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(さすがにまずかったか)
「お前のせいとは言えない。ただ今から言わせてみれば、俺が甘かったんだと、思う。もっと、最初から向き合っていれば」
クレアシオンは後悔した。ここで今まで逃げ回っていた効力が来るなんて、人生良くできていると納得するのが2〜3割。人生なんてひどいものだと思うのが7〜8割ほどだった。
「レア。竜を止めるにはどうしたらいい」
ここで反旗を翻すしかない。父親が食われたら母親、次は自分だ。そんなことはさせない。
「口から内部を狙ってさく。だが黒竜王は人型にならずに竜体だからこれが効かないだろう。鋭利で巨大なものがあるなら別だが…二つ目は逆鱗、いわゆる鱗が逆になっているところを直接狙う。これが一番かもしれない」
なんでそんなことをレアが知っているのか、それはクレアシオンには考え付かなかった。今は必死になって父親を救う手段を考えるしかなかったのだ。
「調べようがないぞ」
金属で守っている可能性もあった。その場合どうすればいいのか。
「それなら終わりだな。あ、口をさく場合タイミングはわかってるだろう? 喰われる瞬間、口を開けてる時だ」
「わかってる。だから宰相側も警備を強化している。スパイもいるが…入れるのはごく少数だろう。俺は無理矢理入るが」
「剣の腕は大丈夫か?」
「うん、まあ…最近はよくやるようになった」
クレアシオンは剣が強いというわけではなかった。どちらかというと体術の方が得意で狩などの弓矢が得意だった。
しかしこの場合、矢を放つ時間がない。体術が得意なのは実践で役に立つだろうが…槍の投擲は、剣以外を持って来ると怪しまれるだろう。
「レア。頼みたいことがある。お母様をお外へは連れ出せないか?」
「外というとどこまでだ?」
「どこか遠く、俺たちの知らない場所へ」
レアはうーんと少しばかり唸りながら考えていた。
「皇后陛下の許可がいるだろう。それに体力がないと脱出させることをすることも不可能だ」
「そうか」
結局何もできないのか。
「ならば、お前だけでも、逃げろ」
婚約者であると同時に大切な友人に言いたいことがあった。ここは戦場になるのは分かりきっている。そうなったら、自分の身を守らなくてはならない。精霊が使えたって一対多数では勝負は目に見えていて、最悪の展開が目に浮かびそうになってから消えた。
「大丈夫だ。私のことは気にしなくていい。十分に戦ってこい」
「レア…」
「お父様を助けたらその後のことは考えよう」
彼女はそう言った。クレアシオンよりも赤く、深紅の髪を持つ少女はこの小さい姿からは想像もできないほどに老獪な男言葉を話した。それがなぜであるのか。この時のクレアシオンはわからなかったが。
歌と舞と。生贄である国王が喰われる寸前に、仮面の男が剣を口に突き立てた。
「ほう、我に牙を向くとは。何者かは知らんが、覚悟はできているんだろうな」
黒竜王は一旦生贄から離れて、話す。手応えはあった。竜の舌から血が滲んでいた。痛かろう。
「消え失せろ!」
炎を吐くだろうと思ったがその通りであった。まずは父上の救出からだ。
(助かる)
「あいよ」
シゴーニュがクレアシオンに防御をかけてくれてよかった。クレアシオンは拘束を外している間、無防備になる。これがなかったら生贄である父親もろとも一気に焦げていただろう。
無理矢理外す。生贄に関しては眠らされているので抵抗してこない。にしても、ここは格好の的だった。竜族も宰相側の兵士も近寄ってくる。ここが一番の山場だった。
(くそお、まだ外れないか)
一気に生贄の儀式は中断されパニックに陥った。黒竜王が吐いた黒い炎は消えることなく燃え移っていく。
「手助けしようか?」
(いい)
無理矢理腕力に頼り、生贄の拘束をバリっと破る。鎖の破片が飛び散った。
「早く国王陛下を安全な場所へ!」
味方その一に国王陛下を預け、クレアシオンは突進する剣を扱うというより体術を活かして剣で切り払うという戦法だ。道が開いた。まずは退却だ。
「殿は俺が!」
味方は少ないのに敵は多い。防護の魔法が大きいのか、クレアシオンは動き続けた。熱気が上がり燃えていく。こんな混乱状態でも黒竜王は敵味方問わずに攻撃し続けた。しっぽの薙ぎ払いから、捕食、炎、顎による攻撃まで。彼によってメチャクチャになり、宰相側の兵士たちも次第に命が危ないと逃げてしまった。
いつの間にか宰相の姿が消えている。逃げ足は早い奴らだった。クレアシオンは剣を構えた。今ならなんでもできるような気がしていた。黒竜王の体に乗り移り、逆鱗を探す。剣を突き刺そうにも暴れられて、しがみつくのに精一杯だった。ただでさえ、鱗は滑った。
(なんとかならないのか)
陛下が脱出したのを確認して、逆鱗のある場所を探す。さすがに意図を察したのか、黒竜王は暴れ回る。宮殿が破壊されていく音が聞こえる。空を破壊した黒竜王は飛んだ。
「虫けらめ。ここから落ちたらさすがにタダでは済まないだろう」
金の装飾品に捕まっていたクレアシオンは必死だった。掴まるのが精一杯のこの状況でどうしたらいいのか。さすがに落下したらしんでしまう。
「この!」
黒竜王は急旋回した。人間の腕力ではどうにもならない衝撃に、クレアシオンは吹っ飛ばされた。空から墜ちる。
(おい、ちょっと待て。こんなところで、しんで、たまるもんか!)
なんとか足掻いてみる。それでも地面は近くなる。どうしたらいいのか分からなくて、シゴーニュの名前も出てこなかった。
クレアシオンは悪態をついた。あの時、シゴーニュと会った時と同じように。
すると、バチッと何かが起こった。
(あれ)
「おめでとう」
宮殿ではない場所に放り出されていた。
ぱちぱちと一人拍手の音が聞こえる中、それでも衝撃は緩和できずにぐるりぐるりと転がっていった。しかしダメージはない。これは…と思ったら、明らかに世界が変わった。浮遊する者たちが見えるようになっている。クレアシオンが落ちた場所にはたくさんの浮遊物、もといーー
「あれが精霊か?」
「そう。やはり人は死ぬ思いをすると土壇場で力が出るみたいだな」
「あー! お前わざと助けなかったな」
「お前ができると思ったから、やった。それだけだ」
「殴るぞ」
つまりなんかクレアシオンは精霊が見えるようになったようだ。それと同時期にあるビジョンを見た。
縛られている巨大な身体。それから感じる孤独と絶望。それはなんとなくだが黒竜王にも似たようなものであった。どうなっている?
「とりあえず宮殿内に戻る。黒竜王を倒す。今ならできる」
ーークレアシオンはできると本気で思っていた。普通の人が竜に勝つなど、普通は出来はしないのに、おごっていた。とのちに回想する。
急いで宮殿に戻ったら、そこには黒炎が上がったままだった。黒竜王の姿はこちらへきたことは確認しているのだが (つまり黒竜王は一旦は宮殿から離れて、また戻ってきたのだ) 、黒竜王自身が儀式をぐちゃぐちゃにしてしまったので、まだ黒炎が燃えている状態だった。クレアシオンは寝たきりの母を探した。精霊の力を借りて(まだまだ未熟ながらも)無理矢理消火活動を終えてから母親のところへと目指す。黒炎は消えてくれない。ねっとりとじっくりと意志でもあるかのように燃やしてくる。
母親のところにきたら、なんとか無事に生きていた。父親の姿も気になったが、とりあえず、レアのところへ匿ってもらおうと思った。彼女は大丈夫だろうか。
母親の体重は片腕で事足りた。身体が扱えない分、精霊の力や剣術に頼るしかない。なんとか斬り捨て、レアのところへ向かう。宮殿は崩れかけようとしていて、他のところへと燃え広がろうとしていた。
何もかもが燃えようとしていた。そんな中、クレアシオンは安全な場所を目指す。
(くそっ、視界が悪い!)
人が宮殿から逃げようとしている中で燃え広がる炎や発生している煙なんかで視界が悪く、石造りだったのはよかったものの、粉砕されていくと同時に石の破片が宙に舞って砂埃になって目が痛い。
クレアシオンは逃げようとしたが母親を連れての逃避行と母親の居場所が宮殿の奥に設置されているのもあって、逃げ足が段々と塞がれていく。危険だった。
(どうすればいい、どうすれば…)
そう悩んでいくうちに倒壊の物音が響く。今までよく保った方だろう。精霊の扱いをあまり心得ていないクレアシオンは対処のしようがなくて母親を守ろうと庇った。