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祟らずの狐  作者: 美祢林太郎
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4 人間の顔

4 人間の顔


 人間の顔は我々キツネと違って鼻や口が小さくて、全体としてのっぺりして起伏が乏しいです。そんな特徴のない顔を、人間同士が互いに識別するのはとても困難なことだと思えます。もしかすると、互いに嗅覚で判別しているのかもしれませんが、鼻が利くぼくたちでも、人間相互の匂いの違いはわからないのですから、人間のあんな貧弱な鼻では到底無理でしょう。

 やっぱり人間は視覚で互いを識別しているのです。眼はタヌキのようにでかくてクリンクリンしているので、視力はそこそこにいいようです。でも、眼球のほとんどは白目です。あんなに白目の多い動物は、動物界広しと言えど他にはいないでしょう。人間の不気味さは白目の大きさにあります。やっぱり黒目の方がずっと可愛いです。白目が多いと、どこか狡猾に見えてしまいますからね。人間も赤ちゃんの頃は白目はなくて黒目だけのようですが、大きくなるにしたがって狡さを身に付けてしまうので、白目が増えていくのかもしれません。三白眼や四白眼のような白目の多い人間の目を直視することはできません。でも、人間は互いに目を覗き合い、相手の様子を伺っているようなのです。人間は互いに信頼関係はないのですかね。仲間を警戒しながら生きるのは疲れます。

 人間が顔の毛を剃っているのは、顔の微細な筋肉の動きを相手に見せるためのようです。それを表情と呼ぶそうです。ぼくたちは顔が毛でおおわれているので、いくら顔に微細な筋肉が走っていたとしても、その繊細な動きを見せることはできません。実際はそんな細かな筋肉はないようです。顔面の筋肉をそんなに鍛えなくてもいいと思うのですが。

 人間はこの顔の筋肉の動きで相手とコミュニケーションをとっているようなのです。筋肉の動きを相手に見せるために、髭をそらなければならないようです。人間は悲しいという感情にも、家族の誰かが死んで悲しい、歯が痛くて悲しい、葉が落ちて悲しい、とても悲しい、ほどほどに悲しい、少し悲しい、それに本当は悲しくないのに悲しいふりまであるそうです。それは顔面の筋肉の動きでわかるそうなのです。

 我々は口を大きく開けて舌を出したり、全身の動きで自分の感情をうまく表現できます。嘘偽りがないので、ストレートに感情をあらわすことができます。人間は嘘や偽りがあるので、ボディランゲージだけでは感情表現が足りないようです。感情がいくつも細分化されているようなのです。感情を細分化させることで、気持ちが豊かになった気になっているのですかね。なんでもたくさん持てばいいというものではありません。ものごとをややこしくするだけです。素直なのが一番です。

 そもそも人間ってそんなに視力が良かったですかね? ネズミやモグラを見つけるのはぼくたちよりずっと遅いですよ。でも、他人の顔面の動きには執拗なまでに関心があるのですね。人間はぼくたちほどおおらかないきものではないことは確かなようです。キツネが人間を騙して嘘をつくと言っていますが、そんなキツネをぼくは見たことがありません。人を騙したり嘘をつくのは人間の専売特許ではありませんか。キツネのせいにすること自体が嘘をついている証拠です。

 ぼくはこれまで人間のように嘘をつくいきものに出会ったことがありません。人間は事の大小は別にして、騙したり嘘をつくことが日常になっていて、騙したり嘘をついていることさえ自覚がないようです。なかには騙されることを相手も承知している場合があります。騙しや嘘が儀礼になっているのです。「わー、かわいい」その言葉も儀礼です。本心ではありません。まっ、相手もわかって同調しているだけなので、ことを荒げないようにしましょう。

 人間は全身を服という薄い皮をまとい、その色や模様は一人ひとりで微妙に違っています。雄と雌では着る服が大きく違っています。大雑把な服の色や模様で互いを識別しているのです。表情を見る時の視力は良くて、服を見る時は視力が悪いようです。

 体つきにはそれほど興味がないようで、体形を服で隠して、服の形や色や模様で相手を騙しているそうなのです。騙し合いもゲームとして楽しんでいるのですね。人間はよっぽど騙すのが好きないきものです。

 乳房は赤ちゃんが乳を飲む器官なのに、人間は雄の大人も乳房が好きなようです。はっきり言っておきますが、そんないきものは人間以外にいません。人間の雄は雌の乳房を見るとすぐに発情して仕事も手につかなくなるので、日中は雌の大人は服で乳房を隠しています。それは性器も同じです。ぼくたちキツネと違って、人間は一年中発情していて、本能に任せていたら年中興奮状態にあるので、服で隠して興奮を抑えているのです。

 それに日中堂々と交尾ができない決まりになっているようです。交尾は人に見られると恥ずかしいようで、夜になって隠れて行っています。不健康ないきものです。性格が屈折しているのですね。どうして人間はこんなに屈折してしまったのでしょう。もっと太陽の下でおおらかに生きた方が楽だと思うのですけど・・・。

 そう言っていますが、ぼくたちキツネだって白昼堂々と行動しているわけではありません。餌を捕まえたりするのは夜が多い夜行性の動物なのです。それには理由があります。それは餌になる動物が夜になったら寝ていたり、目が見えなくて動きが鈍くなっているからです。それにぼくたちを襲う猛禽類が夜には目が見えなくて活動できなくなるからです。こう考えると、人間が夜に交尾するのは、恥ずかしいからだけでなく何か他の理由があるのかもしれません。もしかすると太陽は人間の性的興奮を抑える光線なのかもしれません。はたまた、相手の姿が見えない方が興奮するのかもしれません。人間は交尾をしている相手をわかっているのでしょうか? 興奮したら、そんなことおかまいなしなのでしょうか?

 人間はどうしたわけか家という巨大な建物を苦労してこしらえて、同じ場所に住み続けています。よっぽど生まれた土地に愛着があるのか、それとも他の土地が怖いのか、どちらなのでしょう。人間にはよその土地を見たいと思う好奇心はないのでしょうか?

 それでいて、台風が来て、家が吹き飛ばされると、大泣きをするのです。そんな大がかりの物を持つからいけないのです。住むところなんて簡素でいいのです。家族のみんなが丸まって横になれる面積があれば、それで十分じゃないですか。台風で飛ばされても、洪水で浸水しても、引っ越せばいいだけのことですから。嘆き悲しむ必要はありません。なによりも自分が生きていることに感謝することです。

 人間はたくさんのものをため込むから大きな家が必要になるのです。食料以外にも、服がたくさんあります。服も一枚でいいと思うのですが、あり過ぎるのです。でも、家の中にいろいろなものを詰め込んでも歩ける空間が残っています。そんな余分な空間があるので、冬は寒いのです。家族みんなが身を寄せ合って寝ないので、何枚もの布団が必要になってきます。それでも大きな家が持ちたいようです。他人より大きな家を持って、みんなに見せびらかしたいようです。人間は虚栄心の強いいきものですね。かく言うキツネも、大きなネズミを捕まえた時は、鼻先が上がり、みんなに自慢したくなります。ぼくたちにも少しは虚栄心があるようです。恥ずかしいです。

 人間は言葉のいきものです。人間は言葉そのものの存在だと言っていいかもしれません。かれらから言葉をとったら、二本足で立っていても我々と仲良くできる動物です。かれらは体がなくなっても、言葉だけで生きていけるとさえ思っているようです。

 人間にとって言葉は互いにコミュニケーションをとるための大事なツールです。我々動物も音声によってコミュニケーションをとっていますが、それは互いに姿が見えない時に最大に有効性を発揮するものです。ですが、人間は互いに面と向かっている時も、言葉でコミュニケーションを取り続けています。スズメ以上におしゃべりです。毎日何を話しているのでしょう? 毎日顔を突き合わせているのに、そんなに話すことがあるのでしょうか?

 先ほど申しましたように、人間にとって言葉は単なるコミュニケーションの道具ではありません。人間は言葉によってこの世界にはないものまで作り出しているようなのです。神はその最たるものでしょう。人間は自分たちが生み出した神の解釈によって大掛かりな喧嘩までするのです。自分たちで喧嘩の材料を生まなくてもいいと思うのですが、かれらは言葉の作り出す虚構の世界が好きなようです。人間はそうしたものに命さえかけています。人間は我々動物や植物と暮らすこの現実の世界が嫌いなのでしょうか? 人間は言葉を捨てない限り、我々の棲むこの豊かな自然に戻ってこれないようです。


            つづく

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