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1.シアーナスの巣立ち

 お茶会の席で令嬢三人に取り囲まれて、シアーナスはおどおどしていた。複数の見知らぬ他人に囲まれたのは初めてだったので、落ち着かなかったのだ。


「シアーナス様は、お好きな方がいらっしゃいますか?」


「い、いいえ」

 

「良かったですわ。実は私達三人ともお慕いしてる方がいるの。でも貴族の事情が色々あって、レイザリオン殿下の婚約者候補になってしまったのです。だからシアーナス様が婚約者に選ばれるように、皆で協力しようと話し合いました」


 サーザン公爵令嬢アイリーンが言った。

 金髪碧眼で女性らしい体が印象的だ。


「シアーナス様のような知的な方が、レイザリオン殿下にはお似合いです」


 辺境伯令嬢タニアが言った。

 真っ直ぐな茶髪に切長の大きな瞳が知的に見える。


「シアーナス様は奥手のようですので、レイザリオン殿下に好きになってもらえるように私達が指南しますわ」


 モーガン侯爵令嬢メイリーが言った。

 ふわふわの金髪と、くりっと丸い大きな瞳が愛らしい。

 三人とも笑顔なのに彼女達から届く圧が強く、シアーナスは上手く返事が出来ない。


「私は王太子妃にはとても..」


「向いてますわ。知のカムワン伯爵家ですもの」


 反論は遮られた。


「まだ、十六で...」


「もう成人ですね。殿下は十九なので、ちょうどお似合いですわ」


 何がちょうどか分からない。


「皆様みたいに美しくないですし...」


「それはそうですが、凡人でも化粧や衣装でなんとかなります」

 

 なんとかなるレベル判定...。


「社交もしてきま..」


「今からですわ。カムワン伯爵家が国の為に研究をして来た事は、皆知ってますから。社交に出てその功績をもっと表に出すべきです」


 言い訳も出来ない。

 思わず小さなため息が漏れた。


「ご心配なく。まずは今度のお茶会でレイザリオン殿下とお近づきになりましょう」


 三人が笑顔でうなずく。

 シアーナスは会話をする事を諦めた。




 カムワン家に貴族院から手紙が来たのは半月前だった。


——王太子の婚約者候補にシアーナス・カムワンが推薦されたので、王都に来て他の婚約者候補と共に王太子と交流を図る事。


 今まで日陰の存在だったのに、急に表に引っ張られたカムワン家は動揺したが、策を講じるなんて出来ない。王家からの招致の手紙も届き、いよいよ王都へ行くしかなくなった。


「お前が選ばれる事は無いだろうから、王都見学と思って行っておいで」


 父に見送られシアーナスは迎えに来た王家の馬車に渋々乗った。

 カムワン伯爵家は、画期的な技術を生み出すのを得意とする研究者家系だが、それを活かす事は苦手だった。結果、裕福ではなく王都にタウンハウスも持っていない。社交下手なので問題無かったが、この度の滞在先に困った。

 王家は「王宮に部屋を用意する」と言って来たが、王宮は人で溢れている。他人の巣窟の中に一人でいるなんてシアーナスにはとても無理だった。どうすべきか悩んでいたら、サーザン公爵が公爵家のタウンハウスへの滞在を打診して来た。

 サーザン公爵は、カムワン家の研究の援助をしてくれるスポンサーだった。『使用人も公爵邸の者を付け、衣装も用意する』というカムワン家の懐事情を把握した提案を、カムワン家はありがたく受け入れた。


 到着翌日、サーザン公爵家でのお茶会に強制的に参加させられたら、まさかの応援しています宣言。しかも今後、何やら王太子に気に入られるよう策まで伝授されるらしい。

 今まで家族と使用人以外に交流が無かったシアーナスは、令嬢達の圧に怯んでいた。


(帰りたい..)


 こんな時は現実逃避、頭の中を活字で埋めるに限る。シアーナスが与えられた部屋の本棚には本が十冊ほど並んでいたが、どれも今まで読んだ事の無いジャンルの本だった。背表紙に描かれたタイトルを読んでみる。

『真実の愛』『貧しい少女は、ある日王妃になった』『素敵な男性と過ごす休日』

 あまり興味は無いが、シアーナスは本を手に取った。





「シアーナス様、レイザリオン殿下の興味を引く為には、庇護欲を掻き立てるような行動と、カムワン伯爵家の利である知識を披露するのが良いと思います」


「はあ..」


 今日は辺境伯令嬢タニアの講義だ。タニアは行動攻略担当と自身を説明し、三日後から始まる王太子との交流に向けてシアーナスに講義をしていた。


「レイザリオン殿下が話す時は常に微笑み、潤んだ瞳で見つめて下さい。見つめる時は顔全体を向けるのではなく、目だけを上に向ける感じで。

 二人で歩く時にさりげなく(つまず)き、助けてもらうのも良いでしょう。

 レイザリオン殿下にカムワンの発明について尋ねられたら、他の令嬢には難しく、レイザリオン殿下は理解できるほどの知識を披露するのが適切です。分かりますか?」


 もっともらしく話しているが具体性に欠けてシアーナスには良く分からない。しかし、分からないとは言えない。


「なんとなく...」


「じゃあ実際やってみましょう」


 そうして潤んだ瞳の練習と上目遣い、さりげなく躓く練習をさせられた。知識の披露は訳無く出来たが、シアーナスが話し出すとタニアは居眠りを始めてしまい、練習になったのか分からなかった。


 

 次の日はビューティー攻略でアイリーン担当だった。商人がやって来て次から次へとドレスや宝石を運んで来た。


「あ、あの....こんな高そうな物は、私には...」


 運ばれて来る物の輝きに恐れをなし、シアーナスが勇気を出して口にすれば、


「そんなの心配しなくていいわ。私が貴方を支援します」


 アイリーンが胸を張って答えたので、支払いは公爵家なのではとの言葉をシアーナスは飲み込んだ。


「この色がいいわ。これを着てみて」


 シアーナスは次から次へと試着させられ、アイリーンによって十着ほどのドレスが最終的に選ばれた。

 それが終わるとドレスに合わせた宝石と靴。全てアイリーンの主観で決定された。

 ビューティー攻略は翌日も続いた。髪型にメイク。


「カムワン家の特徴で大人しめに。だけど可愛く希少..な感じでお願い」


 そんな無茶苦茶な要求に、公爵家の侍女達は答えた。


「出来ました!」


 くるりと丸い目をさらに丸く、低めの鼻は小さく見えるように、小さな唇は丸く艶やかに。素顔より二割増しで子犬に見えた。


「素晴らしいわ!さすが私の侍女達。シアーナス様の平凡な茶色の髪も顔もそれなりに可愛くなってるわ」


 そんなやりとりを鏡越しに見ながら、シアーナスは異世界に迷い込んだ気持ちになっていた。


 

 

 翌日のメイリーは側近攻略担当だった。メイリーの父親はこの国の宰相だ。


「レイザリオン殿下の側近は、メンフィス伯爵家次男カーサル様とラグノイヤー伯爵家次男コーエン様。カーサル様は非常に優秀です。数年前にアーカイアと農産物の輸出入について協定をまとめたんですよ。知識に長けて話題も多くとても素晴らしい方です。お顔は細めであっさり顔ですが上品さが漂っています。殿下より一つ年上で将来の宰相候補でしたのよ。最近は忙しいらしくお姿を見る事は叶いません」


 最後のところでメイリーは悲しげな顔をした。


「もう一人のコーエン様は近衛隊長で脳筋と言ったところでしょうか。厳つくてカーサル様とは正反対の印象です。

 レイザリオン殿下はこの二人をとても信頼していますので、彼らに嫌われないようにしましょう」


 メイリー曰く彼らに嫌われない為には、一つ、政治の話をしない事。二つ、隣国ウコナックの話題は避ける事。


「政治的な事として、アーカイアとの貿易で揉めているらしいです。光石もない遅れた国なので、考えもノーインと違うのでしょう。ウコナックとは一年前にレイザリオン殿下とウコナック王女の婚約解消がありましたから。とにかく今は色々難しい状況なので、話題にしないように」


「あの...どうしてアーカイアには光石が無いのですか?」


 シアーナスは政治に興味は無かったが、光石には興味があった。だって父のカムワン伯爵が発明した物だったから。


「それは、アーカイアが取引を断ったと聞いています。無理難題の条件を提示されたとか。まあ、それはウコナックのせいですけどね。そもそもウコナックが、あっ、えっと、だから、こんな話をカーサル様とコーエン様は嫌うと言う事です。特にウコナックの話は、気を付けて下さい」


 その日の講義は、メイリーがさっさと打ち切ってしまい早く終わったので、シアーナスは嬉々として部屋にこもった。疲れたので活字で頭を埋めてしまいたい。ここにある本はいわゆる恋愛物語や恋愛指南の本だけだが、それでも活字はシアーナスの栄養源だ。

 親しみのない状況設定が多いので、歴史書と思い活字を追った。


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