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VSユキヒョウ

 ガラガラと荷車を引きながら、そして押しながら、俺らは集落へを目指した。


 まさか本当にユキヒョウが出るとは思わなかった。


 とにかくこっちにはアオイがいる。


 なんとしても、アオイを集落まで無事に送らなくては。


 俺は死に物狂いで荷車を押しながら、背後の様子を気にした。


「なッ!?」


 湖のほうから、ユキヒョウが駆けて来る。

 速い。

 サーバルキャットやウンピョウなんて目じゃなかった。

 ユキヒョウは大きなストライドで、猛然と俺らに向かってくる。


「作戦通りに行くぞ!」


 俺は荷車の上に飛び乗ると、一番大きな獲物である、オリックスの死体を地面に落とした。

 なのに、ユキヒョウはオリックスを飛び越え、俺らへまっしぐらだった。


「そんな! なんでだよ! くそ! 荷車を置いて逃げるぞ!」


 俺らはその場に荷車を、獲物を全て捨てることにした。

 それでもなお、ユキヒョウは全ての餌を飛び越え、身ひとつで走る俺らを追った。


「どうなってんだ!? なんで俺らを狙うんだよ!?」


 すると、俺の隣でアオイが声を上げる。


「そ、そういえば前、お父さんから聞いたことがある。人間を食べて、人間の味を覚えた肉食動物は、人間の肉を好む傾向があるって」


 俺は舌打ちをして首を回す。


「ちっ、つまりあいつは、あくまでも人間の肉が喰いたいってわけかよ」


 ユキヒョウと俺らの距離はぐんぐん狭まり、もういくらの余裕もなかった。

 よほど人間の肉が美味いのか、それとも、人間は簡単に仕留められる、とでも思っているのか。

 ユキヒョウの真意はわからないが、このままではアオイが危ない。

 ならば、方法はひとつだ。


「お前らは先に逃げろ!」


 俺は槍を構えながら反転。


 ユキヒョウと対峙すると、背後からアオイたちの悲鳴が聞こえる。


 目と鼻の先にいたユキヒョウの爪を、俺は槍を水平にすることで受け止めた。


 これでいい。


 俺は、あいつを倒さなくてはいけない。


 俺の親父を殺したあの魔物は、俺が倒す。


 なら、長老には悪いが、ユキヒョウ如きに背は見せられない。


「俺に喰われろ!」


 ユキヒョウの口が、水平に構えた槍の柄に噛みついた。

 不穏な音を立てる槍は――喰い破られた。


「ぐっ!」


 槍を噛み折り、口を閉じているユキヒョウの顔面、鼻づらに頭突きをかました。


 花は肉食動物の急所。


 さしものユキヒョウも怯んで後ろへ跳び下がった。


 しかし状況は俺の圧倒的不利だ。


 人間は弱い。


 鋭い爪も牙も角なければ毛皮もない。


 手足は細く、皮膚は薄い。


 それでも人間が猛獣を仕留められるのは、武器があるからだ。


 長い柄と、牙より硬い石の穂先は、人間にリーチと攻撃力というアドバンテージを与える。


 だがいま、その武器が、アドバンテージが失われた。


 穂先を逆手に握った右手と、へし折れ短くなった柄を握った左を硬くして、俺は考えた。


 親父を殺したアイツは、きっとユキヒョウよりも強い。


 なら。

 胸の鼓動が強くなり、振動を刻む力が、頭の奥にまで届く。


 ステゴロでユキヒョウをぶっ飛ばせば、俺はアイツに勝てる!


 腹に収めたヒクイドリの肉が、一瞬で奥へ流れた。


 腹から熱が全身に広がり、背中がうずうずしてくる。


「ユキヒョウ。てめぇにアオイは食わせねぇよ。喰われるのは……テメェだ!」


 ユキヒョウが跳躍。


 ユキヒョウの前足よりも、俺の足の方が長い。


 俺はつま先で弧を描くような前蹴りで、ユキヒョウの顎を蹴りあげる。


 間髪いれず、宙を舞うユキヒョウに槍の穂先と柄を投擲。ユキヒョウはネコ科特有の空中駆動で身をひねってかわす。


 でもそれで終わりだ。身を捻り終わったユキヒョウは、それ以上は捻れない。


「あああああああああ‼」


 空いた右拳を、ユキヒョウの横っ腹に叩き込んだ。


 低く唸ったユキヒョウをタックルで組み伏せ、仰向けのユキヒョウに張り付くようにして首へ抱きついた。


 そのままユキヒョウの首を締め上げる。

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