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祟らずの狐  作者: 美祢林太郎
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16 狐の帰還

16 狐の帰還


 新型感染症の拡大によって、政府から催し物の自粛要請があり、キツネパークも長期の休業に入った。たとえ開園していたところで、新型感染症の発生源がキツネであるという風評被害によって、誰もキツネパークを訪れる人はいなかっただろう。なによりも、新型感染症を拡げたとされるペットキツネを作って売り出したキツネパークに対する世間の風当たりは強かった。

 村長はテレビに出て、これまでの事情を説明し、謝る必要もないのに、汗を拭きながら釈明を繰り返した。キツネパーク関係者、特に三郎と有川は、村長が謝れば謝るほど、ペットキツネが感染源だとの疑念が深まっていくことを心配した。もはやキツネビジネスは窮地に立たされていた。

 休園が一年続いた後、キツネパークは廃業した。村長はこの五年間で借金を返し、相当な金を貯め込んでいるらしかった。三郎と有川はキツネパークが潰れるとっくの前に辞めていた。今はどこにいるかさえわからない。

 キツネパークが廃業してからは、キツネ村はもとの閑静な村に戻り、過疎で濃厚接触するほど住人がいないので、村では新型感染症に罹った人は誰もいなかった。それに、村人たちは神社の境内にある狐塚に新型感染症に罹らないように毎日お参りしていた。村人たちはこの村は狐塚の神に守られていると信じていた。

 キツネパークのあるキツネ村に感染者が皆無であることを全国にアピールすれば、ペットキツネ犯人説の濡れ衣は晴れたかもしれないが、村長はそんなことはしなかった。あれだけ賑わったキツネパークも、ここらが潮時と思っていたのかもしれない。

 幸太郎はどうしているかって? ペットキツネが作成され、アトラクションに出演するキツネがすべて幸太郎キツネからペットキツネにとって代わったことによって、幸太郎はキツネパークから解雇され、村の特別公務員でもなくなっていた。

 幸太郎は以前と同じように家に引きこもって毎日コンピューターゲームをし、時々友達と宅飲みを楽しんでいる。母親はキツネパークに雇われて、土産物売り場でキツネのTシャツを着て、キツネのぬいぐるみを売っていたが、パークの廃業に伴って失職した。いまは以前にもまして野菜作りに精を出している。なにせ幸太郎が開墾した広い畑がある。幸太郎もたまに母親を手伝った。父親は腰の具合を見ながら、たまに道路工事のアルバイトに行っている。家族に何の不満もない。

 母親に言われて、幸太郎が一人でわらび園を見回っていると、一匹の年をとったキツネがよたよたした足取りでやってきた。それは最初に幸太郎が飼ったイナリだった。幸太郎がイナリと呼ぶとコンと弱弱しく鳴いた。イナリは、ペットキツネの登場によって、エサ代がもったいないという理由で、他の幸太郎キツネたちと一緒にキツネパークから解雇されて、山に放たれたのだった。それは幸太郎が解雇されて3日後のことだった。幸太郎はそのことを後日知った。

 イナリはしばらく幸太郎と戯れてから、再び幸太郎の前からいなくなった。幸太郎はイナリの名前を呼んであたりを探したが見つからなかったので、わらび園の見回りを再開した。

 数日すると、幸太郎の家に、イナリを先頭にして最初にパークに雇われた幸太郎キツネたちが戻って来た。イナリを入れて46匹いた。自然は厳しいので、他の54匹は病気になったり、怪我をして死んでしまったのかもしれない。なかには幸太郎との関係を断ち切りたいので、ここに来なかったキツネがいるのかもしれない。それはそれでそのキツネの選択である。いずれにしても、46匹が以前のように幸太郎の前に整列した。幸太郎が名前を思い出しながら呼びあげると、名前を呼ばれた者はコンと返事をした。もはや毛の抜け落ちた老兵たちばかりである。それでも、顔だちは鼻が尖り、口が裂け、目が細く吊り上がり、耳が尖っている古武士然とした正真正銘の野生のキツネたちだった。

 キツネたちは幸太郎を先頭に、家に帰るのを遠回りして、村の中を行進した。村人たちが嬉しそうによってきて、「懐かしいね」と声をかけた。なかには「よっ、キツネの行列」と声をかける者もいた。家に帰ると、両親もキツネの行列を見て、とても懐かしそうだった。その夜は、久しぶりにキツネたちはドッグフードを食べてキツネ小屋で寝た。

 幸太郎は以前と同じようにイナリたちと一緒に暮らすようになった。キツネの餌としてドッグフードを46匹分買わなければならなかったので、母親と一緒に野菜作りに励むようになった。せっせと野菜を隣町の野菜市場に出荷した。

 最近、キツネ小屋になにやらガラクタが置かれている。見ると、提灯や着物の類であった。両親に聞いても知らないという。どうもイナリたちが夜な夜な小屋から抜け出して、どこかからガラクタを集めてきているらしい。そこで夜になってかれらの後をつけていくと、かれらは廃園となったキツネパークに向かっていた。かれらはキツネパークに置き去りにされた提灯や着物を、毎夜、小屋まで持ち帰っていたのだ。イナリたちはキツネパークの日々が懐かしいのだろうか?

 イナリたちはドローンを口にくわえ、必死で持ち出そうと四苦八苦していた。キツネの力では到底無理な話である。幸太郎がかれらの前に出て、ドローンを取り出してやると、イナリたちは幸太郎を尊敬の眼差しで見つめているようだった。ドローン本体と操縦器を持って、行列をなして家に帰っていった。キツネたちは上機嫌だった。持ち帰ったドローンと操縦器をキツネ小屋の中にしまうと、キツネたちは満足して寝付いた。

 早朝、イナリが二階の幸太郎の部屋まで駆け上がって来て、まだ寝ている幸太郎の顔を舐めて起こした。イナリに促されて外に出ると、キツネたち全員が小屋の中のドローンを取り囲んで、幸太郎にドローンを動かすように催促しているのがわかった。

 幸太郎は、ドローンに燃料を入れ、動くのを確かめた。ドローンは動いた。操縦すると昔と変わらずに飛行した。ドローンの操縦は、毎日コンピューターゲームばかりやっている幸太郎にはお手の物である。ドローンを地上に下すと、イナリがドローンの上に乗って、幸太郎に操縦するように催促した。幸太郎が操縦するとイナリを乗せたドローンは浮上して飛行した。それはあたかもイナリがドローンを操縦しているかのように見えた。ドローンを屋根に近づけると、イナリは屋根に飛び移った。再びドローンを屋根に近づけると、イナリは屋根からドローンに飛び乗った。キツネパークのアトラクション「空飛ぶ狐」の再現である。下で観ていたキツネたちはやんやの喝采を送り、次は自分の番だと催促した。

 キツネたちは順番にドローンに乗って、柿の木や電信柱の上に飛び移って楽しんだ。この騒ぎを聞きつけた母親が外に出てきて、自分も操縦したいと言うので、操縦器を持たせて操縦を教えた。母の操縦は下手くそで、ドローンに乗ったキツネが危うく振り落とされそうになって、キツネたちは怯えていた。しかたなく母親は幸太郎に操縦器を返した。

 幸太郎は何度かの休みを入れて、46匹みんなをドローンに乗せることに成功した。それでもキツネたちは幸太郎の足元に縋り付いて、二巡目を催促してきた。幸太郎は疲れ切っていたので、その日は終了することにした。その夜、幸太郎もキツネたちもぐっすりと眠った。

 キツネたちが催促するので、「空飛ぶ狐」遊びは、それから毎日続いた。はたから見ると、キツネと幸太郎が飛行訓練をしているかのようであった。

 時々、近所の人たちが観にきて、歓声を上げて楽しんで帰っていった。近所の小学校から全校生に「空飛ぶ狐」を見せて欲しいという依頼があったので、校庭で見せることにした。マスクをした子供たちから拍手喝さいであった。終わって、子供たちがキツネを撫でさせて欲しいと頼むので、先生の許可を得て、撫でさせてやった。キツネたちは目を細めて気持ちよさそうだった。

 ある日、突然、家にたくさんのカラスが飛来してきた。その数が尋常でなかったので、キツネたちがカラスに襲われるのではないかと思い、幸太郎と両親はカラスを箒で必死に追い払おうとした。ところが、キツネたちがそれを阻止する行動に出た。しかたがないので、カラスを追い払うのは止めにした。キツネとカラスはコンコン、クァークァーとうるさい。だが、互いに喧嘩しているようには見えない。真剣に何かを話をしているようだ。そのうち話が付いたようで、カラスもキツネもおとなしくなった。

 話が終わると、カラスはキツネ小屋のドッグフードを食べ始めた。カラスがそれを食べつくすと、キツネたちが幸太郎にドッグフードを催促してきた。幸太郎が袋からドッグフードを地面にばら撒くと、カラスたちは貪り食って、全部食べつくすと満足したのか、一斉に飛び去っていった。庭が辺り一面カラスの糞で、雪が積もったように真っ白になっていた。

 カラスとキツネは仲がいい動物なのだろうか? カラスとキツネは話ができるのだろうか? 幸太郎は、自分とキツネが仲が良いくらいだから、カラスとキツネが仲がよくても不思議ではないと思った。双方で簡単なコミュニケーションくらいはとれるのだろう。


 翌朝、イナリが騒がしい。どうも、幸太郎に自分たち46匹のキツネについてくるように促しているようだ。全員でどこかに行こうとしているようだった。山に戻るわけではないらしい。どうしても幸太郎に付いてきて欲しいようだ。どこに行きたいのかわからないが、幸太郎も暇なのでキツネに付き合うことは、やぶさかではない。キツネはドローンを持って行こうとしているが、キツネの力では無理なので、幸太郎がドローンと操縦器を縄で背負うことにした。

 イナリがキツネ小屋にあった羽織袴をくわえてきた。どうも、幸太郎にこれを着るように催促しているようだ。羽織袴なんてかしこまったものを着て歩きたくはなかったが、しかたがないので、着ることにした。そして提灯も持つように促している。さらには、イナリが顔に白いドーランを塗ってくれるように催促してきた。白いドーランを塗り終わると、次に紅を持って来たので、目じりと口先に塗ってやった。以前、キツネパークの「狐の嫁入り」のアトラクションでイナリにこのメーキャップをしていたことを思い出した。

 幸太郎はキツネの行列はいったいどこに向かって進み、何をするのだろうと思った。それはどうも昨日のキツネとカラスの話し合いに関係があるように思えてきた。キツネたちはカラスから何らかの情報を得たのだろう。情報提供のご褒美は、ドッグフードだったのだろう。とにかく、幸太郎は訳が分からなくても、イナリたちと一緒に行くしかないと思った。両親は幸太郎の羽織袴姿とイナリの白化粧に驚き、これはしばらく家に帰ってこないと直感した。どこで話を聞いたのかわからないが、近所の人たちも全員、幸太郎の出発を見送りにやってきた。幸太郎に餞別を渡す者もいた。近所のおばさんが母親に「可愛い子には旅をさせよ、だからね」と言うと、母親は「そんな年じゃないんだけどね」と嬉しそうに返した。

 幸太郎が先頭、二番目にイナリ、その後に他のキツネたちが続いて、整然とした行進を始めた。村人は「よっ、キツネの行進」と声をかけ、また別の人は「いよっ、四十七士の討ち入り」とはやし立てた。そう言えば、幸太郎を入れて総勢47人(匹)である。討ち入りに向かっているわけではあるまいが、幸太郎はなぜかワクワクしてきた。新型感染症による世の中の自粛モードをひっくり返す、盛大な祭りになりそうだ。

 市中を歩くキツネの行列は、どう見ても異様である。村を出ると、遠巻きにキツネの行列を見学する人たちがいっぱい現れた。沿道には「頑張れ」と国旗を振る人たちがいた。土下座して手を合わせ、涙ぐんでいる老人の姿もあった。行進の後に付いてくる子供たちもいたが、すぐに親や教師に連れ戻された。

 遠くから「キツネは死ね」と罵声を浴びせかけてくる者もいたが、その相手に幸太郎が大きい声で「キツネの祟りがあるぞ」と叫ぶと、空は俄かに曇り稲妻が光って、近くに雷が落ちた。罵声を浴びせた男はその場を一目散に逃げていった。この日は雷警報が出ていた。また、心ない人間から行列に石を投げつけられることもあったが、幸太郎が「キツネに憑りつかれるぞ」と一喝し、一匹のキツネがそいつの背中に飛び乗ると、そいつは走って逃げていった。

 ドーベルマンが行列に牙をむいてウーと唸ったが、キツネたちがみんなで歯茎を剥いてドーベルマンを睨みつけると、尻尾を巻いて飼い主を引きずりながら逃げていった。

 幸太郎とキツネたちは稲荷神社で夜を過ごした。祟りを恐れているのか、誰も襲ってくる者はいなかった。

 途中で、幸太郎は暑かったので、頭を丸坊主にした。無精ひげが生え、羽織袴が汚れてきたので、あたかも修行僧のように見えた。

 行進の途中、道路沿いの家やマンションの窓越しに、キツネの行進をじっと見ている何匹ものペットキツネと目が合った。かれらは目が合うと、行列の無事を祈っているように、前脚を合せた。

 そのうち、キツネたちが目指しているのが東京であることがわかった。

 もう十日は行進しただろうか。東京に近づくと巨大なビルが林立してきた。高層ビルの間を整然とキツネの行列が進んだ。

 上野駅の前で、街宣車のスピーカーから巨大な音量でなにやらわけのわからない言葉が発せられていた。よく聞くと「新型感染症の発生源のキツネを皆殺しにしろ」と言っているようだ。幸太郎は「祟りがあるぞ」と何度も叫んだが、その声は街宣車の大音量にかき消された。

 すると、どこからともなく空を覆い尽くすほどのカラスが飛んできて、代わり番こに街宣車の上に大量の糞を落としていった。街宣車から出てきた一人の男が空に向かって散弾銃をぶっぱなし、何十羽ものカラスが落ちてきた。それでもカラスたちは次々に飛んできた、男は糞まみれになって悲鳴を上げながら街宣車に戻り、街宣車はカラスの糞で真っ白になって、何やらわけのわからない言葉を大音量で流しながら去って行った。駅前にいた人たちは幸太郎やキツネに盛大な拍手を送った。遠くの上野動物園の動物たちが何か騒いでいるようだった。多分、エールを送って寄越したのだろう。


 いつもは日が昇って明るくなってから行進を始めるのだが、どうしたわけか今日は、夜明け前から行列が動き出した。幸太郎はキツネに従うだけである。行列は有明の40階建てのタワーマンションの前で停まって、キツネたちは全員でタワーマンションの最上階をじっと見つめていた。ここが目標地点なんだと幸太郎は思った。

 イナリが幸太郎にドローンを催促したので、幸太郎はドローンをセットした。ドローンにはイナリが乗った。目指すのはあの最上階だ。イナリのドローンが飛び立った。

 海から太陽が昇って来た。最上階のテラスには青く輝くブルーキツネがいた。この時になって、ようやくこのキツネの行列の意味が幸太郎にもわかったような気になった。イナリたちはブルーキツネを迎えにきたのだ。

 イナリの乗ったドローンが最上階に着くと、イナリはブルーキツネに手を差し伸べた。ブルーキツネはジャンプしてドローンに飛び移ろうとしたが、ブルーキツネはドローンにあと一歩のところで飛び移れずに、40階から真っ逆さまに落ちて行ってしまった。幸太郎がドローンを操作したが、ブルーキツネに追いつくはずもなかった。このままではブルーキツネは地上に叩きつけられる。

 すると、どこからともなく巨大なワシが現れて、ブルーキツネを背中で掬うようにして、うまくキャッチした。それからワシは空中で旋回し、ドローンに近づいていった。ドローンのすぐそばまで接近すると、ドローンに乗っていたイナリがワシの上に飛び乗った。

 ワシはイナリとブルーキツネを背中に乗せて悠々と飛び立っていった。二匹を乗せたワシが目指しているのは幸太郎たちが棲む村の方角だ。最上階のテラスに立っていた飼い主の吉蔵は、「元気でな、スズ」と呟いて、ブルーキツネを見送った。

 幸太郎たちは行列をつくって村に帰って行った。帰郷の祭、幸太郎は「悪霊退散、疫病退散、風評退散」と大きな声を出しながら歩いた。沿道の人たちから幸太郎にお布施が届けられるようになった。その数がどんどん多くなったので、幸太郎がいちいち対応していると行列のスピードが落ちてしまうので、キツネたちに代わる代わるに賽銭箱を引っ張らせることにした。道すがら、生き残っていたペットキツネたちが行列に加わってきた。総勢1000匹を超す壮大なキツネの行列になった。

 道すがら、幸太郎は今回のキツネの行列の意味がなんとなく分かってきた気がした。幸太郎キツネたちは、ブルーキツネだけでなくペットキツネも助けようしたのだ。人為的に作られた品種でも、遺伝子が操作されても、美しかろうがそうでなかろうが、元気であろうが病気持ちであろうが、生まれたからにはすべて同じキツネなんだ。かれらは自分の仲間たちを助けたかったんだ。

 村に帰還したキツネたちを、イナリとブルーキツネが出迎えた。キツネたちは、幸太郎の両親に丁重に礼をして、全員山に戻って行った。それ以後、村では誰もキツネを見かけることはなかった。


 イナリを始めとした46匹の幸太郎キツネは、約束通り自分の身をカラスに捧げた。


            完

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