5.初めての夜会
王宮の夜会はシアーナスが思っていたより質素だった。楽団の人数は少なく、そのせいでピアノの音が妙に目立っていた。光石の数も少なく隅の方は薄ぼんやりしていた。
一緒に来場したアイリーンは、隣にいる実兄と何やらこそこそ話をしていた。
シアーナスに知り合いはいないが、多くの貴族がシアーナスをチラチラ見ていた。
近づかれるよりよっぽどいいので、シアーナスはそんな貴族達と目が合わないようにした。
「シア」
声を掛けられて振り向くと、兄のサイナスが立っていた。
「お兄様!どうしたのです?」
サイナスも社交に滅多に出ない。
「王家から、カムワン家も出席するようにと連絡があってね」
「まあ、そうなんですね。それで進み具合はどうですか?」
王都に来て以来の普通のおしゃべりだと、シアーナスの胸はワクワクした。
「シアがいないから予定より遅れているよ。でも国から補助金が出るから..あっこれはまだ内緒だった。秘密だよ」
「ええ、でもそれは..」
「陛下ご入場です!」
会話は王族の入場で遮られた。入って来たのは王と王妃、王太子のレイザリオンと第二王子のオルメリオンだ。
王が開会を宣言しダンスが始まった。レイザリオンがアイリーンとダンスを踊り始めた。後でシアーナスも踊らないといけないだろう。
「失礼だが、カムワン家のサイナス令息だね。私はサーザン公爵だ」
サーザン公爵が二人の前に立った。
「あっ、公爵様、妹がお世話になっています」
サイナスがのんびりと挨拶を交わした。公爵家に滞在しているシアーナスだったが、サーザン公爵に会うのは初めてだった。
「お世話になっています。公爵様」
シアーナスもサイナスに続いて礼をとった。
「ああ君がシアーナス嬢か。この度はご苦労だな。まあ、そのうち君は家に帰れるだろう。王都を楽しんでいればいい」
サーザン公爵は、シアーナスが婚約者になるとは思っていないようだった。
「ところで、研究の進み具合はどうなのだ?予定どうり二ヶ月で間に合うのだろうな?」
「それが、なかなか思うように進まず少し遅れそうです」
サイナスは悪びれもせずに答えた。
「それは、急いでもらわないと困るな。間に合わないようなら、毎月の研究補助費を打ち切る事になるし.」
「失礼します」
突然、レイザリオンが間に入って公爵の言葉を遮った。
「すみません、公爵。次の曲が始まってしまうので。シアーナス嬢、私と踊って頂けますか?」
レイザリオンが手を差し出した。
「えっ、は、はい。喜んで」
シアーナスは突然声を掛けられ驚き、反射的に返事をして手を重ねた。
「あ、サイナス卿、先日カムワン家に行った僕の従者覚えてる?彼が君を探していたよ」
「あ、はい、分かりました。探してみます」
レイザリオンは、公爵に会釈をしてシアーナスを中央の方へ先導して行った。公爵が笑みを消してレイザリオンを見ていた。
「順番に踊らないと行けない決まりでね」
レイザリオンは、シアーナスにいつもの微笑みを向けた。
まともに踊る事も出来なかったシアーナスだが、アイリーンの特訓のお陰で何とかやり過ごせことが出来た。
「ずっと踊って疲れたよ。ちょっと休憩しよう」
シアーナスと踊り終わると、レイザリオンはシアーナスの手を握ったままテラスの方へ歩いて行った。テラスには誰もいなかった。風は肌寒かったがダンスの後なので心地良く感じた。
「失礼します」
若い貴族の男性が飲み物を持って来た。
「ありがとう、コーエン」
レイザリオンが名前を呼んだので、目の前にいる人が側近のコーエンだと分かった。背はレイザリオンと同じくらいだが、筋骨隆々としているのでレイザリオンより大きく見えた。眉毛が濃くて堀が深い顔立ちはいかにも強そうだった。しかも不機嫌なのか顰めっ面をしていたので、メイリーが言った通り厳つい印象だった。
「私は殿下の側近をしていますコーエン・ラグノイアーです」
「シアーナス・カムワンです」
シアーナスは礼をとりながら、メイリーの講義を思い出していた。
一つ、政治の話はしない事。
二つ、隣国の話はしない事。
話の内容云々の前に、雑談など高い壁だ。これは問題ないだろうとシアーナスは思った。
「どうぞ」
コーエンが飲み物を差し出してくれたので、シアーナスは受け取った。
「あ、ありがとうございます」
そっと飲み物を口に含むと甘い味がした。果物のジュースのようだった。
「テラスは良いですが、庭は、かなり暗いです。そちらへは行かないようにして下さい」
コーエンは、レイザリオンに向かって言った。
「分かった。ごめんね。予算の都合で光石に限りがあって」
レイザリオンが申し訳なさそうに言った。確かに庭に置かれた光石は少ないようだった。光石はそんなに高くないはずなのに、王家の予算はかなり逼迫しているのだろうかとシアーナスは思った。
(そういえば、アーカイアにも光石がないって)
シアーナスは思わずレイザリオンに尋ねていた。
「あの、アーカイアには光石がないと聞きました。それはどうしてですか?」
レイザリオンの後ろにいたコーエンが驚いた顔をした。その顔を見てシアーナスは禁忌を破った事に気づいた。
「カムワン家だから興味あるの?」
レイザリオンは、そんなコーエンに気づかないようで話を続けた。
「は、はい。父が作った物ですから...」
「アーカイアでは、光石は高すぎると普及しなかったようだよ」
「そんなに光石って高いのですか?」
光石の材料はありふれているので、高いという認識がなかった。シアーナスは自分で光石を買った事がないからいくらで売られているか知らなかった。
「昔、ウコナックと協定があって、ノーインからアーカイアに光石を売る事が出来なかったんだ。ウコナックはノーインから仕入れた光石を随分高い値段で売ろうとしたらしい。アーカイアは隣国のウコナックを超えた先にあるので輸送費はかかる、しかしそれを加味してもウコナックで販売している値段より相当高い設定だったらしい」
シアーナスは衝撃を受けた。ありふれた材料で出来るのに、どうしてノーインで作って販売するのかシアーナスには分からなかった。
「作り方を教えたらいいのに」
シアーナスがぽつりと言うと、レイザリオンは首を傾げた。
「シアーナス嬢は、アーカイアに光石の作り方を教えてあげてもいいと思うの?」
「ええ、だってアーカイア国内の材料で作れば、輸送費もかからないし安価で提供出来るはずです」
「だけど、カムワン家は光石を発明するまでに莫大な時間とお金を使っているでしょう?それは、どう回収するの?」
「莫大かどうかわかりませんが、それはアーカイアから技術供給費として貰えばいいんじゃないですか。サーザン公爵がやっているように毎月一定の研究費をもらえれば、うちも助かります。光石だけじゃなく今後新しい技術が発明されれば、同じように対価を支払ってくれれば良いのでは」
一瞬、レイザリオンの目付きが鋭くなった気がした。
「いい考えだね。そうだな。それを具体的に考えるのは国の為に良さそうだね。良かったら、後日もう一度王宮に来て一緒に考えてくれないか。迎えを寄越すから。サイナスは王家呼び出しだから王宮に泊まっているんだ。シアーナス嬢も一緒に泊まったらどうかな?部屋を用意させるよ」
サイナスが王宮に泊まっているなら一緒に滞在しても良いと、シアーナスは思った。何より公爵家での指導がお休みできる。
「分かりました」
いつの間にかコーエンはおらず、テラスには二人きりだった。
そう言えば、三令嬢の作戦に『テラスで二人』があったのを思い出した。意図せず『テラスで二人』をクリアしたものの、三令嬢の望んでいたシナリオには程遠い気がした。
「中に入ろうか」
レイザリオンのエスコートで中に入ると、多くの目が一斉に二人に注がれた。
(こんなに注目を浴びるなんて)
三令嬢のシナリオの効果をシアーナスは初めて感じた。
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