6.シアーナスの企み
「見かけによらず、やれる方だったのですね」
アイリーンに王宮にしばらく滞在する事を伝えると、とても驚かれた。
「シアーナス様が積極的で良かったですわ」
「あの、そういう訳ではないのですが..」
シアーナスが説明しようとすると、
「今の時期に婚約者候補のシアーナス様が一人だけ王宮に住まうというのは、婚約者に決まったと思われるでしょうね」
「そうなんですか?」
レイザリオンが王宮への滞在を言い出したのは、元はと言えばシアーナスが光石の話をしたからだ。それをここで説明するのは悪手のような気がしてシアーナスは口をつぐんだ。
「心配しなくても、滞在中大人しく過ごすだけで貴方が婚約者で決まりでしょう。先日も言った通り、婚約者が必ず結婚するわけではないから、気楽にしてると良いわ。結婚なんて世間の都合で変わってしまうものだから..」
アイリーンは気楽にと言うが、シアーナスの中で婚約者という立場は重い。
ふと、今の候補が全員駄目なら、他の候補を挙げたら良いのではないかと思った。公爵家で読んだ本の中には、下位貴族の令嬢と王太子が恋に落ちる話があった。
(レイザリオン殿下に話してみよう)
王都に来て一番親しみを感じたのがレイザリオンだったので、彼には良い印象しかなかった。シアーナスは、レイザリオンに会ったら直談判してみようと思った。
レイザリオンは、コーエンと執務室にいた。
「カーサルから連絡が来ました。予定通り出立したそうです」
コーエンは周りに誰もいないのに、レイザリオンに近づいて小声で話した。
運動能力が高く、敵に対して細かく目を光らせている。コーエンは騎士にうってつけの人間だった。近衞兵の団長をしており、男達からの信頼は厚い。
その分女性との交流がないので、女性に対しても普通に鋭い眼光を送ってしまう。
その上、昨日の夜会はいつもの二倍増しで顔付きが険しかった。
「シアーナスを怖がらせないようにしてくれ」
「分かってます。彼女は大事な駒ですから」
レイザリオンは自分でもそう思っているのに、他人から聞くと不快な気持ちになった。
「その言い方は止めろ。誤解を招く」
「しかし、アーカイアとの交渉で次第では売り渡さないと行けませんよ」
「言い方に気をつけろ!それは、こちらの努力次第だ。それに新しい提案はシアーナスのアイデアだ」
レイザリオンは、珍しく苛立ちを抑えきれなかった。
アーカイア軍は、アーカイアとノーインの間にあるユーグレア国との交渉の為に自国を出立した。その交渉にはカーサルも立ち会う予定だ。
「新しい条件と提案を書いた。カーサルに送ってくれ」
ユーグレアは農業国家だがインフラの発展は遅れている。自領を囲った山は馬車道が少なく、ほとんどの道は馬しか通れなかった。それ故、他国から守られる反面交流も少なかった。三国が協力すれば、お互いに利がある。
「...シアーナスには、この国にいてもらった方が利が大きい。そのつもりでコーエンもシアーナスに接してくれ」
叱責を受けたコーエンは、暗い顔で頷いた。カムワンが正当な要求をせずサーザン公爵家に搾取されている事を、コーエンは良く思っていない。以前のレイザリオンと同じだ。しかし本来なら成果を出す彼らは守られるべき存在だ。真っ当な補佐がいなかっただけなのだ。
それにシアーナスの言葉から、最良と思われる条件と提案を思いつく事ができた。脳筋のコーエンには少し難しいので内容は話さなかったが、これをカーサルが見たら、直ぐに実現に向けて動き出すだろう。
まだ暗い顔をしているコーエンにレイザリオンは言った。
「国がカムワンを取り込めば、彼らは利益にしかならないよ」
コーエンは顔を顰めた。
「しかし私は、女性は信用できません」
一年前のレイザリオンの婚約解消で、側近のカーラムとコーエンの婚約も白紙になった。ウコナックの王女が伴侶とならないレイザリオンは邪魔でしかないし、そんなレイザリオンの側近には将来性がないと判断されたのだろう。
表向きの理由はレイザリオンの婚約者候補がいない為。サーザン公爵、宰相、辺境伯、三者三様の思惑があって三人の娘がレイザリオンの暫定婚約者候補となった。彼らは一枚岩ではない。
「女性は、簡単に人を裏切ります」
自分の婚約者だったタニアが、あっさり婚約解消に同意しレイザリオンの婚約者候補を受け入れた事に、コーエンは傷つき捻くれまくっている。昨日の顔付きの悪さは、タニアに久しぶりに会ったせいもあるのだろう。
(タニアに嫌われてたんじゃないのか)
女性の扱いを学ぼうともせず、タニアと会っても武系の話をしていたとか。辺境伯令嬢なので興味が全くないとは言えないが、毎回それではデリカシーがない。
きっとタニアはこれ幸いと婚約解消したのだとレイザリオンは思っているが、今のコーエンにはまだ話せない。
(武人としては優秀だから、今は集中させておきたい)
主に実直であるが故に、レイザリオンに懇々と欠点を諭したら悩みまくるだろう。今は一部の隙も許されない。
「明日から、シアーナスが王宮に来る。アーカイアの軍隊が来る前に、シアーナスには婚約者になってもらう」
最近は刺客は減り、毒物混入が主になって来た。
お陰で、食事はもっぱら近衞兵のルイがこっそり買って来る果物や乾燥肉ばかりだ。
「早く、普通に食事が取りたい..」
りんごを食べながら、レイザリオンはつぶやいた。