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#1 イーオ、異世界で初出動します!

 考えたことはある?

 

 もしもライフラインが使えなくなったら。


 もしも明日、世界が壊れてしまったら。


 もしも未知のウイルスが人類を淘汰しようと目論んでいたら。


 予測する必要がある。日常が非日常になる前に。


 必要なのは洗浄と【消毒】


 ※


 2☓☓☓年、ウロングサイド・アース。


 比較的穏やかに発展してきた世界で、突如出現した未知のウイルスが世界的に増殖・変異を繰り返し、人類は生物ヒエラルキーのトップに君臨していることが大きな勘違いだと思い知らされる。

 そこでウイルスとそれに便乗してまん延するデブリス(無機あるいは有機の異物)の侵略に対抗するべくして政府が取った手段が、選りすぐりの異能集団を訓練した【清浄処理部隊】を結成することだった。


 それは洗剤を身体から抽出できる第壱部隊【洗浄班】・消毒薬を体内で生成できる第弐部隊【消毒班】・滅菌のスペシャリスト集団である第参部隊【滅菌班】の三部隊で構成されるエリート集団だ。


 ちなみに私、イーオ・オキサイドは第弐部隊の見習い隊員の一人で、目下消毒について勉強中のへなちょこ新人。

 そしてこの情報の全ては、私がデブリスに襲われていたところを救ってくれた隊長・エチルさんから薄っすらと習った話で、第弐部隊以外の隊員にはまだお目にかかったことがないし、異能についてもよく分かっていない。


 なぜなら、私がこの世界の住人ではなく異世界転移者だからだ。


 ここは私がいた世界にそっくりだけど、実際に生活してみると亜人や獣人が居たりして全然勝手が違う世界だ。

 色々なタイプの種族が共生はしているけれど、能力がない非力なただの人間には大変なことが多いし、毎日が失敗と発見の連続で凹むことも多々ある。


 実は私は、元の世界では未知のウイルスに罹患して死ぬ直前だった。

 最期の力を振り絞って置き配で届いた消毒スプレーを手にした瞬間、まばゆい光とともにこの異世界に転移したのよ。


 病魔に蝕まれてからは家族からも見放され、非対面行動を政府に強要されて孤立無援の引きこもりだったから、空気を吸っても肺が痛くないことに気づいた時には、驚きすぎて泣いてしまった。

 酸素マスクもしないで自由に外出ができる健康な身体を手に入れたという点では、この世界はとても魅力的に映ったし、第二の人生を謳歌しようと決意させてくれたのよ。

 

 だけど一つだけ、この世界の人たちに秘密にしていることがある。

 それは、異能だと思われている【私の能力】が本当は・・・。


 ※


 私が働く大学病院内にある滅菌消毒室にけたたましい警報音が鳴り響き、一瞬にして室内に緊張感が走った。


「クソ、なんでこんな時に限って緊急出動・・・!」


 第弐部隊【消毒班】副隊長のポピさんは、自慢の薄紫色の長髪を掻きむしり苦悩の色を浮かべた。


 苛立つのも無理はない。

 いま現在ここに居るメンバーは、役に立たない見習いの私とポピさんだけ。


「あの、エチルさんやジアさんやウルさんはどこに?」


「別件でそれぞれ緊急出動していて帰還は未明ゾヨ。」


「それは、つまり・・・。」


「おめでとう、新人。

 初出動決定ゾヨ。」


「ッ・・・エエエーーー⁉」


 死刑宣告を言い渡す看守みたいなポピさんの声が、頭の中でリフレインする。

 私は無意識に腰から下げているウエストバックを上から押さえた。


「さあ、早く準備するゾヨ!」


「スミマセン!」


 短気なポピさんに尻を蹴とばされた私は、慌てて棚の上の防護エプロンの箱に背伸びをして手を伸ばした。

 自信がなくても初出動でも、動かなくてはここでは生きていけない。


 この滅菌消毒室で働くにあたって、私が最初に覚えたことは【考える前に行動する】ということ。

 ここはコンプライアンスなんてお構いなしの、かなりのブラックな職場なのだ。


 でも右も左も分からない異世界出身の私がなんとかやっていけるのは、ここで働かせてもらっているおかげ。

 どんなにポピさんに煙たがられようが、私は彼の長い脚にしがみついてでも現場に向かわなきゃならないのよ!

 

 ポピさんはスラリとした身体に防護服とゴーグルとグローブを次々に身につけていく。

 防備を身につける順番を思い出しながら焦って着替えている私を、準備万端のポピさんが上から下までジロリと見下ろした。


「ちなみにお前の異能はエタノール噴射だったか?

 エチルみたいなもん?」


 私を異能者と認めて拾ってきたのは隊長のエチルさんで、他の隊員の人たちは私の能力を見たことがないのだ。

 まあでも、これが能力と自信を持って呼べるのかは微妙なんだよね・・・。


 私は薄ら笑いを浮かべながら頭をかいた。


「いえいえ、私めの能力などエチルさんの足元にも及びません!

 みなさんのようにデブリスとの正面対決は無理なので、予防や奇襲向きの能力なのかなと・・・。」


「マジかよ。まあ、最初から頼りにはしてねーけどな。

 デブリスが集合体になると厄介だから、分散させるくらいの囮にはなってくれゾヨ。」


「ハイ、精一杯やらせていただきます!」


 せめて誠意だけは見せたくて、私は元気に返事をした。


 ※


 この世界は昼でもガスに覆われていて、スカッと晴れているのを見たことがない。

 それは意思を持ったウイルスが世界を侵略し、それに共鳴したデブリスの身体から出る汚染されたガスが自然の力で浄化しきれないからだという。


 もし、清浄部隊が使命を全うできたら、この世界の空はどんな色をしているんだろう。


「早く出すゾヨ!」


 緊急車両の助手席で足を組んでふんぞり返ってるポピさんに急かされ、私は慌てて運転席に乗りエンジンをかけた。


 デブリスの発生地点までは緊急車両のジープにサイレンを鳴らし、赤色灯を回して向かっている。

 車の性能や道路事情は私の知る世界とほぼ一緒だけど、デブリスが繁殖すると混沌化が進みコンクリートは荒野になってしまうのが難点なのだ。

 

 道なき道を走るために極太オフロードタイヤの搭載は必須で、車高を高く上げたダンプ車のような大型ジープで荒野を走るのは実に爽快だった。ちなみに私は運転免許はあるけど引きこもりだったので、安定のゴールド免許保持者だ。


 デコボコの道にも速度を落とさずに車をガタガタ揺らして走らせていると、助手席のポピさんが酔ったように青い顔をして額に手を当てていた。


「もう少し優しく運転するゾヨ・・・。」


 いつも滅菌消毒室でさんざん怒鳴られているから、ちょっとだけいい気味だわ。

 テヘペロ!


 やがて砂塵が舞う荒野に灰のようなものを巻き上げる黒い影が見えた。

 人間の三倍はあるだろう、巨大な黒い物体。


 初めてこの世界に転移したときに、突然襲われた記憶がフラッシュバックする。

 ブレーキを踏んだ私は、ギアをパーキングに入れてゴクリと生唾を飲み込んだ。


「ポピさん、アレが()()()()ですよね・・・。」


 今にも吐きそうになっていたはずのポピさんは、もう車のドアを開けて外に出ていた。

 臭い突風がポピさんの長髪を揺らしてデブリスの急接近を暗示している。


「そうだ。あれが消毒対象物ゾヨ。」


 私も車の外に転がるように出ながら、ポピさんの背中と眼前に迫ってくる巨大なデブリスを見比べた。

 女性と見まごうような中性的な体型のポピさんは、デブリスに対抗できそうには見えない。


「助けてくれ、清浄処理部隊!」


 私たちに気づいた一般人が、傾いた黒塗りの車の横で大きく手を振っている。

 乗っていた車がデブリスに破壊されて脱輪したようだ。


「清浄処理第弐部隊、消毒班・ポピ・ヨンヨード参上!」


 ポピさんが格好つけて名乗りを上げている間に、私は一般人を誘導して緊急車両の側に避難させた。


「もう大丈夫ですよ。通報してくれた方ですか?」


「高い税金払ってるんだから、もっと早く処理に来てくれよ! 俺の高級車が逝っちまったじゃねぇか!」


 助けてもお礼を言われるとは限らない。

 一般人にドローン型の通信機器を貸して保険屋に通信をさせると、私はポピさんのもとに早足で戻った。

 

(そういえば、私もポピさんが戦うのを見るのは初めてだけど、どうやって消毒する(たたかう)のかな?) 

  

 エチルさんの話では、第一部隊の洗浄班の後に第二部隊である消毒班が切り込むのが定説(セオリー)だと聞いたことがあるが、未だに第一部隊の車の影すら見えない。


「作戦は、どうしますか? 洗浄班到着まで待機しますか?」


「バカも休み休み言うゾヨ。」


 ポピさんは私の質問を鼻で笑うと長い脚を天高く振り上げた。


「囮になると約束したではないか。」


「え?」


 次の瞬間、恐ろしい脚力でサッカーボールのようにポピさんに蹴られた私は、大砲のようにデブリスに向かって放たれた。


「ギャアアアアーーー‼」


 鬼畜上司のせいで、今世もオワタ‼


 意識が飛ぶ。

 色んなことが走馬灯のように呼び起こされてきて、頭の中はスローモーションの無声映画のように静かになった。


 ああ、せめて私を助けてくれたエチルさんに恩返ししてから散りたかった・・・!


 エチルさんの白銀の長髪、陶器のような白い肌、鈴を震わすような美声、狼の耳と尻尾もアクセサリーみたいで素敵だった・・・。

 人生で初めて尊敬できると思ったあの人に、会ってから死にたかった・・・。


 朦朧とした意識の中で、私はハッキリと自分の目的を思い出した。


(そう、そうよ。

 生きる意味を思い出させてくれたエチルさんに恩返しするまで、私は散るわけにはいかないじゃない!)


 空中を弾丸のような速さで垂直に滑空しながら、私は風圧に耐えつつウエストバッグからスプレーボトルを取り出した。


 私は異能力者なんかじゃない。

 でも秒で除菌ができる【消毒スプレー】なら持っている!


 デブリスが飛来してきた私に気づいて咆哮した瞬間、私は思い切りスプレーのトリガーを引いた。


「喰らえ!」

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