第95話 王都テラン
鈴木公平改めヘイス・コーズキーは王都テランまでの道のりにリーチをかけた。アーカン湖がドラゴンの縄張りだと聞き中央突破は諦めたが、次善の策、陸路南回りを選択。道が険しく魔物も多数出没するが、ヘイスにとって時間に勝るものはない。果たしていかがなるか。
「ふむ。あれが王都か? 思ったよりスムーズに来れたな」
「いえ。まったくスムーズなんかではなかったですけどね」
王都テランの北門を目の前にして、ヘイスは悠然と、ナジャスは憔悴した表情でそれぞれの感想を言い合っていた。
湖の町、東アーカンを出発して一日足らず、その日の夕刻のことであった。
ヘイスが選択した陸路南回りのコースは、ウェストリア大陸を東西に貫く大山脈の一部が突出している部分を通過しなければならない。魔物との遭遇頻度はこれまでとは比較にならないだろうと予想できる。
もちろん、今までも魔物に襲われることはあった。しかし、それはヘイスが宿場町を迂回するため街道を外れたせいでもあるが、精々ゴブリンかウルフ系の魔物が少し出てくる程度だった。大抵はヘイスの走るスピードに追いつけず戦闘になることもなく、運悪く正面に立ちはだかった魔物はヘイスに蹴散らされて終わりであった。時間が惜しいため剥ぎ取りもなしである。
陸路南回りのコースも基本は同じ。ヘイスが荷車を牽きながら駆け抜けるだけだ。
だが、魔物の種類と濃密さが違った。ナジャスがここ数日でいい感じに慣れて来たところに魔物大陸を彷彿とさせるほどの襲撃頻度だ。あまりに濃すぎてヘイスの足でも振り切れないことが多かった。それはもう、前から後ろから、左右上下からと息つく暇もない。主にナジャスが、だが。
実際は、ナジャスは荷車ごと結界で守られているので肉体的な被害は皆無である。毒を撒き散らす魔物もいたりしたが結界で難なく対処できた。そもそも、ヘイスの常套手段である『魔素吸収』で魔物の毒も消し去ることができるので問題にならない。
ヘイスが梃子摺ったのは遠距離攻撃への対処である。それが魔法によって生成された石や氷の弾丸であれば理論上は『魔素吸収』で無効化できるはずなのだが、完全に無力化する前に攻撃が到達してしまうのだ。ダンジョンでもドラゴンのブレスを完全に防ぐことは敵わなかったことがあるが、結局はスキルレベル、熟練度の問題なのだろう。今後の課題である。それに、遠距離攻撃は何も魔法だけではない。ゴブリンなどは弓を使うこともあるし、そこらへんに転がっている石や倒木を投げつけてくる魔物もいた。
対処方法は三つある。
一つ目は回避。『当たらなければどうということはない』といいたいところなのだが、これは困難を極めた。街道と呼ばれているが、実情は険しい山中にある獣道である。おそらく冒険者かワケありの商人ぐらいしか利用者はいないのだろう、左右が切り立った崖であったり原生林そのままだったりする場所で投擲物を回避するためにはとにかく前に進むしかない。精々緩急をつけて攻撃のタイミングを外してやる他なかった。
二つ目は迎撃である。片手に持った棍棒で投石や矢玉を打ち払う。多すぎて処理できなかった分は結界と高レベル冒険者の肉体を信じるしかない。脳筋方式だ。
三つ目は先制攻撃である。『殺られる前に殺れ』ということで、魔物を見かけたらこちらから遠距離攻撃を仕掛けた。実際に倒す必要はない。ヘイスが駆け抜ける時間が稼げればいいだけだ。こんなシチュエーションはアスラ神のダンジョンでもあった。特に上層は『質より量』パターンが多く、攻略の妨げになっていたのだ。そのときは、ヘイスの目的が魔物の一掃などではなく、あくまでも脱出ルートの探索であったので、大量の魔物たちとは戦わずに逃走を選んでいた。
このように、ヘイスにとっては3年間ダンジョンで繰り返してきたことの焼き直しみたいなものである。余裕綽々であった。なんなら懐かしさを覚えたといっても過言ではない。
だが、荷車に縛り付けられて身動きの取れないナジャスにしてみれば如何なる心持ちだったろうか。引っ切り無しに襲い掛かってくる魔物たち。ときに結界に石や矢がぶつかり、ときに魔物そのものが上から降ってきて結界に弾かれる。『あ、死んだ(自分が)』と思ったことも一度や二度ではなかった。
そんな状況が早朝から夕方まで続いたのだ。いくら命に別状はないとはいっても文句の一つや二つ出てもおかしくはないだろう。
「大袈裟だな。ナジャスも冒険者だったんだから、魔物の一匹や二匹で恐がらなくてもいいじゃないか」
「どこが一匹や二匹ですか! 大氾濫が起こったのかと思いましたよ!」
「だから大袈裟だって。あんなの、ダンジョンの一階層分ぐらいだろ? 大した量じゃないさ」
「……ダンジョンに平気で篭れるヒトと一緒にしないでもらえます?」
「そんなことよりだな、今日はどうする? ギルドは明日にして寝るだけにするか?」
「……そうですね。そうしましょうか。今日は……疲れました。おかしいですね? 寝てただけですのに……」
「ふむ。ナジャスにはこれから交渉で頑張ってもらわないとならないからな。今日はゆっくり休んで英気を養ってくれ」
「はい……そうします……」
残念。ナジャスの嫌味はヘイスには通じなかったようだ。これも社畜として鍛えられたからだろう。
◇ ◇ ◇
数日後のテラン冒険者ギルドにて。
「先日の報告にあった、西山で大氾濫の可能性がみられる、ってのはどうなったんだ?」
「はい。現在は心配はないようです」
「ガセか?」
「いえ。魔物の増加は確かに安全値を越えていたようですが、今は落ち着いているそうです」
「ん? どういうことだ?」
「調査した者によりますと、街道沿いの至るところに魔物の死骸が転がっていたとのことです。ほとんどが食い荒らされていて正確な数字はわかりませんが、かなりの数量で、これが王都に雪崩れ込んでいたら、まさに大氾濫といっていいでしょう」
「そりゃ危ないところだったな。食い荒らされてたってことは、魔物同士で争って数を減らしたってことか?」
「ええ。おそらくは一時的に魔物の数が増えていたところで、エサが足りないのが原因でしょうか、争いが起きてそれが拡大したのだと思います。今は平常の数量に戻っているようです」
「まあ、大氾濫が起きなきゃどうでもいい話だな。ところで、魔物を倒したのは、実は冒険者だったりするとかはないか?」
「はは。まさか。報告によりますと、ゴブリンはともかく、価値のある素材もそのままのようですし、証明部位が切り取られていることもなかったようです。食い荒らされていたのですべてを確認したわけじゃないようですが」
「なに、冗談だ。もし冒険者なら生還したことを自慢して騒ぎ立てるだろうし、それがないってことは魔物に殺されたってことだからな。冒険者の痕跡はなかったのか?」
「ええ。報告にはありませんでしたね。何故そんなことを?」
「街道沿いってのが気になっただけだ。犠牲がないなら結構なことだ」
「本当にそうですね。ですが、大氾濫はいつ起きても不思議ではないので、今後も監視を徹底させましょう」
「うむ。そのとおりだな」
冒険者ギルドでは、話はそれで終わったが、某貴族邸では……
「なんだと! 魔物がいないだと!」
「は、はい。どうやら魔物同士で争って自滅してしまったようです……」
「ドラゴンがこれほど早くテランに運ばれてしまったのだぞ! これではオークションに合わせて大氾濫を起こせないではないか! えーい! 急いで魔物を誘き寄せるのだ!」
「む、無理です! 今からではとても間に合いません!」
「無理でもやらんか! オークションも開催を遅らせるのだ!」
「は、はいっ!」
このような会話がなされていることを、ヘイスたちは知らなかったりする。
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