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第3話

ここから主人公目線です。




ここが南の大貴族、ラングフォード公爵邸ーーー。


王都の南方。

広大な敷地の中心部に築かれた白亜の公爵邸。

その誉高き家柄に相応しい重厚感と気品を漂わせていて、まるで城のようだった。

敷地に入ってから屋敷の玄関口までは、馬車が通るため一直線の砂利道になっている。それ以外は短く刈り揃えられた芝が一面に広がっていた。


なんて大きな屋敷なんだろう。


これほど立派な屋敷で働くのは初めてだった。

ありきたりな感想しか出てこないのが惜しいくらい、荘厳な光景だ。


今日から私はイリス・ターナーではなく、エレイン・ホールデンとして、このラングフォード公爵家の屋敷に勤めることになった。玄関口で執事の方と待ち合わせる約束になっている。


砂利道を歩きながら、リディア様から受け取った情報を頭の中で反芻した。


屋敷の主であるルゴルト・ラングフォード公爵閣下は、公爵位をもつと同時に、王国軍の将軍としてもその名を馳せる偉丈夫だった。

卓越した運営で領民を導く領主、そして王国を守る屈強な軍人という二つの顔を持つ公爵は、人々からの信頼は篤い。

その地位と栄誉に相応しい人物であることは、誰の目にも明らかだった。


次期公爵の長男クライヴ様は、公爵の片腕として領地運営に尽力する秀才として知られている。

端正な面差しで物腰穏やかな彼は、社交界きっての人気を誇っていたが、二十六歳を迎えた今年、幼馴染みである伯爵令嬢との婚約を発表した。


次男のレスター様は公爵と同様に軍属していて、二十歳という若さで、精鋭揃いの王国軍の中でも指折りの実力と言われていた。

そして西方の華と謳われた母譲りの美貌も相まって、令嬢達の眼差しは熱いらしい。


公爵夫人は十年以上前に流行病で亡くなっているそうだが、裏庭の花壇には夫人が大切に育てていたという彼女の故郷の花が、今も大切に植えられているという。



玄関の大扉の前に執事服姿の初老の男性を見つけて、私は小走りでそちらに向かった。

私に気がつくと、その男性はにこやかに私を迎えてくれた。


「ようこそ。お待ちしておりました」

「初めまして、エレイン・ホールデンです。本日からこちらで働かせていただくことになっています」

「旦那様より伺っておりますよ。私は執事のアルバートです。どうぞお入りください」


アルバートさんは、公爵のスケジュール管理の他、お屋敷で働く人々を束ねる統轄者としての仕事もしている多忙な人だった。

客間で雇用契約のお話を受けてから、私の教育係となるメイドの方を紹介してもらうことになった。


「あなたには、レスター様のお部屋付きのメイドとして勤めていただきます。ベルタという女性があなたの教育係になるので、仕事は彼女に習うようにしてください。屋敷の案内や宿舎の説明も任せてありますので」

「かしこまりました、ありがとうございます」


そこで、タイミングよく客間の扉がノックされた。


「アルバートさん、ベルタです」

「どうぞ」


中に入ってきたのは、柔らかく微笑む年配の女性だった。

艶のある白髪を後頭部で一つにまとめ、皺ひとつないエプロンドレスをまとっている。


「ベルタさん。こちらが本日から勤めていただくエレイン・ホールデンさんです」

「どうぞよろしくお願いいたします」

「ええ、ええ。素敵なお嬢さんが来ると聞いて、楽しみにしておりましたよ。ベルタ・ラトリッジです、お願いしますね」


ベルタさんはその居ずまいも、ひとつひとつの動作も洗練されていた。

アルバートさんと別れて、ベルタさんに屋敷を案内してもらいながら話を聞いていると、彼女は二十代後半から六十歳を迎えた現在に至るまで、ずっとこの屋敷に勤めているそうだ。


「クライヴ坊ちゃまもレスター坊ちゃまも、本当にご立派になられたわ。こうして近くでお二人の成長を見ることができて、こんなに嬉しいことはないわね」


まだ幼かった二人の公爵令息を思い浮かべているのだろう。

懐かしむように語るベルタさんの表情は、これ以上ないくらいに慈愛に満ちていた。

この公爵家に心から仕えていることが伝わってくる。


一方の私は、任務のために一時的にここへやって来ただけの半端な立場だ。

恋愛云々は演技とはいえ、この人を騙すような真似をしたくないのは山々だが、ここは南北の平和のために割り切らなければ。

その代わりと言ってはなんだが、メイドとしての仕事は誠意を尽くそう。


「さあ着いた。ここがレスター坊ちゃまのお部屋よ」


レスター様の私室は、屋敷の東側の三階にあった。


「坊ちゃまは今、基本的に軍の宿舎で寝泊まりされているわ。ここには週に一、二度ほどしかいらっしゃらないのよ。次のお帰りは明日と聞いているけど、ちょうど一週間ぶりだったかしら」


室内には質の良い調度品が揃っているものの、部屋自体を使うことが少ないからか、公爵令息の私室にしては整然としすぎているくらいだった。


それよりも…レスター様とは週に一、二度しか会う機会がないのか。

一目惚れという設定にして、早々に仲を深めても違和感がないように装うとか、何かしらの策を考えた方がよさそうだ。


「私たちの仕事は、お部屋を整えることやお召し物の準備、それから郵便物の仕分けが主ね。それともうひとつ大切なのことがあるの」


メインルームは扉を隔てて、ベッドルームやバスルームに繋がっていた。そちらとは反対側の壁にもう一つ、別の部屋に繋がる扉があった。

ベルタさんがその扉を開けると、そこには…


「「にゃーん」」

「!」


日差しがよく入るその部屋には、なんと子猫が二匹いた。


それぞれ赤と青のチョーカーを首につけた黒猫で、まだ片手で抱き上げられるような大きさだ。

ぴょんぴょんと跳ねながら、お互いのしっぽにじゃれつき合っている。

あまりのかわいさに、思わずぼうっと見惚れてしまった。


「すごくかわいいですね…」

「ふふ。赤いチョーカーをしているのがルルで、青い方はリッテよ。どちらも女の子。軍の宿舎の前で弱っていたのを、坊っちゃまが見つけたみたいで…あちらでは動物の飼育ができないから、とりあえず坊ちゃまが一ヶ月ほど前にここへ連れて帰られたのよ」


見渡すと、この部屋は完全に子猫仕様になっていた。

壁には子猫が登れるようにいくつか板が設置してあり、そこに柔らかそうなクッションなども置かれている。爪研ぎ用のスペースやトイレもあった。


「最初は貰い手を探していたのだけど…可愛くて、皆手放すのが惜しくなってしまって。夜は子猫たちだけにできないから、住み込みの庭師か、本邸に居室を持つアルバートさんに預けているの。もちろん坊ちゃまがお帰りの時は夜もこのお部屋にいるわよ」

「こんなにかわいければ、手放したくなくなってしまいますね」


屈んで子猫達に手を伸ばす。

くりくりの淡い紫の瞳が、不思議そうに私を見つめた。

……かわいすぎる。犬派猫派の二択なら、私は猫派だ。


「坊ちゃまのお部屋を整えるのは半日あれば十分だから、後はこの子達の面倒を見るのが仕事ね。お水とご飯の用意と、トイレのお片付けも忘れずに。たまに玩具で遊んであげると喜ぶわ」

「子猫達は他のお部屋にも出入りしていますか?」

「ええ。メインルームやベッドルームに入れても大丈夫よ。廊下に出てお屋敷中を走り回ってしまうと困るから、目の届く範囲にいてもらわなくてはだけど」

「かしこまりました」


ベルタさんが青いリボンをしたリッテを抱き上げようとしたけれど、するりとその手を抜けて、日がさしている窓の桟に登っていってしまった。のんびり欠伸をしている。


「この子達ったら坊ちゃまには甘えん坊なのに、まだ私にはなかなか懐いてくれないの」

「…私もぜひ、懐いてもらいたいです」

「ふふ。女性には手厳しいかもしれないけれど、一緒に頑張りましょうね」


このかわいい子猫達の籠絡も、私の個人的な任務として追加しておこう。




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