第94話 4つのコース
鈴木公平改めヘイス・コーズキーは護衛という名の枷から解放され、思うままに歩みを進める。
ヘイスとナジャスがユーブネの街を出発してから三日目の夕刻、東アーカンという街に到着していた。ここはアーカン湖という対岸が見えないほど大きな湖の東側で、ヘイスたちの目的地である王都テランは南東側に位置している。
街の手前で荷車を収納し、一般の旅人に紛れて街に入った二人は、早速宿を取る。ギルドにはよらないつもりだ。ここまで来る途中にあった領都のキーリ、ミッドラインでもギルドは無視してきたので今更である。ナジャスは報告ぐらいしておきたかったが、ケムールやユーブネでの対応を考えれば躊躇するのも当然で、大人しくヘイスの意見に従っている。
余り目立たない宿を選び、二人部屋を確保する。
そして部屋で一息つくと旅の最終確認をし始めた。
「いやー。本当に早いですね。もうアーカン湖ですよ」
「そこまでではないと思うがな」
日本人ヘイスの感覚でいうと、新幹線や飛行機を使えば一日で来れそうなものだ。しかも魔法のある世界の癖にほとんど活用できていないのがまだるっこしい。
「いやいや。本来ならやっとユーブネを出発できたか、まだユーブネで足止めされてたはずですよ」
ナジャスの言う『本来』というのは、ギルド側の計画した護衛隊を同行させる輸送方式のことだ。領都間の移動に5日から7日ほどかける『通常』の日程である。およそ30里(地球では約39km)ごとにある宿場町で金を落とさせる計画らしかった。ヘイスのせいで二日目にして破綻してしまったが。
「そんなことは知らん。で? ここからはどう進めばいい?」
「はいはい。ここから王都テランまでは水路と陸路、二つの手段があります。そして北回りと南回りの二つ、合わせて4つのコースがありますね」
「ん? 湖の真ん中を突っ切って行けば早いんじゃないか?」
「あー。それは禁止されてますね」
「禁止? なんでだ?」
「湖の中央は魔物の巣になってまして、噂によるとドラゴンも棲んでるらしいです」
「ドラゴン? なんだよ、わざわざ苦労して持ってくることなかったじゃないか。ほしけりゃ近くにいるんだから獲りに行けっつーの」
「ドラゴンがそう簡単に獲れるワケないでしょう。接近が禁止になっているのは、近づいた人間が危ないだけじゃなくて、逃げた者を追いかけてきて沿岸に被害が出ないようにするためらしいですよ。それに、聞くところによりますと、そのドラゴンは滅多に縄張りから出ないので守り神的扱いですね。なんでも、ドラゴンがいるおかげでアーカン湖の周囲に強力な魔物は近づかないようです」
ナジャスは苦笑しながらヘイスに説明する。
「へえ? なんで大国の首都がそんな奥地にあるのか不思議だったが、そういう理由か」
ヘイスは地球の地理を思い出していた。
ヘイスの知っている有名どころの首都は大抵海のそばにあった気がする。たぶん海運に便利だからだろうと考えていた。だが、遥か昔習った歴史のことを思い出すとそうでない場合もあると思い直す。四大文明などと呼ばれる場所は、内陸でも大河のそばに発生したらしい。海運ではなく水運の利便性なのだろう。そして、日本でも、江戸時代以前の都と呼ばれた京都は琵琶湖の付近だ。
しかし、この世界は水運、海運だけが重視されるわけではない。魔物の存在があるのだ。最近知ったウェストリア大陸の地形を思い出せば、魔物が多く生息しているという大山脈に近いところにミッテン王国の首都は位置している。危険なのではないか。そうヘイスは感じていたのだ。
だが、ナジャスの説明を聞いて納得した。まさか他の魔物が寄ってこないのをいいことに、ドラゴンの縄張り近くに首都を構えるとは。
ならば折角の安全地帯、わざわざドラゴンを刺激するような真似は禁止されて当然だ。
「そうなんです。ですからヘイスさんも、間違っても中央には近づかないでください。ヘイスさんは無事でも他の人が死んでしまいます」
「ああ、わかったよ。なるべく善処する」
ヘイスは、ダンジョン攻略という使命をアスラ神から受けているが、本質は魔素の回収である。ダンジョン・コアが一番効率がいいので優先しているに過ぎない。機会があれば大型の魔物はどんどん回収しておきたいところだ。それゆえの政治家的答弁だった。
「はあ……頼みますよ? 私はヘイスさんと違って普通の人間なんですから……」
「わかってるって。それより、中央がダメとなるとやっぱり4つのコースしかないか……どれを選ぶかな……」
「これまでみたいに走るなら陸路ですが、南周りは大山脈の一部が突出していて道が険しく、魔物も多いそうです。北周りは西アーカンの街を経由することになり、アーカン湖から流れ出る大河も越えなければなりませんので時間がかかるでしょう」
「ふむ。じゃあ水路ってのは?」
「湖の沿岸に小さな村がいくつもありますから、小船でそれらを経由する感じです。南周りが若干近いでしょうか」
「小船なあ? 王都まで直通ってのはないのか?」
「さあ? 資料で調べただけですので、なんとも……明日聞いてみますか?」
「う~ん……いや、いいや。決めた、南周りの陸路で行く」
ヘイスは大雑把に計算してみた。湖が真円だとして、直径が100kmなら円周は314km、半周で150km余りだ。仮に直径が1000kmの巨大湖だったとしても半周で1500km。新幹線なら5、6時間、自動車でも15時間程度の距離だ。ヘイスのステータスなら何とかなる。
道が険しいらしいが、その程度、3年間のダンジョン生活で何度も体験している。今のヘイスに死角はないのだ。
「はあ、わかりました……」
ナジャスはこれを予想していた。小船での乗り継ぎはきっとヘイスは選ばないだろうと。さすがに湖の上を荷車を牽いて走りはしないだろうから、選択は陸路となる。であれば最短距離の南回りを選ぶだろうと。
浮遊する荷車の上に寝かされているだけのナジャスにとっては道の険しさなど関係ない。上級冒険者以上の実力を持つヘイスならなおのことだ。
ただ、心配するとすれば魔物のことだが……
「それはいいんですが、魔物が多いらしいのですが……」
「ん? 王都で売れば少しは金になるんじゃないか?」
「ああ……そうですね。冒険者ですからね……」
ナジャスとて、今は事務方だが、ボルサスの森で魔物を狩って生活していたのだ。中級までしかなれなかったが上級冒険者の理不尽な強さは知っている。しかもここは魔物大陸ではないのだ。ヘイスに蹂躙される魔物が可哀想としか思えなくなってくる。
王都までのコースは決まった。
あとは明日に備えて休むだけである。
ナジャスは一抹の不安を抱えながら眠りに着くのだった。
なお、ヘイスは全く悩むことなくぐっすり眠っていた。
翌朝、二人は早めに出発する。地図が不完全なため距離が読めず、また、地形や魔物の影響で時間を取られる覚悟もしているが、なるべく時間を節約したかったからだ。
「さあ、行くぞ」
「はいはい。お任せします」
東アーカンの街の南門を出て、人通りがなくなったところで荷車を用意する。いつものスタイルだ。
どうやら南回りの陸路は敬遠されているようで、これなら人目を気にせず思いっきり走れるとヘイスはほくそ笑んだ。
「えーと、ヘイスさん。出来れば安全に……」
「善処する」
そういって思いっきり走り出すヘイス。そして絶叫するナジャス。
果たして王都には無事辿りつけるのだろうか。
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