14 ペットキツネ
14 ペットキツネ
一年が経ち、キツネパークがオープンした。連日、大盛況だ。特に、キツネのアトラクションは大受けだった。ラッパを吹く幸太郎を先頭に、園内を全員の右と左の脚がきれいにそろって整然と歩く100匹のキツネの行列は最大の呼び物であった。幸太郎がラッパでサインを送ると、全員がぴたりと停まり、また次のサインを出すと全員が右脚から歩き出した。幸太郎の指示によって、横10列になったり、5列になったり、1列になる様は壮観であった。全員で右向け右までできた。ここまでくると、北朝鮮の軍隊の行進も顔負けである。
アトラクションの会場では、「狐の音楽隊」が行われた。幸太郎がキツネの名前を呼べば、その名前のキツネがコンと鳴く。このコンと鳴く声で、曲を作った。キツネが楽団のように整列し、幸太郎が指揮棒をあるキツネに向けて下すとコンと鳴き、違うキツネに指揮棒を下すと一オクターブ高い声で鳴いた。それを緩急つけてダイナミックに演奏するのだ。大うけした。
もう一つ、ドローンに乗った「空飛ぶ狐」がアトラクションに加えられた。キツネたちはただドローンに乗っているだけではない。空飛ぶドローンの上をジャンプして飛び移るのだ。幸太郎は見ていてハラハラするが、キツネたちは楽しんでいる。子供たちや若者には大人気であり、「空飛ぶ狐」はフランスを初めとして海外のテレビ番組でも紹介され、海外からも観光客が来るようになった。
こうして、「キツネパーク」は連日満員御礼で、村長を始め関係者一同大喜びだった。
だが一年経っても、幸太郎以外の者がキツネの名前を呼んでも、どのキツネも反応しなかった。幸太郎がキツネたちにそう仕向けているのではないかと勘繰る者もいたが、幸太郎はそれを否定し、実際なんの指示もしていなかった。餌係はいつか自分も幸太郎のようになれるのではないかと思って、キツネたちにたくさんの餌をやって宥めすかして名前を呼んだが、反応するキツネはいなかった。餌係は頭にきてキツネを蹴り、それが理由で解雇された。
キツネパークが開設されて三年が経ったある日、三郎はある考えを思いついた。幸太郎のような調教師を育てようと思ったのがそもそもの間違いで、人間ならば誰にでもなつく従順な、ペットのイヌのようなキツネを作り出せばいいんじゃないかと考えた。ペットキツネができたならば、誰でもキツネの調教ができるはずだ。幸太郎にいちいちキツネが可哀想だとか言われなくてすむ。
最近は、幸太郎の提案でキツネを休ませるために、アトラクションに登場するキツネの数が減らされるようになった。キツネの行進回数も一日3回から2回に減らされた。我々はキツネたちを操れるのが幸太郎しかいないので、かれの要求を飲むしかなかった。このままでは、キツネパークの魅力が半減してしまう。現に、最近は観客数が減ってきている。村長からも観客の減少を食い止めるようにと、日々口うるさく言われている。
もしペットキツネを増やしたら、そのキツネをペットとしてたくさんの人たちに売ることができるかもしれない。キツネをペットとして売れるなら、おれは大金持ちになる。とりあえず、パークに隣接したところに繁殖場を作って、イヌのブリーダーを雇うことにしよう。
三郎は、キツネのアトラクションを観て、なかでもひときわ幸太郎に従順だと思われる雄と雌を2匹ずつ幸太郎から借り受けて、ブリーダーの有川に預けた。有川はそのキツネたちを掛け合わせて、生まれてきた形質を調べ、人間に従順で賢く元気なキツネを選別していった。近親交配を繰り返しながら、代を重ねていくと誰にでも懐くペットキツネが完成した。この間に、病気持ちや奇形、気性の荒いキツネ、頭の悪いキツネは間引かれていった。
その後、ペットキツネは個体数を増やし、かれらを使って若い調教師でも「キツネの行列」や「狐の音楽隊」、「空飛ぶ狐」のアトラクションができるようになった。こうなると、幸太郎とかれのキツネたちの出番はなくなっていった。
ペットキツネの顔つきは掛け合わせによって徐々に変わっていった。飛び出した鼻は若干引っ込み、口は小さくなり、吊り上がった目は水平か若干垂れ下がったようになった。尖っていた耳は、先端が丸くなり、垂れ下がった。どことなくタヌキに似てきたようだ。幸太郎のキツネたちがかれらを見て、情けなく思った。ペットキツネも園内の野生のキツネと目が合うと、視線を外しているようだった。かれらにはどこか後ろめたいところがあるようだ。だが、かれらの名誉のために言っておくと、かれらが望んでこうなったわけではないし、ましてや美容整形をしたわけでもなかった。
三郎がペットキツネをペット卸の競りに出すと、一匹100万円という高値がつき、このニュースはマスコミで大々的に報じられた。キツネパークのお土産売り場で100万円と値札を付けて売り出すと、前評判もあってすぐに売れた。かれはペットキツネのブランドを落とさないようにして、選りすぐったペットキツネを定期的に店頭に置くと、すぐに完売した。村長はこのことに気を良くして、もっと多くのペットキツネを作成するように命じた。村長の借金はまだ全部返し切れていないようだ。
ブリーダーとして有能な有川は、外見の異なるペットキツネの品種を生み出すことに着手していた。イヌにおけるチワワのような小さなキツネ、セントバーナードのような大きなキツネ、ダックスフントのような胴の長いキツネ、顔が潰れたブルドッグのようなキツネ等々である。それほどの時間を要すことなく、多品種のペットキツネの制作に成功した。
ペットキツネの毛の色や質にも注目して、ふさふさの長毛を持つキツネを作り出した。一方で、短毛のキツネの要望もあったので、毛が短いキツネも作り出した。人間の好みは多様である。
毛の色も、銀色や金色、赤色はそれほど難しくなく出来上がった。けれど、青色の毛だけはいくら掛け合わせても出てこなかった。キツネの染色体には青色を生み出す遺伝子は潜んではいないのだ。そこで、遺伝子操作によって、青色の遺伝子を導入して青色の毛を持つキツネを生み出した。本当は、青色の遺伝子を持っている動物は皆無と言ってもよく、青い色素の遺伝子によって青色を発色しているわけではなかった。ただ、毛の微細な構造が、青色以外の波長の光を外に出さないようにする仕組みなのだ。そういうわけで、キツネに導入した遺伝子は、厳密に言えば、毛の立体構造を変えただけのものだった。それでも青キツネはとびきり美しかった。
ブルーキツネは一匹1億円の値を付け、しばらくはキツネパークの呼び物として展示しておいたが、そのうち売りに出すと、すぐに1億円で売れた。どこかの大金持ちが買って行ったのだ。購入者がこのブルーキツネからブルーキツネの子を生ませようとしても、無理だろう。ブルーキツネは生命力が弱い。どうしてかわからないが、病弱なのだ。我々が遺伝子操作で一匹ずつ創作するしか、ブルーキツネはこの世に生まれてこない。だから、値崩れすることはない。そう思って、我々は何度もブルーキツネにチャレンジしたのだが、あの一匹以外にブルーキツネを作り出すことはできなかった。
三郎は商売上手である。ドッグフードを改良してフォックスフードを制作して売り出した。爆発的に売れたが、すぐに廉価のゾロ商品が売り出されて、かれのフォックスフードの売り上げは伸び悩んだ。そこで、ブランド力を保持して高級なフォックスフードを売り出した。毛をすくブラシやシャンプーなども開発した。そうした商品も後発隊と鼬ごっこだったが、ブランド力を保って利益率は高かった。
そうこうするうちに、日本国中に一大ペットキツネブームが起こった。街中にキツネの首輪にリールをつけて散歩する人たちが増えた。日本中のペット売り場は、いつの間にか、イヌやネコではなく、子キツネが主流になっていた。イヌやネコに勝つのはその毛並みの美しさである。キツネはすでに三色の三毛キツネまで生み出している。ネコたちは化け猫になって、キツネたちを祟るのではないかという噂も立ったが、祟る力がこの世にあるとしたら、キツネには到底及ばないはずである。ネコは尻尾を巻いて退散するだけである。
「お手」
「おかわり」
「ちんちん」
「お上手ね」
「これはご褒美よ、チョロ。お預け。よし」
マンションの一室で、若い女性タレントがペットのチョロと戯れていた。
飼われているチョロは、チワワでもなければ、テリアでもなかった。そもそもイヌではないのだ。顔つき、体つきを見ると、それはどう見てもキツネである。だが、今タレントと遊んでいるキツネはイヌと同じようにお手をし、ちんちんをし、おあずけをする。どう見ても野生動物の荒々しさはなく、ご主人様に従順なのだ。チョロの顔を見ると、テレビや図鑑で見たキツネの冷淡さはなく、愛玩動物特有の愛くるしさを持っている。よく見ると、思っていたほど鼻も突き出ていなくて、顔全体が丸っこい。目も吊り上がっていなくて、若干だが垂れ下がっているようにも見える。耳が垂れている。キツネの耳はピンと尖っていたはずだ。キツネにしては全体的に優しい姿に見えるのだが、彼女の恋人である俺も野生のキツネを見たことがないので、野生のキツネも本当はこんなものなのかもしれない。少なくとも俺の目の前にいるチョロは、昔話に登場する狡猾なキツネのように人を騙すようには見えない。
毛並みを見ると、よくブラッシングをされているのだろう。ふさふさである。しかし、野生のキツネの毛はこんなにふさふさしているのだろうか? 多分、野生のキツネは自然の試練によって毛が擦れて短くて汚れているのだろう。手入れをすれば、こんなに綺麗な毛並みになるのかもしれない。
特に、尾っぽの毛は何てふさふさしているのだろう。きれいな尻尾が地面につかないように、うまく丸まっている。野生のキツネの尾は丸まっているのだろうか? たしか真っすぐに垂れていたのではなかろうか。これでは秋田犬の尻尾と同じかたちだ。
向こうから来るのはタレントの・・・・・ああ、美加だ。キャップを目深に被って、マスクをしていても可愛いオーラがあたり一面に充満している。やっぱり一般人とは違うよな。おっ、ペットの散歩だ。なんか体中毛がふさふさの犬だな。イヌまで美しオーラを発しているよ。毛が朝日を浴びて金色に光っているものな。でも、よく見ると、あれはイヌじゃないんじゃないか。イヌにしては歩き方が少し違うように見えるものな。歩くリズムがイヌよりも軽快というか、歩き方がハイヒールを履いて歩いているように見えるというか。ああ、あれが最近話題になっているペットキツネなのか。初めて見たけど、本当におとなしくて優雅だな。すれ違うイヌが道をよけているよ。リールをつけているけど、急に走り出したり、よそ見をしたり、うろちょろせずに、まっすぐ歩いているものな。ごみ箱に関心を示したり、他の人間に怯えたり、吠え出したりすることはないな。よく訓練されているみたいだ。
あれだけかわいいなら、おれもペットキツネを飼ってみるか。この道をペットキツネと散歩していたら、ペットが取り持つ縁で、美加と話をする機会が訪れるかもしれないし。
つづく