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第96話 100年毎日ドラゴンを倒し続けてやっとレベル99になりました、みたいな話



 鈴木公平改めヘイス・コーズキーはついにミッテン王国首都・テランに辿りついた。


 同行しているナジャスは精魂尽き果てたといった風情だが、ヘイスは別の意味で随分時間がかかったものだと不満気な様子である。これは、この世界に落ちてきて3年は優に過ぎたといっても、人の町に暮らすという経験に関していえば合計でも一月足らずなのだ。これでは時間感覚が日本にいたときのままなのもしかたがない。たかが隣の国に行くのに何日も何週間もかけてはいられないのだ。どちらにしろ、この世界に骨を埋める気など全く無いヘイスのことだ、さっさと仕事を片付けたいと思っていて当然だった。


 そんなわけだからか、王都北門付近で適当な宿を見つけてすぐに、夕食も食べずに就寝したヘイスたちだったが、翌日は、いまだ不調のナジャスを急かして王都の中央にあるという冒険者ギルドミッテン王国本部を目指すのであった。

 早朝でも人の出はある。二人は道を聞きつつ歩き続けた。


「ヘイスさん、何もそこまで急がなくとも。朝ごはんも食べてないじゃないですか」


「そんなもん、途中で屋台でも何でもあるだろ。王都なんだし。それより急ぐぞ」


「もう……こっちは本部の人に何言われるかと不安だっていうのに」


「ん? 何を言われるんだ?」


「本部の指示に従わず勝手に護衛をキャンセルしたことと、この馬鹿げた速さのことですよ。どうしたらケムールから七日で王都に来れるんですか」


「どうしたらって、走る以外に何か方法があるのか? あ、ワイバーンとかグリフォンをテイムしてとかか?」


「どちらもAランクの魔物ですよ。伝説の類です。もしあるとしても国が秘匿してるでしょう。いや、そうではなくて、それぐらいヘイスさんのスピードは人間離れしてるってことですよ。誰もがその秘密を知ろうとするでしょうね」


「秘密って、ただ走っただけじゃねえかよ。レベルをちょいと教えりゃ納得するんじゃないか?」


「……そういえば、ヘイスさん、レベルいくつなんですか? 公表するつもりがあるんですか?」


「ん? 68だが、公表しないほうがいいのか?」


 この世界の、惑星そのものにして神であり、現在は邪神と貶められているアスラ神の使徒としては、現在この世界を支配している天声システムは敵である。そのシステムを利用したレベルやスキルなど、厨二心を擽る程度で依存する気にはなれない。戦闘ならアスラ神にもらったチート《魔素吸収》がまさにチートすぎる。レベルなど関係ないとばかりに、ドラゴンなど遥か格上の存在が無力化できるのだ。まあ、体力などはあって困るものじゃないので、バレない程度にレベルを上げてやろう、ぐらいに考えていた。

 レベルアップのペースはヘイス的には遅めだと思っている。何故なら《魔素吸収》で魔物を倒すと経験値が極端に下がるのだ。最低は1。これはノーマルスライムと同じである。つまり、いくらドラゴンを何匹も倒したとしてもレベルが上がらないのだ。それこそ、100年毎日ドラゴンを倒し続けてやっとレベル99になりました、みたいな話になる。

 ダンジョン暮らし時代の前半は深層で強敵相手に《魔素吸収》無双していたのでレベルは棚ボタの30のままであったが、後半の中層・上層ではスキルのレベルアップと戦闘慣れしたおかげ、さらに魔物の格が下がったことにより《魔素吸収》をそれほど使わなくても対処できるようになったのだ。これによってヘイスはやっとレベルアップできるようになった。

 加えて、ヘイスの持つ称号も影響した。

『大器晩成』。これは二十歳を過ぎて初めてレベルアップを経験した人間が獲得できる称号であり、効果はレベルアップ時の年齢%、ヘイスの場合は28%経験値が増加する、というものだった。

 諸々の事情から、ヘイスは3年、正確には2年余りでレベルが30から68に上がっていたというわけだ。この数値がこの世界でどんな意味を持つかはヘイスはよく知らない。興味もない。


「68……何だかフツーですね……」


「普通って何だよ」


「あ、すみません。ヘイスさんのことだから、きっと見たこともないような数値だと思ってました。いえ、68はスゴイです。上級でも上位になると思いますよ?」


 実は、冒険者ギルドはレベルを余り重視していない。冒険者ランクは成果によって決められる。レベルはあくまでも参考程度だ。といっても、魔物相手の商売なので強いに越したことはない。よって目安としてレベル20~40台が中級、レベル50~が上級と看做されている。


「そうか。じゃあ時短については問題ないな」


「ええ、まあ。私がどうやってそのスピードに付いていけたかも不思議がられるでしょうが、それよりも、護衛の件ですよ」


「ほっとけ。ドラゴンが無事に到着したんだ。まさかそのことを理由に買い取らないとは言わないだろうよ」


「そうなんでしょうけど、向こうは本部としてのメンツもあるでしょうから、事ある毎にネチネチとその件を持ち出してくるでしょうね。あ~、交渉が憂鬱です……」


「ま、まあ、そこら辺の交渉なんかはナジャスの仕事だからな。なんだったら、商業ギルドにでも売っ払っちまうか?」


「やめてくださいよ! そんなことしたら本部との関係最悪になってしまいます! 確かにユーブネではヘイスさんの切った啖呵に乗ってしまいましたが、アレは無関係だったからこそ出来たことで、本部にはたとえブラフだったとしても使えません。悪手です」


「そ、そうか。ギルドも色々大変なんだな……」


「ええ。大変なんですよ。冒険者やっているよりもマシだと思っていたんですが、別の苦労がありますね」


 ヘイスは、その別の苦労というものをよく知っていた。

 日本の中小企業が思い浮かんでくる。取引先からの理不尽な要求。断つことの適わない柵。正論は相手を不機嫌にするだけで役に立ちはしない。公正取引委員会? 法律が弱者を守ってくれるとでも? 確かに一矢報いるぐらいはできるだろう。だが、文字通り一矢は一矢だ。巨大な相手に大したダメージは与えられない。それどころかハッキリと敵対関係になってしまう。弱者のほうが致命傷だ。一時の感情で我を通すことは弱者にはできない。それを強者はわかっている。だからこそ、生かさず殺さずのラインは見極めて弱者に理不尽な要求をしてくるのだろう。

 正義などどこにもない。


 そんなことを考えていると、ヘイスは日本に戻るのが嫌になってしまう。と同時に思う、この世界でも理不尽なことは多いと。日本とどちらが理想的な世界かなどと比べても答えは出ない。甲乙付け難いのではなく、五十歩百歩、目くそ鼻くそ、の方だ。

 これは本格的に世捨て人や隠者になった方がいいのではないか、とまで妄想したところで本来の使命を思い出した。

 先ほどの中小企業の話ではないが、ヘイスはこの世界に柵などない。ナジャスを含めたボルサスの孤児院のことは少し引っかかるが、何が起こってもヘイス一人の責任で済ませられる。たとえ世界を敵に回すことになっても構わない。地球世界からこの世界に落ちてきた遠因となった『天声システム』に一矢報いねば気が済まない。だからこそ邪神の使徒などと厨二くさい役目も引き受けたのだ。本格的な排除はアスラ神にやってもらうとしても、その土俵はヘイスの手で整えてやりたい。それが偽らざるヘイスの気持ちだ。


「ま、気楽にな。俺はドラゴンの売り上げなどどうでもいい。孤児院に目立たない程度に寄付してやってくれ」


「ヘイスさん……ありがとうございます……」


「おう。あ、あれが本部じゃないか?」


 歩きながらナジャスはヘイスに頭を下げる。

 ヘイスは少し照れくさかったが、折よく目的地のギルド本部が見えた。


 やっとヘイスの仕事が完了しそうだ。

 何事もなければ、だが。


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