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狩猟祭開始

 晩秋に入った日。いよいよ実りの季節も最高潮に達し、いまはもっとも収穫が多い時期だ。


 その日の午前、集落に住む全員が集落の中央に集まっていた。


 俺を含めた大人の、十三歳以上の男たちは長老の前に集まり、女子供は俺らのまわりに集まっている。


 長老は咳払いをすると、いつものように優しい声で俺らに語りかける。


「じゃあみんな、今日は待ちにまった狩猟祭だよ。ルールはいつもと同じ、一番凄い獲物をしとめた男が狩猟男。ただし獲物は単独で仕留めること。一緒に狩りをする人はズルがないかちゃんと見ていてね。狩り場と武器の指定はなし。あと最後に、一番大事なことなんだけど……」


 長老の表情に、らしくない冷たさが浮かぶ。


「平原でヒョウかクマを見かけた人はすぐに帰って来てくれ」


 それは年に一度、この日にしか長老が見せない顔だった。

 長老は真剣な声で、おれらひとりひとりの顔を確認していく。


「連絡を受け次第、狼煙で報せるから、他の人たちも狼煙を見たらすぐに集落へ帰ってきてくれ。このあたりにヒョウかクマが出たとなれば狩猟祭どころじゃない。女子供は外出禁止、男たちは交代で寝ずの番だ。いいね?」


 普段もギャップもあって、長老の忠告に、男たちは固唾を飲んだ。


 ヒョウとクマ。


 それは、この平原にすむ最強最悪の猛獣だ。


 この集落周辺には住んでいないが、遠く離れた場所から、偶然迷い込んでくる個体がいるらしい。


 長老の話では、いままで何人もの仲間が殺されているらしい。


 特にヒョウはその昔、この集落を襲い、男たちが総出で追い返したが、二〇人以上の男が殺されたらしい。


 とは言っても、遭遇率はかなり低い。


 あくまでももしもの話。


 現に、ヒョウやクマを見た人は集落のなかでも一部だけ。


 俺を含めてみんな、長老が地面に描いた絵でしか知らない。


 ヒョウはサーバルキャットよりもでかいネコ科動物で、クマはイヌ科動物を何倍も大きくして太らせてさらに後ろ脚で立たせたような姿らしい。


「特にアギト」


 長老の視線が、俺に投げられる。


「いいかい。ヒョウやクマを見ても、絶対に狩ろうとしちゃだめだ。あれは、僕ら人間がどうこうできるものじゃあないんだ。いいね?」


 いま、長老が俺に念を押したのは、俺が最近調子にのっているとか、そういう話じゃない。俺には、逃げずに戦わなくてはならない理由があるからだ。


 俺は納得していないが、長老の顔を立てるべく、頷いた。


   ◆


 俺ら男が集落を出ようとすると、見送りは盛り上がった。


 みんなもヒョウやクマが出るとは思っていないのだろう。


 長老の真面目な話はどこへやら。


 女たちは手を振って歓声を送り、特に若い女たちは俺に熱いエールを送っている。


「がんばってねアギトー♪」

「今年の狩猟男よろしくー♪」

「期待しているよー♪」


 女たちの勢いに、俺はやや圧されてしまう。


「お、おう」


 と、はっきりしない声で応える。


 ちなみに、そのなかにアオイの声はない。


 アオイは女たちのなかで、何故か不安げな顔で俺をみつめている。


 できればアオイの声援を受けながら狩りへ行きたかったのに。


 俺は残念な気持ちを引きずりながら、気持ちを切り替える。


 狩猟男になって、俺はアオイと結婚する。


 そのためにも、今日はいつも以上に大物を仕留めなければならない。


 アオイに何があったのか、何か俺に隠しているのか、それはわからない。


 でも、狩猟男になって、俺が結婚を申し入れれば、まだアオイが大人になっていなくても、大人になり次第すぐ結婚して欲しいと頼めば、きっといい方向へ流れる。


 俺はそう信じて、胸を張って狩りへ出た。

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