第88話 バトンタッチだ
鈴木公平改めヘイス・コーズキーは会議で空気になっていた。ナジャス無双である。
「……断る、と言ったか? 意味がわかってるんだろうな」
「ボルサスごときの職員がいい気になるんじゃない!」
「ウチのギルドだけじゃない! ミッテンのすべてのギルドを敵に回す気か!」
ナジャスが護衛の同行を断るとギルドマスターをはじめ幹部たちが激怒した。
「ちょ、ちょっと待ってください。わ、私は最善の手段として……」
「黙れ! 平の職員ごときが口を出すな! キサマは黙って言うことを聞いておればよいのだ!」
昨夜一晩考えた末の決断だったのだろうが、さすがに他のギルドの幹部たちの相手をするにはナジャスでは荷が重かったようだ。顔色が悪い。
それを見て取ったヘイスは、ここはナジャス一人に責任を押し付けるわけにはいかないと考えた。
「ナジャス、バトンタッチだ」
「え? ばとん?」
「黙れ」
幹部たちに比べれは小さな声だった。
しかし、幹部たちはピタリと動きが止まった。いや、震えている者もいる。
これは闇魔法の応用で、声に魔素を乗せた、いわゆる《言霊》だ。或いは達人がよく使う指向性の《殺気》といってもいいかもしれない。
「随分言いたい放題だな。だが、依頼を受けたのは俺だ。お前らの指図は受けん」
「ぼ、冒険者が、な、何を……」
幹部の一人が、震え声だが、忌々しそうにヘイスを睨んだ。
「俺が受けた依頼はボルサスのギルドからだ。内容はドラゴンをミッテンの王都のギルドに運ぶ。ただそれだけだ。どこにもお前らの指示に従うなんて文言は書いちゃいないぜ」
「だ、だが、本部の決定だ。ドラゴンのような貴重品を運ぶなら護衛をつけて当然だろうが!」
「その護衛が役に立たんって言ってるんだが、お前らは理解できんのか? 大体、盗賊だけじゃなくアルマンとかの軍隊とやりあう覚悟はあるのか?」
「待て! 何故そこでアルマン王国が出てくる!」
ここでギルドマスターがヘイスの言葉に反応した。
「はあ~……ナジャス、報連相はどうなってる? こいつら全然わかってねえぞ? 説明!」
「あ、はい。えーと、ミッテンのギルド本部には報告済みのはずですが、ボルサスでは『年越しの祭り』以前からドラゴンの情報は流れています。とくに商業ギルドが流してますが、アルマン王国の関係者なども何度も接触してきました。ボルサスの冒険者ギルドとしましては、これ以上アルマン王国に関わるのはデメリットが多すぎると判断し、ミッテンのギルド本部にドラゴンを託したというわけです。繰り返しますが、アルマン王国がドラゴンを狙っているのは本部も承知の上のはずです」
「そんなこと聞いてないぞ!」
「またかよ。情弱なテメーらこそ黙って言うこと聞けや」
「何だと!」
「冒険者風情が!」
「黙れ」
喉元過ぎれば、のことわざ通り再び騒ぎ始めたが、ヘイスも《殺気》をぶつけて黙らせた。
「なあ、ギルマスさんよ。アンタたちの取れる行動は二つだけだ。
一つは通常の業務どおり、ナジャスの上げた情報を本部やらボルサスのギルドに報告して終わりだ。それ以上俺たちに関わるな」
「そんなことできるか!」
「じゃあ、二つ目か? 二つ目は、俺はこの依頼をキャンセルする。ドラゴンはここに置いてってやるから解体して売りさばくもよし、自分たちで王都に運ぶのもよし、アルマンに献上するのもよしだ。ま、好きにしな」
「ふざけるな! そんなことが許されると思うなよ!」
「許される? 何がだ? 俺は只の冒険者だぞ? 依頼のキャンセルぐらい自己責任だろうが。ペナルティーの一つや二つ、どうでもいい。そもそも俺の依頼遂行の邪魔をしてんのはそっちだろうが。立派なキャンセル理由だな」
「……邪魔などしていない! 本部からの指示通り護衛を付けるだけだ!」
「お前らの甘っちょろい見立てで集めた護衛が何の役に立つ? 馬車を連ねて『ドラゴンはここにございますよ』って宣伝して歩けってか? これで盗賊が来なかったら奇跡だな。それとも何か? この国には盗賊は一人もおりませんてか? アルマンも『ドラゴンの輸送頑張ってください』って見守ってくれるお人好しの国なのか?」
「……護衛の増強に付いては本部と相談する。それでよかろう」
「ホント馬鹿だな。よくもまあギルドマスター名乗ってられるな」
「何だと!」
「さっきも聞いたが、アルマンと戦争になっても構わないんだな?」
「戦争など、話が飛躍しすぎだ。そもそもアルマン王国が軍を出すとは限らない」
「はあ~……希望的観測で見積もるんじゃねえよ。俺が聞きたいのは、出たらどうするって話だ。勝てるのか? 負けたらドラゴンはアルマンのものだぞ? ミッテン側は黙って引き下がるのか? 勝っても同じだぞ? アルマンが簡単に諦めるのか? それを理由に大々的に軍を起こしても不思議じゃねえ。責任取れるんだろうな? 俺は御免だぞ? 戦争の引き金になるなんて。だから、この依頼はキャンセルだ」
「待て待て! 話が大袈裟すぎる! アルマン王国の話など、本部の指示にはない! 冒険者一人の妄想でギルドの決定を変えるわけにはいかない!」
「だ・か・ら! 希望的観測で話すんなって言ってるんだよ! そんなに希望的観測が好きなら、アルマンは来ない、盗賊も出ない、それでいいさ。だったら護衛の必要はないよな」
「護衛は本部の決定だ! それに逆らうのか!」
「俺には関係ないな。大体、本部本部って言ってるが、要はそこから出る護衛の依頼料が目当てなんだろ?」
「そ、そんなことはない!」
「目を泳がせてんじゃねえよ。ったく、これじゃギルドも商人も盗賊と同じ、肉に集るハエだな」
「キサマ!」
「へ、ヘイスさん、さすがに言いすぎですよ」
ナジャスが青い顔をしながら口を挟んでくる。
「おっと。確かにそうかもな。いや、俺だってここまで熱くなるつもりはなかったんだがな。どうやらこいつらとは危機感に対しての温度差が激しいみたいだ。すまんな、言葉遣いに関しては謝ろう」
「今更謝っても遅いわ!」
「そうだ! 冒険者は黙って言うことを聞けばよいのだ!」
「黙れ」
三度目の《殺気》が出た。
「本当にお前らは頭が悪いな。ここの所属でもない俺が何故お前らの言うことを聞かなけりゃならないんだ? もう一度簡潔に教えてやろう。お前らの選択肢は二つ。黙って報告を上げて俺たち二人を護衛無しで送り出すか、俺の依頼キャンセルした後テメーらでドラゴンを処理するか、だ」
「そ、そんなことはできんと言ってるだろうが!」
「ゴネても無駄だ。キャンセルするだけだぞ? さあ、選べ」
「ギルドを脅す気か? 後悔するぞ?」
「およ? キャンセルさせないと? 一冒険者を脅してるのはお前らだろう? 大体、後悔って何だよ?」
「冒険者資格の剥奪だ! 指名手配もしてやるぞ!」
「わかりやすい脅しだな。いっそどんな濡れ衣を着せられるか試してみたい気分だ。で? あんなこと言ってるが、そう簡単にできるモンか?」
「え? えーと、できなくもないですね。ただ、ヘイスさんはボルサス所属ですから、こちらのギルドからは抗議と剥奪要請まででしょう。ボルサスのギルドは要請にしたがって調査し、処分を決めます。この場合、私の証言が決め手になるでしょうね。本部や総本部が出てくるとまた違うんでしょうが、ボルサスは特殊ですからね。調査次第で逆に抗議することになるかもしれません」
「調査か。長引いたらメンドくさそうだな。で? どうする? 剥奪してみるか?」
すっかり黒くなったヘイスは煽ったが、ギルドマスターの返事はなかった。
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