10話 漫ろ
休み明け。先輩の様子が普段通り過ぎて休日の事については絶妙に触れづらい中・・・先輩と会社の喫煙ブースで休憩中に他愛ない話で盛り上がっていると同期のタカナシがブースに入って来た。
「お疲れ」
「お疲れさん」
「おう。お疲れ様です」
「焼き肉の後、タダ連れて飲みに行ってどうだったんだよ?」
「タは分かるんですけど。ダの方も意外と身持ち固そうで意外でした」
「へー、って事はフラフラしてんのはお前だけか」
「ですねー」
「お前ら同期だよな?確か」
「「はい」」
「足して2で割りゃー良い感じにでもなりそうなのにな」
足して2で割るというか・・・タカナシが俺に少し分けてくれればそれで済む・・・。
「コイツとですか?気持ち悪い」
「こっちのセリフだ」
「カナタは別格として、先輩もかなり身持ち固いですよね」
「まぁ、そりゃ結婚してるしな」
また微妙に触れ辛い話題を・・・と思ったがタカナシは知らないんだから仕方無いか。
もしタカナシが先輩の地雷を踏めば即座に逃げられる様にブースの扉付近に移動した。
そして、この間はたまたま溜まっていた鬱憤が爆発しただけなのか。それとも本当に限界が近いのか、これを機に見極めよう。
等と姑息な事を考えていた。
が・・・別段、普段と変わらない様子だったのでこの間がたまたま虫の居所が悪かっただけなのかもしれない。それこそ家を出る前に奥さんとちょっとした喧嘩をしたくらいの何かがあっただけ。
そんな推理とも呼べない様なものをぼーっと考えていたら。
「カナタ」
「ん?」
「邪魔」
「は?」
「いや、どいて」
「え?あぁ、ごめん」
いつの間にかタバコを吸い終わったタカナシがブースから出ようとしていて。扉の前を陣取っていた俺が邪魔だった様だ。
怪訝な顔をしながらブースを出ていくタカナシを視線だけで見送り、振り返ると・・・そこには呆れきった顔の先輩が居た。
「え?な、なんですか?」
「いや、まぁ・・・悪いのは俺だからあんま責めれないけどなぁ」
「え?え?」
「こないだの事、気にしすぎだろ」
「えっ」
「夫婦喧嘩は犬も食わないって言葉あんだろ?」
「え、はい」
「聞いてくれて気が楽になったから助かったけどな?あんま気にすんな。どこの家でも夫婦なんてのは喧嘩するもんだ」
「そ、そうなんですね」
にしてはちょっと内容が重かった気はするけど・・・本人がそう言うんだから関係の無い俺が何か口を挟んだりするべきでは無いし、気にするだけ無駄なのかもしれない。
「分かりました」
「おう、すまんな」
「いえ」
「んじゃ、そろそろ仕事に戻るかー」
「はい」
赤の他人の家庭の事情よりも正直なところ・・・休日明け、月曜日の溜まりに溜まった仕事の方が断然気が重い。
仕事に戻ってからも今日は何故か仕事に集中出来ずにどうでも・・・は良くないが仕事には関係無い事ばかり色々と考えてしまう。
先輩と奥さんの事・・・これは俺がいくら考えたところで口を挟む問題では無いしいくら考えたところでどうしようもない問題だ。
分かってはいるが思考が向いてしまうのは止めようが無い。
なので強制的に別の問題を考える。
そう。
俺の新居の問題だ。
タバコ問題はこの際置いておいて・・・あの謎の部屋や通路。あれが一体何なのか。
そして、あの通路に居た謎の物体。あれが一体何なのか。
いくら考えたところで答えは出ない。
忙しいのを良い事にその事から目を逸らして来たが良い加減向き合わなければならない気もする。
その事が脳裏をかすめる度に住民票を移しに役所に行ったり、免許の書き換えに警察署に行ったりとやらなければいけない事ではあるが刻一刻を争う事では無い。
正直、新居に謎の部屋がある。謎の通路がある。謎の生物が居る。これらに比べれば優先順位としては遥かに低いであろう事を優先して行い、目を逸らし続けてきた。
そんな事ばかり考えていた所為だろう。
「カナタ」
「え?あ、はい」
「手ぇ止まってんぞ。ぼーっとすんな」
「す、すいません・・・」
そう。集中すべきは仕事だ。
今は先輩や奥さんのプライベートについて考えたり、謎の新居についてあれこれ思案する時間ではなくお給料を貰ってお仕事をする時間。
「カナタァ」
「す、すいません・・・」
また手が止まっていた・・・。
結局、この日は休み気分が抜けなかったのか気も漫ろで定期的に叱られながら1日を過ごした。
それもしょうがない。
あの謎の部屋の使い道に気付いてしまったのだから。
そして、その準備をするべく定時キッカリに退社して本日何度目になるか分からない先輩の呆れ顔を頂戴してから帰路についた。