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#10 継ぎ足し厳禁(2)

「イーオ、事務のペンさんから内線でヤンス。」


「ありがとうございまーす!」


(エチルさん、隙アリ!)


 受話器を受け取る時に、どさくさに紛れてエチルさんの手に触れようとした私は、無表情のエチルさんに手首を思い切りひねりあげられて悲鳴をあげた。


 ウグッ、下心がミエミエだったしら?


「グローブを履いたまま電話に触るのは不潔でヤンス。」


(そっちかーい!)


 私はすぐに医療手袋を外して不感染ゴミに投げ入れた。


 ふぅ危なかった。

 もう少しで大好きなエチルさんを、不潔にするところだったわ!


「申しわけありませんでしたッ!」


 エチルさんの美しい顔が華麗にほころぶ。


「生命を守るためでヤンス。」


 キャー! カッコよ!!

 今日も今日とて、私の推しは最強です♡


 ペンさんの電話の内容は、スマーが入荷したから事務室に取りに来いという内容だった。


 (イェイ♪

  これで切れかけていた私の首の皮がつながるよね‼)


 帰りまで待てなかった私はお昼の休憩時間に事務室でスマーを受け取り、女子トイレめがけて全力ダッシュをした。


 ※


 早速、個室に入って鍵をかけた私は、便器の蓋に腰掛けて意気揚々と外装の箱を開けた。


「スマーちゃん、オープン!」


 開けた瞬間、その中身に慄いて声をあげてしまった!


「ヒィッ!! ククク、クモッ・・・⁉」


 落ち着いてよく見てみると、それは小さな蜘蛛の形をしたイヤーカフだった。


 通信機器といえば勝手にスマホみたいな画面付きの電話を想像していたけど、このスマーは触手のような細い針金がウジャッと付いていて、使い勝手がわからない。

 ウルさんの話だと、登録して耳に引っ掛けるだけで脳へ信号が送られて仮想空間での通信が可能になるモノらしい。


 見た目はアレだけど、手を使わなくても操作できるなんて便利だよなぁ。

 私は早速箱からスマーを取り出すと、説明書を探した。


「ん? 何もないじゃん!」


 小さな箱には説明書もなければ注意書きのようなプリントもされていない。


「うー、やっぱ分からん。

 寮に帰ってから、もっかいウルさんに聞きに行こうっと。」


 諦めてスマーを箱に戻そうとした時、手の中のスマーの触手がパッと広がって飛びあがり私の耳にしがみついた。


「ピギャッ。」


 針金が耳をつかむ冷たい感触にゾワッとする!

 そう思った瞬間、キーンという耳障りな金属音が頭に響いて、目の前の世界がビョンと横に伸びて広がった。


「なになにッ⁉」


 キョドって周りの状況を確認している頭の上で、ポップな明るい音楽が流れてきた。


(わ、私はトイレにいたはずなのに、ここはどこーーー⁇)


 呆然と何もない空間に佇んでいた私は、他の異変に気がついた。

 どうもここには重力がないというか、浮遊感があるようで、ふわふわと身体の位置が定まらない。


 瞬きした時、目の前の光が弾けてその中心に羊のロボットのようなものが現れた。

 思わず身構えた私に向かって、ソイツは華麗にお辞儀したの。


『はじめまして。このコミュニティの案内役、執事のメリーさんです! ご用件をどうぞ♪』  

 

 あー、羊の執事ってことね。異世界にもオヤジギャグってあるんだ・・・。


『ここはどこなんですか?』


『こちらは仮想空間Xです。

 ここではマスターの好きな空間にアクセスして、様々な情報を得たり疑似体験ができるでしょう。それではご用件をお申し付けくださいませ。』


 よく分からんけど、これがスマーの機能ということかしら?

 私はゴクンと生唾を飲み切り出した。


「【エタノールの会】にアクセスできますか? 悩み相談がしたいんです。」

『もちろんです。

 ピピッ・・・条件一致。【エタノールの会】よりアクセス許可が下りました。

 それではマスター、こちらの扉を開けてください。』


 何もなかった空間に光る扉が出現して、メリーが横に長い三日月のような目を瞑ってお辞儀した。

 私は言われるがまま扉のドアノブに手をかけて、ゆっくりと押してみた。

 

 その瞬間、床と天井がグルンと反転して私は宙づり状態になった。

「キャアアア!」


 髪が一気に逆立ち頭の血が上った私は、悲鳴を上げた。


「たーすーけーてー!!」


(仮想空間でも、死なないとは聞いてないわ!)


「大丈夫ですか?」


 逆さになった私を、下にいた男の人が支えてもとに戻してくれた。

 いや、下が天井だから上にいたのかな?


 ふわふわした雲みたいなところに虹色のプラスチックのベンチが置かれただけの空間。

 私を助けてくれたスーツ姿に七三分けのキリっとした男性は、眼鏡の奥の柔らかい瞳を細めて話しかけてくれた。


「君、見ない顔だけど、ココは初めて?」


「あ、ハイ。

 ここはエタノールの会ですか?」


「そう。エタノール専門の異能を持つ能力者のコミュニティだよ。」


 言われて周囲を確認すると、複数の人たちがベンチに座り、輪を作って井戸端会議をしている。

 その輪に意識を向けただけで、ガヤガヤとした声が耳になだれ込んできて、エタノールに関する話題を聞くことができた。


 ふぇぇ。コミュニティ、面白いかも。


「ここで悩みを聞いて貰えると聞いたんですが・・・。」


「私はイソプロと申します。もし私で良ければ話してみて。力になれるかもしれませんよ。」


 私、ツイてる。

 優しい人に出会えて良かった!


 私は言葉を慎重に選びながらイソプロさんに勧められるまま、ベンチに座った。


「実はお恥ずかしい話、エタノールの異能のスランプでして・・・。

 エタノールが出せないと仕事に関わるので、どうにかならないかと。」


「それは大変でしたね。

 良ければ力になりましょうか?

 僕の体内で生成したエタノールを分けて差し上げますよ。」


「エエッ! 」


 こんな簡単に話が通ると思ってなかった私は、心臓が口から出るくらい驚いて立ち上がった。


「いっ、いいんですか?」


「困ったときはお互いさまです。」


「ありがとうございます!

 じゃあ連絡先を交換して、現実世界で待ち合わせをしましょうか。」


「この空間でも現実の物のやりとりはできますよ。コミュニティに入る前に、実際に物を手に持っていればオッケーです。」


「今、確認します!」


 私はイソプロに言われた通りボディバックの中身を探り、スプレーボトルを取り出した。


「ありがとうございます!助かります!!」


 こんなにスムーズに話が進むなんて!

 もっと早くこのコミュニティを紹介してもらえば、悩まなくて済んだかも。

 

 私はスプレーのノズルをクルクルと回して抜き取り、三角のプラ容器をイソプロさんに見せた。


「この容器に足してもらえますか?」


「では、パーティタイム!」


 イソプロさんの人差し指からあふれ出した無色透明の液がプラ容器に足されていく。

 注ぎ終わる瞬間、零れた水滴が跳ねて雲の上に落ちた。


「あっ、勿体ない。」


 思わず床に視線を落とした私は、雲が緑に染まったのに気がついた。

 

「え!」


 私の目の前で緑の液体からニョキニョキと煙が立ち昇り、巨大なデブリスの顔を形成した。


「デブリス⁉」


 顔だけのデブリスは、ギョロリと大きな目玉を動かして私を視界に捉えた。


『ククッ、足シタナ~!』


 体が硬直して動けない私の耳に、デブリスの邪悪な声が突き刺さる。


「どういうこと?

 どうして消毒薬からデブリスが出てきたの!?」


 私がうろたえていると、周囲の人たちがざわめいた。

「コミュニティにデブリス!?」

「あり得ない!」


「バカめ。」


 その時、急にイソプロが俯いたまま腹を抱えて笑い出した。


「どういうことですか!?」


 顔を上げたイソプロの私を見る目は、氷のように冷え冷えとしている。


「消毒薬だろうと洗剤だろうと、継ぎ足しをする時には必ず雑菌や微生物が入るんだよ!

 内容量を増やすときには総入れ替えが鉄則だ‼」


「私をだましたの!?」


「人聞きが悪いな。

 だまされるほうが悪いのさ。」


「ひどいよ・・・。」


 私がキッとイソプロをにらむと、イソプロが身もだえた。


「ククク、いい顔するね。

 これだから初心者狩りは止められないんだ!」


 初心者狩り?

 イソプロは全然いい人じゃなかったんだ!


(この人、普通に変態犯罪者じゃん‼

 いや、そもそもこんな初歩的なミスは、清浄処理部隊失格・・・!)

 

 何もできない私は、悔しくて声の限りに叫んだ。


「わーん、エチルさーん、ゴメンなさーい!!」


『食ウ‼』


 デブリスがコミュニティの能力者たちに襲いかかる寸前、疾風が鼻先をかすめてデブリスを真っ二つに切り裂いた。


『ギャンッ‼』


 ウソ。

 ここは仮想空間だよ?


 でも銀色の長髪、金色の瞳、狼の耳と尻尾を持つ青年といえば・・・。


「清浄処理部隊・第弐部隊隊長・エチル参上!」


「エチルさん、素敵ですッ! フゴォッ・・・。」


 感激で抱きつこうとした私は、いつもの激しめのアイアンクローで顔面を制された。

 今日も今日とて、私の推しは完璧です♡


 エチルさんは私の顔に指を食い込ませながら不思議そうに私に聞いた。


「なんでイーオがこのコミュニティに?」


「これにはいろいろ事情がありまして・・・。」


 私が事情を説明しようとしたとき、イソプロが焦った顔で割って入ってきた。


「お前は誰だ!」


「エタノールの会でエチルを知らないなんて、モグリだな。」


 成り行きを見守っていたコミュニティの住人たちがクスクスと笑う。

 エチルさんは不敵に笑った。


「このエタノールのコミュニティの管理人・エチルでヤンス。」


「ヒッ、エチル・・・清浄処理部隊の銀狼⁉」


「初心者の会員を騙してデブリスを出現させる不届き者が居るという噂を聞いて、仮想空間をパトロールをしていたんでヤンス。」


 私はイソプロを後ろから羽交い絞めにした。


「エチルさん、その不届き者はコイツです! 今、まさに私が騙されました‼」


「知りませんよ、この女がエタノールを足したいとかおかしなことをほざくから・・・。」


 ヤバ! エチルさんの前でソレ言わないでー‼ 


「イーオ、エタノールを足そうとしたの?」


「ウッ、アッ、ハイ。ごめんなさい。

 トランプ・・・じゃなくてスランプでして・・・。」


「なんだ、そんなこと。最初から相談してくれたらいいのに。」


 エチルさんは私のプラボトルの成分表示をジッと眺めた。


「一度この容器を洗浄、乾燥・消毒するでヤンス。

 それから私が同じアルコール度数のエタノールを生成してあげる。」


「えっ、あのでも、そんなの申し訳ないです!」 


「仲間が困っていたら、助けるのがチームでヤンス。」


「エチルさん・・・好き!」


 安堵した私はイソプロをその辺に投げ出して、両手を大きく広げてエチルさんに駆け寄ったけど、瞬時にオオカミの尻尾でゴミのように思い切り掃われた。


「グエッ!」


 その勢いで逃げようとしていたイソプロの背中に突撃した私は、イソプロとともに大ダメージを食らって床に転がった。


「これにて、一件落着でヤンス。」


 ※


 こうして(一週間くらいムチ打ちが残ったけど)晴れてエタノールの残量に困らなくなった私はデブリスとの戦いでも思い切りスプレー噴射ができるようになった。

 これで胸を張って、ただのスプレーを異能だと偽って暮らしていく自信がついたわ! 


 ふはははは!

 異世界転移詐欺者・爆誕‼


 でもそれが新たな疑念の種を生むことになるとは、このときは思っていなかったの・・・。


 ※

 

 ある日、ポピさんに同行した緊急出動の帰り道、不意に私のスプレーボトルをポピさんがひょいと持ち上げた。


「おぬしの異能は、本当に変わっておるのう。」


「あ、もうエタノールは満タンですよ♪」


 エチルさんの愛のチカラでね♡

 

 いろんな角度からスプレーボトルを眺めていたポピさんは、眉をひそめた。


「コレ、どこの文字?」


「えっと・・・アレ、ポピさんて漢字は読めないんですか?」


 ポピさんて普段は偉そうにしているくせに、漢字は不得意なのかしら。


(弱点発見!

 今度イジられたら、イジり返すネタができたわ♪)


 私が密かにほくそ笑んでいると、ポピさんが衝撃のひと言を放ったの。


「カンジ? こんな不思議な文字は初めて見るな。」


 え・・・?

 まさか、この世界に漢字はないってこと⁉

 

「あれ、でもエチルさんは・・・。」


 そう口に出したあと、私はゾクッとした。


(私の世界の文字を、どうしてエチルさんは読めたの・・・⁉)

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