第1話
どんな世界にも、表があれば裏もある。
それは誰もが羨む豪華絢爛な日々を送る貴族たちも同じ。
きらびやかなドレスに身を包み、女神のような微笑みを浮かべるあの貴婦人も。物腰柔らかで気品溢れるあの紳士も。
その心に秘めたるは海より深き欲望、その身を焦がすは地獄の焔より激しく燃え盛る嫉みと妬み。
人には言えない秘密が巣食う貴族界。
けれどそこに我々“銀獅子の宝飾店”の仕事がある。
ほら、見て。噂をすれば影。
今日も明日も依頼は届く。
ようこそ、銀獅子の宝飾店へ。
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アルナン王国の王都の外れに、腕利きの職人が営む宝飾店があった。
数十年この地に店を構えており、訪れる客は新たな宝飾品を求める者、修理を依頼する者ーーそして第三第四の目的をもった者が訪れる特殊な店だった。
店の二階、奥まった狭い部屋に四人の人物がいる。
彼らは年季の入った木製の丸テーブルを囲んで座っていた。
神妙な面持ちで口火を切ったのは、琥珀色の髪を背中まで伸ばした若い女、イリスだった。
「リディア様。どうされますか?うちの店は裏の世界で変人の詰め所と言われていますし、そうそうまともな働き手は捕まりません」
四人は目下、この“店”の働き手不足を解消するべく会合を行っていた。
イリスの問いに答えるのは彼らを束ねるリーダー、艶然と微笑む美女リディアだ。
「辛辣な指摘をありがとう、イリス。だが一点だけ訂正させていただこう。もう一度ここにいる面々を見て欲しい。確かに我々は紛うことなき変人の集まりだが、それ以外にも特筆すべき共通事項がある!」
リディアの言葉に頬を膨らませたのは、赤い宝石を嵌め込んだようなアーモンドアイが印象的な少女ハンナだ。
「紛うことなき変人ってひどいよーリディア様」
ハンナに椅子をガタガタ揺さぶられながらも、リディアは構わずバンッとテーブルを叩いて立ち上がった。
「いいか。諸君の変人以外の共通事項とは、その秀でた容姿だ!有難いことに、それぞれなかなかの美形ではないか?私は言わずもがな、イリスは黙っていればクールビューティー、ハンナは腹黒い手口で主人公をいじめる悪役プリンセスような愛らしさ」
「全然うれしくないよ〜。でも名前が出てこないラスさんよりマシかなぁ」
「リディア様。ラスデン様のお名前を飛ばしていますので何らかのコメントを」
本題から話が逸れがちな姦しい女性陣を睨んでいるのは、この場で唯一の男性である青年ラスデンだった。
彼は銀縁眼鏡をかけ直しながらため息をついた。
「君たちは僕を馬鹿にするためにここへ集まったのかい?頼むから話を進めてくれよ」
「おっと、そうだな。失礼した」
ラスデンに促され、リディアがよっこらせと座り直す。
一転してキリッと表情を引き締めた彼女は、三人を順々に見回した。
「諸君。君たちも知っての通り銀獅子の宝飾店は、裏世界の仕事を請け負う影の組織。我々は日々持ち込まれる様々な無理難題をこなしてきた。すべては我々の胸の中に深く刻まれた、国と民を想う正義のために!」
議員ばりの力説を披露するリディアに、ラスデンはがっくりと項垂れた。
「そんな大層な依頼は来ないだろう。僕のおとといの仕事は、妻から贈られた眼鏡を泥酔して失くした子爵からの、遺失物の調査依頼だったよ」
「あたしは反抗期の娘さんと楽しく会話したいっていう男爵さんと、お話練習会してたかな」
彼らの言う通り、銀獅子の宝飾店に持ち込まれるのは、貴族絡みの少々特殊な案件ばかりである。
一昔前は裏世界の仕事というに相応しい依頼を請け負っていたが、ある時から方針転換したらしい。
四人の中で最年長、しかし年齢不詳の美魔女リディアは“一昔前”の仕事を経験しているが、それ以外の三人は“今の”銀獅子の宝飾店の姿しか知らなかった。
今では半分何でも屋のような内容が多く、一夜の過ちの証拠隠滅の依頼とか、意中の女性との縁結びなんかもあった。
周囲に協力を仰ぐのはやや気まずい、しかし暗殺や諜報活動を請け負う真の闇の組織に依頼するものでもない。
そんな案件が銀獅子の宝飾店に集まってくる。意外にも需要があり、依頼が途切れることはなかった。
「今は比較的平和な世の中だからな。それでも依頼は届く。ありがたいことに毎日毎日、どうでもいいような依頼が何件も!」
「本音がだだ漏れです、リディア様」
今度のイリスの指摘はまるで無視して、リディアは言葉を続けた。
「仕事は来る。しかしうちは万年人手不足だ。いつの間にか任務実行班はこの四名のみとなってしまった…」
「まあ、思ったより報酬低いもんね。裏世界の仕事ってもっとがっぽり儲かると思ってたけど、内容が内容だし仕方ないかー」
ハンナのぼやきも無視して、リディアはさらに続けた。
「とにかく足りないのだよ、人が。いくら我々が血の滲むような修行を経て鋼のごとき肉体と精神を手に入れていたとしても、徹夜をするにも限度がある。そうだろう?」
眠いのだよ!
リディアが嘆くように叫んだ。
確かにその美しい碧眼の下には寝不足だーと主張する隈が鎮座している。
ちなみに他三名も同じように、各々の目の下に濃い影があった。
「つまり、我々は仲間を増やさねばならない。じゃないと仕事が回らないからね。とはいえ人材の獲得は難しいものだ。待つだけではいけない。運命の王子様をただ待つだけでは嫁き遅れるのと同じように」
「嫁き遅れって…」
顔を引き攣らせるラスデンに構わず、再びリディアが椅子から立ち上がって高らかに宣言した。
「そこでだ。我々が今すべきこと…それは、己の美点を全面にアピールしてシフトメンバーを獲得するのだ!」
「えー、色仕掛けってこと?」
「そんな感じさ。美貌は活かしてなんぼ。各自恵まれた容姿を活かして、才ある人材を籠絡してみせようじゃないか。ああ、言い忘れていたが…ラスデンも眼鏡を外すとナイスガイという今流行りの恋愛小説的展開にはならない」
「ならないんかーい」
あっはっはと腹を抱えて笑うハンナ。
呆れ果てたラスデンは机に突っ伏していたが、最後の気力を振り絞って言葉を紡いだ。
「……とりあえず、スカウトすればいいんだね。当てがあるから声をかけてみるよ」
「あたしもー。イケメンのツテがあるから聞いてみるね」
「うむ、頼りにしているよ諸君」
私もと名乗りを上げようとして出遅れたイリスに、キラッとリディアの流し目が向けられた。
「イリス、実は君に籠絡してほしい人物は既に決まっていてね。この後少し時間をいただけるかい?」
「あ、そうだったんですね。かしこまりました」
指名が来るような知り合いが自分にいたか考えこむイリスに、リディアは鷹揚に笑んだ。