4.令嬢達の隠し事
「しっかりして下さい」
叱責の声が響く。来週の夜会に向けて、今日も今日とて攻略会議だ。
「二人きりになった事は成果ですが、せっかくのチャンスだったのに、何も行動を起こさないなんて」
タニアが責める。
「しかも『目が痛いの?』に対して、『胸が苦しい』とは何でしょう。そこは、『はい、何か目に入ったかもしれないので、見てもらえますか』とか言って、距離を縮めるべきでしたね」
そんな応用は一から十まで先に教えて欲しかった。
「けれど、普通、私達のような高位貴族の令嬢を三人も残して、自ら医務室に案内なんてしないわよね。そこが殿下の気が利かないところなのよ。シアーナス様をエスコートもしていなかったし」
「そうですよね。アイリーン様。普通は私達高位貴族に敬意を払いますよね」
メイリーが同調する。
婚約者にはなりたくないのに、尊重されなかった事の不満は大きいよう。複雑な乙女心は、まだまだシアーナスには分かりそうになかった。
ふと『レイザリオン殿下には途中からエスコートしてもらった』と報告しそびれた事に気づいたが、話に割って入る高度な話術はないので、なかった事にした。
「明日も確実に二人の時間を作りましょう。婚約者候補のお披露目パーティーは、伯爵位以上の高位貴族達が招かれています」
カムワン家も伯爵位だがきっと誰も来ないだろうとシアーナスは思った。光石の進化版完成に向けて大詰めなのだ。
「貴族達が見ている中で、二人でテラスに出るなんて良いわね。二人の関係を印象付けられるでしょう?」
「さりげなく殿下の袖を引っ張り、『テラスへ行きませんか』と上目遣いで見るとか」
「二人が続けて二曲踊るなんてどうでしょう」
「いっそ、遅れて登場なんてどうでしょう?先日とは違う程美しくなった主人公に一目惚れする王子様」
盛り上がっているが、その設定をこなすシアーナスは会話も碌に出来ないし、数日で美女に生まれ変わる予定もない。どうやってストーリー展開するのか謎でしかなかった。
あーでもないこーでもないと三令嬢は脚本作りに精を出していたが、所詮は素人。ちっとも煮詰まらない。挙げ句の果てに、
「シアーナス様はどうしたいのですか!?」
若干八つ当たり気味に責められた。
「どうしたいかなんて...」
異性どころか他人に縁のなかったシアーナスに、人間関係の台本など構成できるはずもない。
三令嬢はそれぞれの好きな人をイメージしているから、次々にアイデアが出るのだろう。ふとシアーナスは、そのアイデアの源泉を聞きたくなった。
「あの...皆様は好きな方とどう過ごされているのですか?」
三人は驚いた顔でシアーナスを見つめた。タニアとメイリーがチラリとアイリーンの方に視線を移した後、視線を落とした。アイリーンはそんな二人を交互にチラリと見た。シアーナスは視線の会話に入れず黙っていた。やがてアイリーンが口を開いた。
「貴方何も知らないのね。いいわ、教えてあげる。私はお慕いしている方と一年前に婚約を解消させられたの。ウコナックの王女のせいでね」
タニアがすかさずフォローした。
「アイリーン様の婚約者ラグナス様はアイリーン様の事をそれはそれはお慕いしていたと..」
その言葉を受け、アイリーンは悲しげに目を伏せて言葉を継いだ。
「ウコナックの王女はラグナス様に横恋慕して、あろう事か王宮内でラグナス様に迫ったのですよ。それを通りかかった多くの近衛兵が目撃し事態を重く見たウコナック王太子ホマレ殿下によって、レイザリオン殿下との婚約が解消されたの。もちろん私の婚約もね」
アイリーンは乾いた目の下にハンカチを当てた。
「突如引き裂かれたのに、レイザリオン殿下は余り物同士よろしくと言った感じで、私との婚約を打診して来たのよ!全くデリカシーがない。しかもこんな傾いた国..あっ、いえ、私は今までずっとラグナス様をお慕いしていたのに、とてもすぐに切り替える事など出来なくて...」
「横恋慕されたダグラス様は、それはそれは無念だったと思います」
タニアのフォローに、アイリーンは頷きながらメイリーとタニアの方を見た。
メイリーが口を開いた。
「私の好きな方は非常に優秀なんです。知識に長けているから一緒にいると色んなお話を聞かせてくれるんですよ。もし一緒にパーティーに行けたらどんなに良いでしょう。一緒に踊った後、テラスで飲み物を飲みながら話をしたり、庭を散歩したりするでしょう。だけど..」
メイリーはしゅんとした。
「私も婚約が一旦解消されたのです。お父様は『お前は余計な事に口を出すな』と言って理由ははっきり教えて頂けなかったのですが、いつか婚約者に戻れる日が来ると信じてるんです。なぜかレイザリオン殿下の婚約者候補になってしまったけど。だから、私にレイザリオン殿下の婚約者は絶対無理なんです」
話が嫌な流れになってきているのをシアーナスは感じた。
「私は、はっきり言いましょう。私は殿下の側近のコーエン様と婚約していました。ウコナックの王女がレイザリオン殿下に嫁ぐなら、レイザリオン殿下の側近には価値がありましたが、それが無くなったのでコーエン様とは婚約解消になりました。だからと言ってレイザリオン殿下の婚約者になれる訳ないですよね?」
タニアが決まったとばかりに満足げな笑みを浮かべた。好きな人の話のはずだったのに、いつの間にかレイザリオンの婚約者になれない理由が出揃っていた。
「だから、ねっ。レイザリオン殿下の婚約者はシアーナス様で」
「シアーナス様は勘違いしているようですが、婚約者に選ばれたからといって、すぐに結婚とはなりませんよ」
「実際、私達は全員婚約解消しているでしょう?」
「シアーナス様も、嫌だったら結婚せず解消すれば良いのですよ」
「とりあえず、ねっ」
三人が勢いを増して迫って来る。これは逃れようもない。
仕方なく首を縦に振った。
「良かったわ。じゃあ夜会の衣装を選びましょう。その後はダンスの特訓よ」
アイリーンが嬉々として宣言し、シアーナスはドレス選びへ連行された。
レイザリオンは、執務室でシアーナスを思い出していた。
(子犬みたいだった)
もっと愚鈍な娘を思い描いていた。研究に携わっていると聞いたことがあったが、せいぜい手伝いくらいだろうと思っていた。しかし、先程帰って来た従者から報告を聞いて驚いた。
「シアーナス嬢がこっちにいるので研究が進まないとの事でした」
(研究をしたいと言ってたな)
シアーナスには貴族特有の雰囲気が全くなく、初めて出会ったタイプの人間だった。掴みどころがなくて、どう話を進めるか決めかねていたら、シアーナスの方からきっかけを作ってくれた。不本意そうではあったが。
おどおどする様子は子犬のようで、かと思えば、堂々と自分の意見を言う豪胆なところも見受けられた。
(巻き込んで悪かったかな。でも仕方ない)
罪悪感が湧いたが、シアーナスを逃す訳には行かない。
シアーナスを婚約者候補にする為に、王には『カムワン家から申し出があった』と話し、貴族院には『王からの推薦があった』と伝え、カムワン家には『貴族院で決まった』と通達した。
(どうするかな..)
レイザリオンは、とっくに終わっている書類を脇に置き策を考えていた。考えながら特製のナイフを壁にかかった絨毯に向かって投げる。ナイフが綺麗に絨毯の柄を縁取って行く。
剣で際立つ訳には行かなかったので、執務室で習得出来る防衛術を模索した結果、ナイフ投げに行き着いた。音が外に響かないよう的は壁に掛けた絨毯を使い、特注の軽くて細いナイフを使う。
これで、何度も命を救われた。
ウコナックからやって来る暗殺者が本格的になったのは、サリと婚約解消してからだったが、その頃にはもうナイフ投げを極めていたので助かった。
今では趣味と言ってもいいくらいだ。
しゅっと風を切る音に、頭の中が空っぽになって行く。
レイザリオンはナイフを投げ続けた。