

(そんな!)


 私の微かな希望を裏切って、デブリスと逆方向にコロコロと転がり続けるボトルは、もはや手に届く範中にはない。


 絶対絶命の瞬間、耳を疑う出来事があった。


『ニンゲン オレ 喰ウ』


 え、デブリスって喋れるの⁉

 逃げなきゃならない場面なのに、私はその場に固まった。

 

『オレ 喰ウ』


(ヤバイ、喰われる!

 ポピさん助けて・・・!)


 そう思って祈るように遠く離れたポピさんを見たけれど、優雅にこちらに駆け寄るポピさんは、絶対に、絶対に間に合わない!

 やっぱりオワタ・・・‼


 目をつぶった私は、腕を構えて身を低くした。

 思わず口にした言葉には、自分でも驚いた。


「エチルさーーーん!」


 その時、疾風が私とデブリスの間を飛来して辺りを揺るがせた。


「⁉」


 その強烈な風に戸惑ったデブリスが驚いたように進撃を止め、身体が切り裂かれて赤く染まった。


『オノレ オノレ・・・。』


 消毒液の鼻につく臭いとともに、デブリスが態勢を崩して再び地面に巨体を投げ出す。


『マタ オマエカ、銀狼(ぎんろう)!』


 憎々し気に放った咆哮が、哀しく空へと響いた。


(何が起こったの?)


 風が止んだので目を凝らして周囲を見ると、狼の耳と尻尾を有する銀髪の青年が私の横に立っていた。

 黒い革手袋をした大きな片手に銀に光る剣を持ち、デブリスに向けて切っ先を向けている。


 私の視線に気づいた涼しげな切れ長の目が、少し悪戯に笑った。


「新人が居るのに洗浄部隊を待たずにデブリスと戦うなんて。

 ポピさんのせっかちで、命が一つ無くなるところだったよ。」


「エチルさぁん♡」


 その広い胸に抱きつこうとした私の額を掴んで制したエチルさんは、鈴のような声で静かに名乗り上げた。


「清浄処理第弐部隊隊長・エチル・アルコール参上。」


 カッコイイ!

 私は彼にアイアンクローを喰らっているけど、カッコイイ!

 私の推しはいつ見てもカンペキに素敵なんです!


 フッと緊張した面持ちを和らげたエチルさんは、私の頭をなでてくれた。

「でも、キミも頑張ったでヤンスね。」


 口を開くと、語尾に【ヤンス】って言うクセが強くて残念だけどね・・・。


 でも、エチルさんに初めて褒められた!


 とっても嬉しいわ♪

 ワンワン!


「エチルったら余計なお世話ゾヨ!」


 頬を膨らませたポピさんがようやく私たちの前に駆け寄ってきた。

「ワシは新人を鍛えるために、わざと辛い試練をあたえたというのにだな・・・。」


 え、あれが試練だったの?

 私はエチルさんの背中に隠れると、密かに歯を剥きだして顔をしかめた。

 

「じゃあ、仕上げはポピさんに任せるでヤンス。」


「もちろんゾヨ!」


 ポピさんは動けずにその場で苦しそうな咆哮を上げ続けるデブリスに跨ると、両手を大きく開いて抱きつくような格好になった。

 

『ナ、何ヲスル? 自ラ餌ニナリニキタノカ 』


「滅するまで、離さないゾヨ。」


 不敵な笑みを浮かべたポピさんの身体から液体が滲みだしきて、デブリスの身体がドンドン小さくなっていった。

 エグッ! 初めて見たわ、ポピさんの能力。


『ハナセ、カラダガ溶ケル!』


「あと二分。」


 華奢なポピさんのどこにそんな力があるのか、暴れて振り落とそうとするデブリスに彼は全く動じなかった。


『ヤル気ガ・・・出ナイ』


 やがてデブリスも抵抗を止めて、その場にうずくまった。


『ボク、何ヲシタカッタンダッケ?』


 デブリスの声が幼くなり、私の膝くらいの大きさまで縮むと、ようやくポピさんはデブリスから離れた。


「ここまで小さくなれば悪さはできまい。」


 ポピさんはデブリスに背を向け、私たちの方に澄ました顔で歩いてきた。


「ポピさん、お疲れ様です! エグイです!」


「うむ!もっと褒めるがいいゾヨ。

 新人の能力はまだまだだが、修行次第では・・・。」


 私がはしゃいでポピさんに駆け寄ろうとした時、エチルさんが私を制した。


「待つでヤンス! ポピ、最後まで・・・。」


『油断シタナ!』


 一瞬にして増幅した負のエネルギー体が、幼児のようなデブリスから放たれて私たちを襲った。


「!」


 死を覚悟した時とエチルさんが愛刀を手にデブリスを一刀両断にしたのとは、ほぼ同時だった気がする。


「私は油断しないでヤンス。」


「やっぱりエチルさんは最高です!」


 エチルさんに抱きつこうとしてまたもやアイアンクローで制された私は、真っ二つになったデブリスが白く光るのを見た。


 あ・・・!


 「デブリスが種になった!」


 クルミの種のような形状になったデブリスをピンセットで摘み、エチルさんはそれを蓋つきの小瓶に回収した。

 

「これでもうしばらくは、人に悪さはできないでヤンス。」


 しばらく?ってことは・・・。 


「トドメを刺さないと、また復活するということですか?」


「例え滅菌処理をしたとしてもデブリスを完全に滅することはできない。

 様々な悪条件が重なると、また大きな禍になるから、日頃の洗浄や消毒の積み重ねが大事でヤンスよ。」


 私は胸に右手を当てて答えた。


「ハイ!命を守るために‼」


「ンもーう!」


 ポピさんが長い髪をバサッと後ろに跳ねのけると、むくれた顔でブツブツと呟いている。


「わざとエチルに華を持たせるために深追いしなかったのに、分かっていないなぁ。」


 ポピさんたら、素直じゃないなぁ。

 でも、異能の消毒の力って本当に強力だわ。


 自分がこんなにスゴイ人たちの部隊にいるんだと思うと嬉しい反面・・・ちょっと怖い。


 なぜだか私が持つこの消毒スプレーはこの世界には存在していなくて、道具という認識がないからこそ私はこの消毒班の一員として居られるけど、このスプレーの液はいつか底をつく。


 そうしたら、私の存在意義はいったいどこに行くの?

 

 ※

 

「これにて【消毒完了】でヤンス!」


「撤収撤収! 早く寮に帰ろう。新人、今日のメシは何ゾヨ?」


 もう辺りは真っ赤な夕陽が空を覆っていて、足が速い二人の影に追いつこうと私は自然と小走りになった。

「えっと、確かおイモがたくさんあったから、豚汁かイモグラタンですかね。」


 ポピさんがそれを聞いて、あからさまに嫌な顔をした。


「マカロニの代わりにイモ? そんなのグラタンとは認めないゾヨ。」


「だって、部隊の経費は税金から出ているから、日頃から切り詰めろとジアさんに言われているんです!」

 

 その時、空からヘリコプターが近づく音が聞こえてきて私たちは上を見上げた。


「チョットー!弐番隊が何やってくれちゃったの⁉」


 わわ!あれは誰⁉


 ヘリコプターにはピンク髪の美少女が仁王立ちになっていて、、拡声器を手にこめかみに青筋を浮かべて私たちを怒鳴っている。 


「今回はたまたま上手く行ったかもだけどー、洗浄をおろそかにするとバイオフィルムを引き起こすかもしれないんだよー⁉

 これは危険な事故(インシデント)ですー! 病院の会議の議題に出すから、明日までにレポートを提出しなさいッ‼」


「マズイ、壱番隊ゾヨ!」


「コウソはヒステリー起こすと手に負えないでヤンス!

 ある意味、デブリスよりヤバイでヤンスッ‼」


 慌てた二人はあっという間に車に乗り込み、エチルさんが運転席に座りエンジンをかけたの。


(嘘でしょ・・・エチルさん!)


 私は呆然と走り出す緊急車両を見送った。


(エチルさんが運転できるなんて知らなかった! 推しの新たな魅力、再発見ッ♡)


 だけどすぐに、自分が置かれている状況に気がついて青ざめたの。


「まま、待ってください、私をおいて行かないでーーー!」

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